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第三十五話 秘術

「……ラルフ。手前ぇ……何の用だ?」


 ガノンはさりげなくルカを隠すようにラルフの視線を遮った。その行動にルカは感激したように両手を胸の前で組んだ。仲間思いな一面を感じ取ったラルフは苦笑しながら草臥れたハットを指でちょんっと摘む。


「あ、どうもガノンさん。確か最近もどっかで会いましたよね?俺のこと覚えてました?」


「……ったりめぇだ。マクマイン公爵の野郎をボコって俺たちの前に晒した不届きな野郎を忘れるわけがねぇだろ?今からやり合おうってんなら……」


 ボキボキッと指の骨を鳴らす。今にも掴みかかってきそうな闘志をビンビンに感じたラルフは焦ったように両手を挙げる。


「待った待った。俺は争いに来たわけじゃねぇから。話があって来ただけだから」


「……話だぁ?」


 ガノンは肩越しにチラリとルカを見た。


「……へっ……こいつに話があるってんならまずは俺を通してもらおうか?じゃねぇと無駄な血が流れるぜ」


「マジかよ。はぁ、ったく……流石は白の騎士団が誇る……」


「……おいコラ!その先は気をつけろよ?俺は二つ名を気に入ってねぇからな……」


 ラルフはガノンの二つ名”狂戦士”の「き」の字で口を噤んだ。


「ちょっとラルフ。何をもたついてるの?」


 ラルフの開けた次元の穴からミーシャが顔を出した。


「……て、手前ぇ……み……」


「待った!その先は気をつけてくれよ?ミーシャは昔の名前を気に入ってないからな」


 ラルフはお返しとばかりに口角を上げて肩を竦めた。ガノンは鋭く尖った牙を剥き出しながら苛立ちを露わにする。両者の間で沈黙が流れた時、ルカが口を開いた。


「ガノン様。庇っていただきありがとうございます。ですがこのままでは本当に血が流れかねません。私がお話を聞くことでそれが回避出来るのであれば喜んで聞きましょう」


 頑固なガノンでは埒が明かない。どちらも譲れない以上、この提案は両者にとって渡りに船だった。


「……ふんっ!勝手にしろ」


「はい」


 ガノンは遮っていた道を開ける。線の細い画面で顔を隠した青年にラルフは視線を向ける。


「あなたがルカ=ルヴァルシンキさん?噂はかねがね……」


 握手を求めて右手を差し出すが、ルカは小さく首を振った。


「挨拶は無しにしましょうラルフさん。我々は休暇でこの地を訪れています。手短に用件をお願い出来ますか?」


 差し出した手を引っ込めながらニヤリと笑った。


「なるほど。願ったり叶ったりです。早速ですがルカさん、あなたの技術をお教え願いたい」


「……私の、技術?」


「そう。一角人(ホーン)の命である角を削り出し、人形を操る魔法”物質操作メタリアルコントロール”。そのやり方をね……」


 ルカはラルフの質問に驚かされる。


「ちょっ!?……ど、どこで知ったのです?その”物質操作メタリアルコントロール”のことを……?」


 驚くのは無理もない。この技はホーンの歴史書を読み漁り、研究に研究を重ねて出来たルカのオリジナル秘術。物質を自分の手足の如く操作可能。それもこれも魔力の結晶である角を削るというリスクにあった。

 人形師(パペットマスター)として名を馳せられたのは、自分の大切な器官を犠牲にする覚悟。その狂気が織りなす究極性にこそ存在したのだ。

 教えたところで誰もやらなかっただろうが、一介のアーティストとして自分の表現の方法を他人にひけらかす様な行為は控えているつもりだったのだが……。となればどこでバレたというのか。


「ふっ、俺には強力なツテがありまして……あ、神様っていうんですけど。そんなわけで必要な情報はそれなりに耳に入ってくるのでこうしてお願いに来たのです」


 ラルフは誇らしげに踏ん反り返るが、ガノンは訝しげに眉を(ひそ)めた。


「……いや、ズルじゃねぇか?それ。神様って……もう何でもありじゃねぇかよ」


 ガノンは呆れ返った。

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