第三十一話 合流
そこに積みあがる光景は惨憺たるものだった。
既に血は黒く変色し、草原を染め上げる。肉片がそこら中にまき散らされ、臓物もチラホラ。その遺体は魔鳥人のものばかりで、中には爬虫類系の顔も混ざっていた。中でもひどかったのは臭いである。腐った死骸の臭いは嗅ぐに絶えず、地走蜥蜴もその場所を嫌がった。まっすぐ進むのを拒んだ為、仕方なく迂回しつつ町を目指して進む。
「何よ……これ……」
「グレース、見ない方が良い……」
ハンターは前を見て極力見ない様に心掛ける。残酷すぎるが故に騎士団員も顔を顰める。
「一体、誰が……」
その殺し方が斬撃によるものなら十中八九、ゼアル団長だろう。もしかしたらアルパザの兵士を率いて勇敢に戦ったのかと思ったかもしれない。相手が魔鳥人でさえなければ……。
制空権を得た敵に対抗するならそれなりの装備が必要になる上、近接では傷を与えるのも難しい。だがこれは力任せに千切り、所々焼かれて一部は何かで消滅している。これをするには接近できる飛行能力と、体を引き千切るだけの力、そして焼くための魔法または道具が必要になる。これだけ人間に不可能な所業であるならばおのずと答えは一つ。信じたくはないが、情報通り”鏖”がいた事の証明となるだろう。
現場を抜け、しばらく進むと町の入り口が見えてくる。そこには見覚えのある騎士が入り口に立っていた。あちらもこちらに気付き、手を振ってくる。地走蜥蜴から降りて、五人が入り口の騎士と話す。充分に話し終えた騎士たちは一旦分かれて、それぞれの上司の元に行く。
「マクマイン様!団長は生きています!町は安全の様なので、どうぞお降り下さい!」
公爵は歳のわりに軽やかな身のこなしで蜥蜴から降りると、エルフとわずかな騎士を引き連れて町に向かう。向かっている最中に町からゼアル団長が出てくる。
「……公爵!!」
ゼアルも部下を何人か引き連れて駆け足で急ぎ、公爵の前に跪いて頭を垂れる。
「ゼアル……生きておったのだな……顔を見せよ」
「はっ!」
ゼアルは顔を上げて公爵を見る。そこには右拳を振り上げた公爵の姿が目に写った。
ゴッ
左頬を思いっきり殴られたゼアルは体を仰け反らせ、食らった威力を逃がす。しかし、殴られた箇所は赤くなって主張する。
「ひっ……!」
暴力に慣れていないグレースはその光景に驚きの声を上げる。ハンターは庇うようにグレースを隠した。呆気にとられている部下達を他所に、まだ殴り足りない公爵は今度は左手を振り上げる。
「マクマイン様!?お気を確かに!!」
その手を第二団長が縋る様にして止める。
「よせ!バクス!止めるんじゃない!!」
「なっ!団長、何言ってんです!そういうわけにはいきませんよ!!」
「言う事を聞け!これは命令だ!!公爵の気の済むようにしていただく」
バクスは「命令だ」の一言に一瞬固まり、諦めるように手を離した。と同時にゼアルの右頬にまたも理不尽な一撃が叩き込まれる。今度は体重も乗っていたので左に大きく揺さぶられる。
「ゼアル。貴様、魔剣がありながらなんたる失態……魔王に負けたのはともかく、あの下郎にいい様にされて……弁明はあるか?」
「……ありません」
ゼアルは元の姿勢に戻るとまた頭を垂れ、粛々と説教を聞く。
「彼奴らはどこだ?」
「既に町を出て、姿を眩ましています。何処にいるかまでは……」
公爵は肩を震わせながら灼熱の怒りを見せる。その姿に部下たちは怯えた。しかし、公爵はその怒りを何とか落ち着かせ、ゼアルに立つよう命じる。
「話は町で聞こう。宿に案内しろ」
「承知致しました」
公爵の前に立ち、案内する団長。エルフの二人も一応ついていく。バクスもついていく為、部下にあれこれ指示を出した後、二、三人を引き連れて駆け足で公爵たちを追った。話し合いの席が設けられたのは、アルパザの高級宿「綿雲の上」。その宿内への入館を許可されたのはゼアルとエルフ達だけだった。ゼアルはエルフの二人を見た後に公爵に伺う。
「つかぬ事をお聞きしますが、この者たちは?」
公爵に代わってハンターが声を上げる。
