第三十二話 倍々ゲーム
『喰らえぇっ!!』
空中を縦横無尽に飛び回り、アシュタロトは思い切り右手を振るう。空間を引き裂くように飛ばされた魔力の爪は同じように飛んでいたミーシャに向けて放たれたものだ。ミーシャは五つの魔力爪を縫うように避ける。本来ならここで魔力砲をお見舞いするところだが、増幅されて返されるだけなので下手に撃つことは出来ない。
こちらは常に接近戦、相手は手を替え品を替えて攻撃が出来る。かなりのハンデを背負わされていると実感する。
「ふっ……!!」
下っ腹に力を込めて一気に加速する。拳を引き絞り、アシュタロトの顔面に叩き込もうと試みる。迫る拳をアシュタロトはミーシャの攻撃を魔障壁を張ることで防いだ。
バシャァンッ
ガラスが割れるような音を立て、一撃で破壊される魔障壁。しかしミーシャの攻撃は魔障壁を割ることで威力を殺され、次に放たれるアシュタロトの攻撃への対応が遅れる。
──ドッ
ミーシャの腹に刺さった一撃は単に足を突き出しただけの蹴りに過ぎない。しかし威力は岩盤を打ち抜く。ミーシャとて強力な魔力を常に皮膜のように張っていなければ、まずこの一撃で意識が持って行かれたことだろう。
吹き飛ばされたミーシャはぐるぐると回って威力を殺し、追撃にやって来たアシュタロトに回し蹴りを合わせた。その攻撃が来ることを読まれていたのか、ミーシャの右足とアシュタロトの左頬の間に軽く左手を挟み込み防御されてしまった。
ボキィッ
だがミーシャの攻撃は分厚い金属の鉄板に特大の穴を開けるほど高威力。流石のアシュタロトもミーシャの攻撃が防げるわけもなく左手ごと顔面を蹴り飛ばす。紙屑のように吹き飛ぶアシュタロトにミーシャも即座に追撃に入った。
──ベキィンッ
下から抉りこむように入れたアッパーカットはアシュタロトの腰付近に刺さり、骨をへし折りながら上空へと吹き飛ばす。その吹き飛ばされた体を追い越し、さらに上空で吹き飛んで来るのを待つと、かかと落としをアシュタロトの腹に向けて放つ。
アシュタロトは迫るかかと落としを右手と瞬時に回復させた左手の両手で防ぐ。腰も筋力で元の位置に戻し、羽を最大限使用して踏ん張ろうとするも、ミーシャのかかと落としは防いだ両手を粉砕して結局虚しいまでに腹にかかとが入った。
大気を切り裂き、垂直に落ちるアシュタロト。さらなる追い討ちをかけるミーシャだったが、アシュタロトは下に落ちながら魔力砲を放つ。
ドドドドドォッ
とにかく近寄らせまいとする攻撃にミーシャはイラっとした。魔力砲を好き勝手撃てているアシュタロトが羨ましいと思ったのと、腕や腹に受けた傷を即座に回復しながらまるでおちょくるように放ってくるのが気に入らなかった。
ミーシャは魔障壁を瞬時に張り、魔力砲を全て防ぎ切る。アシュタロトは諦めたような、それでいて嬉しいような恍惚の表情でミーシャを迎え入れるように手を広げた。その様は不気味以外の何物でもなかったが、ミーシャは構わず落ちる勢いを増しながら拳を胸元に振り抜いた。
──チュドッ
それはまるで隕石。耐えきれなかったアシュタロトの体が地面へと落ち、クレーターを作った。凄まじい衝撃波は全てを吹き飛ばし、残った草花を消滅させる。この島には最初から一本も植物が存在しなかったのではないかと思わせるほどに綺麗サッパリと。
「……しつこいな」
これだけやって尚、アシュタロトは死なない。クレーターの中心から瓦礫を纏って立ち上がり、ミーシャを見上げる。生き物ならとっくの昔に死んでいなければならないし、今まで戦ってきた神々もここまでの耐久力はなかった。
他の神がヘタレだったのか、アシュタロトが極端に打たれ強いのか。定かではないが相手をするのが面倒になって来た。
というのもアシュタロトは確かに強い。しかし強いだけなのだ。ソフィーのように訓練と経験に裏打ちされた技術が存在しないから攻撃も単調でつまらないし、魔力を放出したくても特異能力がそれを阻む。
色々発散出来ない上に、いつまでも終わらない敵の相手など嫌になるに決まっている。
『うふふっ……もう終わりなのぉ?』
「図に乗るなよ?私に傷の一つも付けられない癖に……」
