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第四十話 正孝という男

 また何の前触れもなく唐突にやって来たラルフを見てアロンツォはため息をついた。


「我々の国は出入り自由ではないぞ?招待した者のみが国に入ることを許されるのだ。このような無法はいくら私でも放っては置けぬぞ?」


「すぐ済むって。そんなことよりガノンたちはどこに居るんだ?」


 ラルフがキョロキョロと見渡しているのを訝しげに見る。


「ルカに会いに来たのか?あの男はガノンから離れんぞ?仲間に引き入れたいのは分かるが……」


「あ、いやいや違うよ。俺はマサタカって奴に用があって来たのさ」


 ラルフの背後に居るアンノウンと歩が大きく頷いた。


「……あの横柄な子供(バンビーノ)か。あまり良い趣味とは言えんが……」


 ラルフがどうのと言うより背後の二人に関係があるように思える。アロンツォは背後に控えていた部下の一人を指を鳴らして呼ぶ。鳴らされた左側に部下がついた。


「ガノンに伝えよ。バンビーノを連れて応接間に来るようにな」


「かしこまりました」


「急げよ」


 部下はサッと踵を返して少し離れると、羽を羽ばたかせて空へと飛び立った。


「……さて、飲み物でもいかがかな?」


 アロンツォは手を広げて歓迎のポーズを見せた。それに合わせてラルフも同じポーズを返す。


「ご相伴に預かりましょ」



 応接間にやって来たガノンと正孝。ラルフたちの対面に座らせ、早速やって来た理由を説明した。


「……帰る?」


 ガノンと正孝は目を丸くする。


「可能なのか?だって……当のエルフたちが知らなそうな感じだったのに……?」


 ラルフはトロピカルジュースに舌鼓を打ちながら草臥れたハットを人差し指で持ち上げた。


「正確には帰れるかどうかは五分五分だな。俺の能力で次元に穴を開けて君らの居た世界を探すんだ」


「世界から世界へ。壮大な旅になりそうな予感がするよ」


 正孝に見せたことのない嬉しそうな顔をアンノウンは見せた。その表情に一瞬見惚れるが、頭を振って邪念を飛ばす。


「そりゃ元の世界に戻れるなら戻りたい、けどよ……」


 正孝は逡巡する。確かにこの世界に来た時は死ぬほど驚いたし、今すぐ元の世界に帰せと喚き散らしたりもした。ただそれは飽くまでも当初の話。現在は旅にも慣れてこの世界で活躍する自分に酔えるようになって来た。

 これはいわゆる贈り物だったのではないかと感じていた。


 元の世界に居た頃は荒んでいた。自分を矯正しようとする大人たちと真っ向から対立し、友達と遊んだり、他校の生徒と喧嘩したり、警察に厄介になったり……。窃盗、恐喝、盗撮や暴力。あらゆる犯罪に手を染めた理由は退屈だったから。

 こうなる理由は家庭内にあった。両親がどちらも優秀だったことが一番の被害だと言える。

 我が子を自分と照らし合わせて習い事をさせてみたり、無駄にプレッシャーを掛けてみたり、出来ないことには露骨にガッカリしてみたり。

 金持ちの家に生まれたからといって全てが上手くいくことはない。常人より多少才能があったとしても、自分より秀でたものと比べられ、無駄に劣等感を募らせて正孝を追い込んだ。


 才能はあった。でもそれを伸ばす術を親が知らなかった。寄り添うこともせずに突き放し、仕事が忙しいと言う理由をつけて構ってあげることも忘れていた。

 グレた時は流石に焦っていたが、それも最初だけ。よほど都合が悪いと思ったのか、不干渉を決め込み、以降は勘当されたも同然の身になった。


 誰にも縛られずに生きられるのは開放感があった。しかしそれも最初だけ。常人の子供にやれることなど限られている。たとえ背伸びして酒を飲んでも、タバコを吸ってみても、退屈が紛れたのは一瞬だけ。もういっそ違法ドラッグに手を染めるかと考えた矢先の転移であった。


(……戻ったって誰も俺のことを見ちゃいない。どうせ孤立するだけならどこに行こうが同じことだ)


 そうして決め切れない正孝を見てガノンが動く。


「……良かったじゃねぇか。便利で退屈しない元の世界。一も二もなく飛び込むべきだろうぜ。……俺は止めねぇよ」


 よりにもよってこのタイミングで突き放す。同じだ。ガノンも他の大人たちと変わりはしない。


「……けど乗り気じゃねぇなら無理して行くことはねぇよ。手前ぇの好きにしな」


 そして次の言葉で急に違いを見せてくる。ガノンに出会えてことが正孝の心身にとって最も良かったことである。正孝は気持ちが晴れたかのように返事をする。


「ああ、そんじゃ俺は行くぜ」


 ガノンは頷く。どっちに転ぼうとも同じ反応だっただろうことは容易に想像がつく。


「……けど俺はまたこの世界に戻って来てぇ」


「ん?ま、正孝くんそれは一体どう言う……?」


「俺はある日急に突然この世界に飛ばされて来た。この世界に慣れるに連れて、退屈だった俺の人生に華を添えられたような気分になった。けど結局両親には何も言って来ちゃいねぇ。仕方がなかったで済ませてもいいんだが、こいつは俺のケジメだ。きっちり話をつけて戻ってこようと思う」


 鋭い目をガノンに向ける。


「……あのよ。そいつが終わったら……また俺を仲間に入れてくれないか?」


 ガノンは一も二もなく鷹揚に頷いた。


「……ったりめぇだろうが。いつでも戻って来やがれ。死ぬまで待っててやるよ」


 正孝は多次元世界に旅に出る。しかしそれは両親に最後の別れを告げるため。産んで育ててくれた恩義に報いる。きっと両親は待ってはくれない。失踪届を出して正孝を社会的に抹殺しているのが手に取るように分かる。

 それで良い。それでこそ自分の両親だと胸を張って蔑める。自分の人生を謳歌するための最後の仕事だ。

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