第32.5話 傷の舐め合い
『あら?みなさん、アシュタロト様がお戻りですよ』
聖域に戻ったアシュタロトを迎えたのはイリヤ、ユピテル、エレクトラ、アトム、バルカン、そしてアルテミスの六神。サトリが居ないのは当然として、ネレイドとミネルバが居ないのは気になる。
『勢ぞろいってのは気持ちの良いことだねぇ。ところでどうしてアトムはイジけているのかな?』
『あの魔族に完膚なきまでに叩きのめされたのよ。察しなさいよ』
エレクトラは珍しくアトムを擁護する。あまりにも可愛そうに感じるとつい優しさを覗かせるのは人間味がある。これを落ち目のソフィーに向けていれば少しは彼女も救われただろうに。
『あ〜……ところで君たちは攻勢に出ないのかい?ラルフたちが何やら面白いことを企んでそうだけど……』
アシュタロトはいつもの女児スタイルで手を広げ、首を捻りながら尋ねる。それにはアルテミスが冷ややかな目を向けた。
『はぁん?例の話を聞いていにゃかったとでもぉ?しらばっくれるのも大概に……んにゃ?そういえばアシュタロトはここに居なかったかにゃ?』
アシュタロトは唇を尖らせ、きょとんとした顔で目だけを動かした。
『……例の話って?』
あの場に居なかったのだから聞くのは仕方がないことだが無知は罪である。ここにいる神々の機嫌を損ねることになったのだから。例の話についてはユピテルから話を聞いた。
『奴が……ラルフが多次元に出て行くと言っているのだ。あの怪物を連れて二度と戻らないとな……』
『え?……嘘でしょ?何でそれ許したの?』
アシュタロトの質問に皆黙った。無言の肯定はアシュタロトの口角を無条件に上げる。
『あ、そう。つまりみんな負けたんだね?いや、奇遇だな。僕も負けたんだよ。ミーシャとラルフのコンビにさ』
『……何がそんなに嬉しいの?』
エレクトラの苛立ちが伝わってくる。声を弾ませるアシュタロトの喜悦に怒りを覚えないものはこの場に居ない。
『嬉しくないの?僕たちには創造主という共通点しかなかったんだよ?それがどうだい?みんな一様にラルフたちに負けてる。共通点が増えればますます仲間意識って高まるものじゃない?』
『にゃんで負けたら仲間意識が高まるの?普通逆にゃ』
『バカだなぁアルテミスは。僕らが勝つのは当たり前でしょ?神様なんだから。普通じゃ無いことで共通点を持つのは特別なことなんだ。それが引いては仲間意識になるんだよ』
『はぁ?そんなこと……あるかも知れんにゃ……』
アシュタロトに言いくるめられたアルテミスは下唇を噛んで不快感を露わにする。
『というわけで僕も賛成だよ。彼らを多次元に送り出そうじゃ無いか』
妙に話が分かるアシュタロトにイリヤは訝しい目を向けた。
『何か、企んでます?』
『いや。僕はただ彼らが心の底から嫌いなだけさ』
『そうは見えぬが?どちらかといえば、奴らの門出を祝っているかのような空気さえ感じる』
ユピテルの指摘にアシュタロトは笑う。
『ふふっ、当然でしょ?彼らからこの世界を後にしようって言ってくれたんだから。乗らない手はないじゃない?』
アシュタロトは踵を返した。
『どこに行く?』
『善は急げだよ。僕も彼らを手伝ってくる。みんなも一緒に来ない?』
その提案にみんな鼻で笑った。予想通りの反応にアシュタロトは驚きもしない。
『……良いよーだ別に。僕は下に降りるからね。気が向いたら来なよ。きっと彼らなら歓迎してくれるよ?』
その提案を最後に彼女は下界へと降りていった。
ラルフとミーシャ。特にラルフに負けた連中は腹の虫がおさまらないことだろう。お互いがお互いを慰め合い、感情をコントロールしている。
負け犬達の傷の舐め合いは、しばらくの間続くことになる。