『どっちもどっち。お互い様じゃない?』
ミーシャはアシュタロトを観察する。硬い鱗に覆われててもミーシャにとっては見せかけの鎧。ミーシャの殴打には敵わなかった。ただどんな攻撃も一瞬で再生可能。この速度はベルフィアの再生速度を間違いなく上回っている。
速度といえば、ミーシャの本気の攻防に確実についてくる身体能力。そして魔力による遠距離攻撃も侮れない。
極め付けは特異能力。こちらの魔力が一切通用しないどころか、何倍にも増幅して返してくる意地の悪さ。
どうやったら勝てるのかの答えが出ない。
『……ふふっ、その目。途方に暮れたね?諦めなよ。僕を倒すことなんて出来っこないのさ。だって僕は神だよ?』
面倒臭さを感じ取ったのか、それを誇らしげに自慢してくる。物理攻撃でしか攻撃のしようがないのに、致命打を与えたと思えば回復。どれほどの攻撃を加えようと結果は同じ。
「いやいや、案外そんなことはないと思うぜ?」
その声はミーシャの隣から聞こえて来た。空中に浮遊しているミーシャの隣に居られるのは同じ浮遊能力を持つイミーナやアルルだけのはず。ブレイドも魔族になればいけるのかもしれないが、ラルフには無理な話。
だがラルフは平然とそこに居た。誰の助力も必要とせずにそこに居る。ミーシャが足元を見ると、足元に地面があった。つまりは次元渡りの力で足場をそのままに、別の場所に次元の穴を出現させて顔を出すという離れ業をやったに過ぎない。
「でもラルフ。こいつ殴ってもすぐに回復するし、魔力は通じないしで大変なんだよ?そんな奴を倒す方法なんてあるの?」
「こいつの能力が増幅で魔力砲を倍にして返すってんなら、その倍を撃てば良い。さらに返されるならさらに倍を撃つ。そうなりゃこっちのもんだ」
『……気が狂ったのかい?僕に勝てないからって自暴自棄にならなくても良いよ。まぁでも、そうなれば君達が消滅してジ・エンドか。僕もせっかくのミーシャをジリ貧で倒すのは気が引けていたんだ。試しにやってみたらどうだい?』
アシュタロトは手を広げて攻撃を待っている。
「へっ!なんて傲慢な態度だ。……ミーシャ。こいつに見せてやれよ。お前の魔力砲を!」
ミーシャはラルフに困った顔を見せたが、ラルフのウィンクに肩を竦ませる。
ドンッ
凄まじい早撃ちだ。手をあげる動作さえ見せない。
本来これで敵は為す術なく消滅する。でもアシュタロトは違う。
『はいっ!もーらい!!』
すぐさま手をかざして魔力砲を包むと、アシュタロトの手からミーシャの魔力砲が増幅され10本の魔力砲となってミーシャを襲った。
「甘い!」
ラルフはその魔力砲を次元の穴に取り込んだ。
「ミーシャ!!撃て!!」
ミーシャは弾かれたようにまた魔力砲を撃つ。それに合わせてラルフは取り込んだ魔力砲をそのままアシュタロトに返した。
『無駄だよ!そんなことをすればどうなるか分からないの?!』
アシュタロトは迫り来る魔力を手に包んでさらに増やして飛ばした。魔力砲がさらに倍になって襲ってくる。
「そりゃこっちのセリフだ!」
その後も撃ち合いは続き、何度撃ったか凄まじい本数となった魔力砲をさらに次元に取り込んで見せた。
『ふははっ!それでどうするの?僕と永遠に魔力砲を撃ち合う気かい?』
ラルフはアシュタロトの余裕を鼻で笑う。
「いや、こんだけあれば十分だろ。足りなきゃまた取り込むだけだ」
そう言うとラルフはアシュタロトに向かって手をかざした。アシュタロトはその行動に疑問符を浮かべる。すぐに放たれるかと思った魔力砲が来ない。
それもそのはず、次元の穴はアシュタロトの周りを囲むようにドーム状に現れた。
『あら〜……』
光がアシュタロトを包む。無数に増やしたミーシャの魔力砲を四方八方から隙間なく発射される。
「魔力砲を増やし過ぎたなアシュタロト。その包囲網はお前を中心に展開されているぜ。何度増幅して解き放っても、繰り返しお前に返ってくる。俺が次元の穴を閉じない限り、お前は無限に自分を攻撃し続ける。さぁていつまで保つか見ものだぜ」
『やるねぇ……見直したよラルフ』
──ジュッ
アシュタロトは観念した。その空間に閉じ込められた時点で勝ちの目は消失したも同じなのだから。




