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第三十一話 未来への一歩

 ラルフの口の滑らせ方は最早芸術の領域だった。

 相手の逆鱗に脂まみれの手でベチャベチャ触れる様は、見ようによっては感動すら覚える。


 あらゆる感情を憤りに変えてしまうラルフの才能により、感情を増幅された生き物が取る行動はたった一つだ。


「……貴様だけは殺してやる!!」


 ソフィーは四つん這いから身を起こし、噛みつくような勢いでラルフに迫る。魔力を使用することの出来ないこの場所で頼れるのは己の身体能力のみ。

 喉を引き千切ろうと迫るソフィーにラルフは焦ることはない。

 後少しといった時、手は空を切る。そのまま前のめりに倒れかけるが、足を前に出して踏み止まるのに成功した。

 顔を上げるとそこは最初に攻勢を仕掛けたイルレアンの共同墓地。コンラッドの墓だけがポツンと無事に残っていた。


「……なっ!?」


 一瞬理解が追い付かずに混乱していると、背後からイザベルの声が聞こえてくる。


「ソフィー様!!」


 振り返ると人が通れる大きさの穴がぽっかりと空間に開いている。戻ろうと手を伸ばしたが寸前で穴は閉じた。


 見誤った。

 ラルフが本気で逃げようと思えば、次元渡りの能力で瞬時に逃げることも追放することも容易に出来る。

 ソフィーが一息に届くことのない距離に又しても大きな穴を開けた。まるでおちょくっているようだが、その用途は少し違っていた。


「ソフィー様!!」


 離れ離れにさせられたのではないかと不安になったのか、イザベルは急いで穴を潜り、ソフィーの元へと駆ける。その背後でひょこっと顔を出したラルフは草臥れたハットを被り直しながら口角を上げた。


「そんだけ元気ならもう大丈夫だな。部下と一緒に国へ帰れ」


「ラルフ!!なぜ私を生かす!!当て付けのつもりかっ!!決着を付けろ!!」


「殺すとか殺さねぇとか……別に決着は命の取り合いだけじゃねぇだろ。気に入らねぇならまた来いよ。いつでも相手になってやるぜ?」


 ラルフは手を振りながら穴を閉じた。


「ソ、ソフィー様……」


 イザベルはこの状況になんと声を掛ければ良いか戸惑い、とりあえず名前を呼んだ。ソフィーは悔しそうに顔を歪めながらポロッと大きな一雫の涙を流す。慌てつつも声を掛けられないイザベルがキョロキョロと周りを見始めた時、何かに気付いたように目を見開いた。


「ソフィー=ウィルム。並びにイザベル=クーン」


 声を掛けたのは黒曜騎士団新団長のバクスだ。一角人(ホーン)が誇る特殊部隊”聖なる剣銃”を捕縛し、ソフィーたちの帰りを待っていたものと思われる。


「我々にご同行願えますか?」


 放心状態のソフィーの代わってイザベルが口を開いた。


「黒曜騎士団か……私たちをこの国の法で裁こうというのか?」


「そりゃそうだろ。共同墓地の破壊に公務執行妨害と殺人未遂……イルレアンの平和を乱した凶悪な犯罪者集だぞ?最悪死罪もあり得る」


「……特に要人に危害を与えたわけでもなく、密入国者を撃退しようとした我々に対し、随分な言い様ですね。確かにこの国での活動を承認してもらったわけではないですが、緊急の場合なら事後承諾だって出来ると思います。私たちは危険因子を取り除くために必死になって戦った。不当に捕縛することはやめなさい」


「……何て奴だ。まさか当事者を前にして正当化するとは思ってもみなかった。我々に敵対して良いことなど一つもないぞ!!」


 バクスは吼える。このような奇行許されるはずがない。剣を抜き払い、部下たちも戦闘態勢に移行する。捕縛したホーンたちを人質に取ることも視野に入れつつソフィーとイザベルを包囲した。


「少し……よろしいですか?」


 先ほどまで黙っていたソフィーがようやく口を開く。バクスはいきなり魔法が来てもいいように下っ腹に力を入れつつ話の先を促した。


「な、なんだ?」


「私はどうなろうと構いません。ただ一つお願いを聞いて欲しいのですが、マクマイン公爵に合わせていただきたい」


「公爵は……現在ファウスト様が継承された。お前の言っているのはジラル閣下のことだろう?」


「ええ、ジラル=ヘンリー=マクマインの方です。今すぐにお会いしたい」


「……閣下は現在この国には居ない。秘密の多い方で我々も所在を掴んでは居ない。諦めろ」


 ソフィーの目が光る。


「嘘は災いの元ですよ?この国に居ないと言うのは本当でしょうが、居場所を知らないと言うのは嘘ですね。すぐに案内しない場合はこの国の半分を消します。その後改めて交渉しますが……それでよろしいでしょうか?」


「この国の……半分?」


 バクスは振り返る。建物が立ち並ぶ都会。戦争など無縁のこの国が焦土と化す。敵は魔障壁の中に居ていつでも破壊出来る面倒な状態だ。

 ここで最も正しいのは敵の交渉などを全て突っぱねて断罪すること。国家転覆を狙うテロリストを斬り、国の平和を保つことこそが黒曜騎士団の為すべきことである。

 しかしながらそう言ったことが出来る存在はごく限られている。ゼアルやブレイブなどの稀有な存在。人類最強と呼ばれるような強者でもなければソフィーとイザベルの両方を相手にして勝つことなど出来ない。平和は犠牲の上に成り立つものだが、この場合に限り、既に平和な街を守るのに最も最善の手は妥協である。


「交渉成立ですか?」


 ソフィーの威圧的な態度にバクスはゴクリと固唾を吞む。


「そ、その前に教えてくれ。閣下に会って何をするつもりだ?危害を加えるとかなら例え知っていたとして、口が裂けても言わんぞ?」


「滅相もない。ただ仲間に入れて欲しいだけですよ。ラルフを殺す仲間にね……」



 ラルフがソフィーとイザベルをイルレアンに投棄し、イミーナとアルルはようやく紅い魔法陣を解いた。

 尚も激化するミーシャとアシュタロトの攻防をみんなで見ながらラルフはハットを人差し指でクイっと上げる。


「よしっ!それじゃ仕上げと行きますかっ!」


 アンノウンたちが制作する戦艦の完成への最後の欠片を届けるためにも、ラルフはこれが最後の戦い何だと気合を入れて歩き出した。

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