六話 円卓会議
”黒雲”は戦力強化の議題で積極的に発言をしていた。魔法により声を変えていたので、耳障りが悪すぎてミーシャにとっては正直黙っていてほしかったが結論の部分で、何故今日の召集場所がヲルト大陸だったのか理解した。
「……そこでお集りの諸君に提案だ……我ら黒の円卓の戦力強化に”古代種”を取り込もうと思うのだが……如何か?」
そこで場内に驚きと躊躇いの声が混じる。
「正気か?”黒雲”。円卓は奴らに干渉することを1,000年前に禁止したはずだが」
「危険すぎるんじゃなぁい?」
「ワシも反対じゃな……奴らは危険すぎる」
「否定する気はないが、肯定もできんな」
四柱の面々はこの意見に対し否定的であった。
それもそのはず、”古代種”とは人類と魔族の勢力に加担しない第三勢力。竜、巨人、巨獣、海獣等の古よりその地に存在する守り神。その力はまさに天災。もはや戦う事がバカバカしくなるレベルの話だ。その地に侵略しない限り戦いになることがないので、魔族ですら戦いを避けた。
ここで見に回ったのはミーシャと”蒼玉”と”銀爪”。正直”銀爪”は勉強不足で”古代種”に関して無知だったので発言も何もできないのだが、この時はミーシャへの殺意であまり聞いてなかった。”黒雲”は手を挙げて皆を制す。
「第二魔王……君はどう思う?」
ミーシャに話を振ってきた。
「……いいんじゃないか?この所”白の騎士団”の動きが速い。奴らは科学というものを覚えたそうじゃないか、潰すならこちらも相応の手で行くのが犠牲も少なく済むと思う」
ミーシャはすでに円卓内で補充が行われてしまった現状を憂いていた。
「ハッ!小娘が吠えよるわ…主がいくら強かろうとも”古代種”は相手にせんほうがええ…約1,000年という時の中で何故触れられなかったか考えたこともないのだろうな」
第八魔王”群青”。円卓創立からでいうと第二期生にあたる古参の一柱。
頭がハゲ上がったシワだらけの老人。体はでかい、この円卓内一のでかさを誇る彼は隣に座る180cm前後の”銀爪”が小さく見えてしまう程だ。腹に届くほど蓄えた白髭が長い年月を感じさせる。だが歳に似合わず筋肉が凄まじい。手足はそう長くないが、骨太なので、頑丈な大木を彷彿とさせる。でかい金棒を武器に戦う3mの巨人、オークだ。
老人と言ってもその剛腕は一級品で、今でもオークの頂点に君臨している。たしか彼の国の近くに”古代種”の一匹が住まう山脈があった。つまりこの中でも一、二を争うくらい、奴らの怖さを知っているのだろう。
「あぁ?なにビビってんだよ。その体は飾りかぁ?」
”銀爪”は日和った老人という、ある種の弱者的立場の匂いを嗅ぎつけ、ケタケタ笑いつつ”群青”に対しマウントを取る。後ろの側近にも同意を求めるよう目配せをするが、娼婦たちはさっきのことから苦笑いすら出来なくなっていた。”群青”はキョロキョロと周りを見た後、右下を見て
「ん?おお、いたのか小童、小さすぎて見えなんだわ」
と半笑いで皮肉交じりに挑発した。
「あ?そりゃテメーがデケェからだろ?」
言われた皮肉が分からず、言葉通りに返答する。この会話のせいで、すでに先のミーシャとの一件を忘れているようだ。
「おやめ下さい”群青”様。会議が終わりませんよ?」
”蒼玉”が”銀爪”をまたいで”群青”を窘める。
「……これは失敬。かたじけない”蒼玉”殿」
頭を抱えたくなっていた”群青”に救いの手を出した”蒼玉”に謝罪と感謝の意を示す。
「んだよ……」
チッと舌打ちをして”銀爪”は居直る。この会話から徐々に、掌握の糸口を探そうとしていたようだ。思惑が外れ、不機嫌になる。
「”黒雲”様、何故とは聞きません。どの”古代種”に、誰を差し向けるおつもりですか?」
それだ。この円卓内が一番聞きたかったのは。円卓のメンバーは全部で十二柱。そのうち七柱がここに集っている。よくあることだが、いわゆる損な役回りを誰も受けたくない。志願など、もっての外。故にここにいない連中の名前など出て、結局お流れになるパターンが今この場の空気となっている。