「僕達は森王に調査を任命された調査隊です。込み入った話であれば外しますが?」
「すまないが、公爵との話し合いの間この受け付け前で待機していてくれ、ソファもある。良ければ飲み物を頼んでも構わない。寛いでいてくれ」
それを言い残すと、二人とも三階の部屋へと上がっていった。
「じゃ、ウチはコーヒー」
「……遠慮しないね」
「当然でしょ?厚意は受け取らなきゃ失礼よ」
グレースは持論を用いて飲み物を頼む。ふわふわのソファに腰かけると、久々の気持ち良さに感動していた。ハンターは逡巡するが、諦めたようにグレースと同じコーヒーを注文する。
三階に上がった二人は、部屋の内外に誰も居ない事を確認して入室する。公爵が椅子に座るのを見届けると、すぐさま団長の報告に移った。魔王の力、ラルフの存在と吸血鬼の参入。その後、例の通信後の騎士団の監禁からこの町に起こった悲劇の数々を詳細に伝える。怒りに沸騰した頭も報告を聞いている内に段々冷めてくる。終わる頃には公爵は完全に冷静になっていた。
「悪は世に憚る……しかし吸血鬼とはな……彼奴が滅ぼしたとばかり思っていたが、この時を見越してか、残していたという事か。単なる殺戮兵器かと思わせて先見の明があるようだ」
「それで……件の魔鳥人どもですが……」
公爵はゼアルの方を見て頷く。
「どうやら裏切りは、他の魔王も画策していたと考えるのが妥当だろう。彼の魔王は部下のみでなく他国にも嫌われていた様だな」
「しかし、あの魔鳥人ども……私を見るなり目の色を変えて襲ってきたのを考えると、どうもそれだけでは無い気がしてならないのです。非常に短絡的で、短気で、愚かな連中でした」
「所詮は獣だ。単一種族ですらない彼の国、カサブリア王国は近い内に破綻するだろう。”銀爪”を倒したのが効果的に働いている」
魔断のゼアルが致命の一撃を与えたあの魔王は聞く話によれば成り上がりの叩き上げだそうだ。それだけなら魔族社会には対して珍しくないが、一度、崩壊しかけた国家を立て直した優秀な王だ。
そんな王が倒れたとあっては立て直しは難しく、放っておいても瓦解する事は目に見えていた。そんな折、魔王討伐を勝機と捉えた同盟国が考えなしに単独で仕掛け、返り討ちに遭った。それが結果的に国の存続となり、悪手になったわけだが、それは単なる延命であって多種族を長年繋いだ魔王の功績と死は大きい。
「これはあくまで想像の範囲内ですが、”鏖”を殺しに来たが、あまりに強すぎて倒しきれない。とりあえず腹いせに町を壊そうと思ったが、私を発見し、土産物にしようとした。と、奴らの言動を思えばそう捉えられます」
「それを考えれば、ここらで大きな功績を出せば、前魔王との差を埋める足掛かりになると考えた可能性もあるな」
「まさに……」
公爵とゼアルの考察は的を射ていた。但し、それはカサブリアの政治の状況という内部を知っていればの話。これはあくまでも、この二人の想像の中の話でしかない。一応、報告が終わったからこそ、頭の体操をしているに過ぎない。
「あのエルフたちは何なんです?調査とは一体……」
「”鏖”を天樹の力で察知し、その関係でこちらに調査と称して来ただけの観光客だ。だが、森王の件は事実でな……」
公爵はエルフたちを好意的に見てはいない。あまり戦いに参加しないのもそうだが、エルフ独特の考え方にも言及している。”王の集い”の創設者だからこそ敬ってはいるが出来るならあまり関わりたくはないらしい。
「……巻き込んでみてはどうでしょう」
ゼアルは公爵の考えに沿って、第三者の視点から物申す。
「……というと?」
「今回の件を大々的に発表し、危険を刷り込むのも手だと思うんです。”鏖”は全人類の敵で、危険である事は各国充分理解しているでしょうが、まだまだ足りません。天樹の天啓を”鏖”のせいと決めつけて発表するのです」
公爵は口に手を当てて熟考する。
「……魔鳥人の死骸は見かけたが、人の死骸は?」
「既に墓地を作り、埋葬済みですが、かなり……」
顔から手を離し、黒い笑みで頷く。
「エルフ達を呼べ、彼らの通信機で森王に連絡を取る。ゼアル。貴様も報告に参加しろ」