第三十六話 密談
ルカとの話し合いのために場所を移し、机を挟んで対面に座らせた。
話を聞いているとどうやらラルフが先に述べた一角人の角の削り出し以外に特別なことをしていないという。
「そーんなことないだろ?操る人形に粉を振り掛けて回るのか?」
「あ、いえ。とっくにご存知かと思ったのですが、人形には絵の具を用いて粉を付けています。例えば、人形の頭や胸などの人間でいう急所に魔法陣や自分の名前などを特別な絵の具で書き、この指揮棒と共鳴させて操るというのが物質操作です」
そういうと角を削り出して細く加工された指揮棒を取り出す。
「絵の具に指揮棒?絵の具に練りこんで必要な時にさらっと書いて操るわけだ。なるほどなるほど……」
ラルフはサラサラとメモに書き記す。それを見て不安に駆られるルカ。
「あの、ラルフさん?これは出来れば秘密でお願いしますよ。もうほぼ知られている上にほとんど脅しという現状ゆえ、説明していることをお忘れなく」
「こんな凄い技術を他者に喋るなんてありえないぜ。金5000枚を積むってんなら話を聞いてやらんこともないが……ん?おいおい、冗談だって。この技術は俺たちが有効に使用するだけで他言無用だ。信用出来ないなら魔法契約でも結ぶか?」
「……いえ、そこは信用させていただきたいと思います。万が一流出された場合には信用失墜ということで今後一切関わらない様に致します。ところで使用されるということですが、ホーンのお仲間がいらっしゃるのでしょうか?」
当然の質問だろう。ラルフはおもむろに空間に手を突っ込み、角を一本取り出した。
「こ、これは……!?」
これからホーンの仲間と削り出します。などと言われると想定していたが、既に同胞が狩られていた様だ。全面戦争待ったなしである。
「違う違う。これの持ち主は死んじゃいないよ。複数本生えてたから余りをもらっただけだ」
「……ホーンの角は一人一つです。だからこそこの秘術を狂気と呼んでいるのですよ?」
ルカの態度は先ほどと違って堅い。声に無駄に力が入っていることから警戒しているのが丸分かりである。
「待てよ。今の時代にホーンハンターなんてやったらどうなるか分かるだろ?まぁそれよりも一本じゃ流石に船全体はカバーしきれないよな。一本を司令塔に残りを粉末にして船を塗装すれば全体に行き渡って良いという結論になるな」
ラルフの発言にルカは肩を竦めた。
「角を複数本用意しても使えませんよ。歴史書の研究成果で分かったことは一人一つの角は全て使用方法が異なる。つまり一本一本が個性を持っているのと同じということです。司令塔となる一本に反発して、魔法が使えなくなることもあるのです。なのでこれ以上のホーン狩りはおやめください」
ラルフはまたおもむろに空間に手を伸ばし、角を複数本取り出す。最終的に机の上には計8本の角が置かれた。
「て、手遅れでしたか……」
「勘違いすんなよ?これらは全て同じホーンから取ったものだ。つまり当人は生きてるし、俺たちは角をもらって満足ってなもんだ。ついでに秘術を使って建造中の船に役立てようってのが俺たちの考えってわけだ」
「白昼夢でも見てます?全然人の話を聞かないじゃないですか。それで失敗しても恨まないでくださいよ?」
念には念を押すルカ。しかしその考えは杞憂である。全てが紛れもなくソフィーからへし折った角であり、全てが同一の性質を持ち合わせている。上手く行かないわけがない。
「了解だ。ここまで来たらうちの魔法使いでどうにでも出来る。協力に感謝するぜ人形師!」
また一つ賢くなったラルフはルカに握手を求める。ルカは困惑しながら握手に応じた。
「あの……私はそろそろガノン様の元に帰りたいのですが、ちゃんと送ってくださいね?」
「ん?ああ、任せろ」
ラルフはルカの方を見ずにメモにばかり集中している。何を考えているのか不安に感じていたルカだったが、次の瞬間にはビーチにいるという凄まじい移動方法があるので、そう目くじらを立てることはないと気持ちを落ち着かせた。
そしてその期待通り、ルカはガノンの元へと戻って安堵する。人形を完璧に操る技術を持ち合わせていても、抗えない存在に内心恐怖を隠し切れない。
ルカはこの場合の対処法を知っている。そういう存在が居るのだと割り切って慣れることだ。世界に適応するというのはそういうことだ。
ルカはガノンに慰めてもらいながら満足げに頷いた。