災害を相手にするなら総出で行きたいところだが、人間との小競り合いをしている今、国を空ければどこが責められ、どこが落とされるか分かったものでない。”白の騎士団”がいる現状、侮ることはできない。これは単に個の問題でなく国の問題にも発展したのだ。
「なんだよなんだよだらしねぇなぁ!んな奴ら俺が何とかしてやるよ」
”銀爪”が吠える。正直”銀爪”が自滅の道を辿るなら願ってもない。
「今の話を聞いとったのか?小童じゃ天地がひっくり返っても無理じゃて。自殺は国のためにならん、今はあやつの跡を継ぐのが先じゃろうが」
”群青”は老婆心ながら”銀爪”にやめるよう促す。
「あ゛あ゛!馬鹿にすんな!しばくぞテメー!!」
また噛みつく…全員に凹まされるまで続きそうだ。
「もういい」
ガタッと立ち上がるミーシャ。
「私が行く」
会場内が鎮まる。
「……そうか……行ってくれるか……」
「はぁ!?」
”黒雲”の言に理解できない”銀爪”。
「どの”古代種”だ?」
「おい、ちょっと待てよ」
「東の大陸……人間どもが住む国より……少し北の方角の”古代竜”を手中に収めたい……」
”銀爪”の割り込みなど意に介さず淡々と話が進む。
「待てって!なんでこいつが!!」
「……決まっているだろう……我らが円卓内で第二魔王以外に任せられる者はいない……」
それはこの円卓内のミーシャを除く魔王全員を卑下したことに他ならない。その対象には”黒雲”自身も含まれていた。四柱は最初の段階ですでに否定的なのでわからなくもないが、”蒼玉”はともかく、自分まで弾かれるのは”銀爪”には心外だった。
「不当だ!なんだこの会議は!出来レースじゃないか!こいつが行くなら俺も同行する!!」
本来であれば行かなくてホッとするところだ。災害に抗いたい生き物などいない。そんなにも名声が欲しいのか、無知は罪とはよく言ったものだ。
「足手まといだ」
「んだとコラァ!!」
ガタンッ
椅子を倒しながら身を乗り出しミーシャに食って掛かる。やはりさっきの出来事はもはや”銀爪”の頭にはない。恐怖すら忘れるとは鳥頭というより生き物の本能的な部分が欠如しているのかも知れない。
「……やめよ”銀爪”……」
”銀爪”が声を荒げる中、”黒雲”の声が響き渡る。大きな声ではない。”黒雲”の声は遮ることは出来ないのだ。魔法により、まるでテレパシーのように聞き取れる。
「……今回お前には別の仕事を用意している……故に行かせるわけにはいかない……」
いわゆる常套句である。我の強い子供を操る方法。
「んなの別の奴に頼めよ!俺はエンシェンツを……!」
「……これはお願いや頼み事ではない……公務だ……第七の魔王として当たってもらう……」
ここまではっきりと言われれば”銀爪”にも落とし所が出来てしまう。興奮が冷めず、苛立ちから立ち尽くしてしまう。右後ろで控えていた娼婦の一人が椅子を起こし”銀爪”の近くに寄る。
「王様。良ければどうぞ、お座りください」
側近として連れてきた娼婦。この娼婦は娼館から勝手に側近に任命し、古株の同行を断ってまで王の権威を振りかざし連れてきた。
(俺は王だぞ?何故こいつまで俺に命令するんだ?)
パァンッ
”銀爪”が拳を振るうと娼婦の頭が吹き飛ぶ。
「ヒィ!!」
癇癪に耐え兼ね、つい八つ当たりから頭を吹き飛ばしてしまった。自分より弱いもので自己を慰めると、先ほどまでの苛立ちが薄れていく。異性に蔑まれていたので、異性を潰したことがさらに効いたようだ。左隣の側近が恐怖から震え上がっている。
「……気が済んだかね……?」
”黒雲”は”銀爪”に語り掛ける。
「ああ悪い悪い、大人げなかったな。こいつは後で片付けるからよ」
「……それは大丈夫だ……こちらで対処しよう……」
執事に目配せをすると、執事は一歩後ろに下がって一礼し、闇に消える。”銀爪”の後ろに散らばった肉片と血溜まりの前に三体の影が出現し片付けを行っている。”黒雲”は、円卓に座る魔王達を見回し、一拍を置いて話し出す。
「……さて諸君……これからだぞ……我らはこれより……更なる向上を目指し……進撃を開始する…」