第三十話 ヘイトフル
「ソフィー様!」
角を折られたソフィーは頭を抱えて唸っている。イミーナとアルルによって展開されている紅い魔法陣の中にラルフはイザベルと共に侵入した。
イザベルは一も二もなくソフィーの元へと走り、蹲るソフィーの肩を抱いた。痛かったのだろうかブルブル震えるソフィー。声も絶え絶えに震える唇を開いた。
「わ……私……私の夢が……崩れて……いく……」
もちろん痛覚もあっただろうが、それ以上に力を失ったことによるショックの方が大きいようだ。
ラルフはソフィーから切り取った水晶の角を異次元に放り込んだ。
「復讐が夢だって?冗談じゃない。ブレイブはもう死んでんだよ」
ラルフは多少怒気を孕んだ声音で吐き捨てる。イザベルがキッと鋭い視線を向けてくるが、ソフィーの震えが止まった時思わずソフィーに眼を向けた。
「……あいつは私から全てを奪った。だから私も全てを奪うの。妻も子供も功績も……」
「功績だって?……そうか。お前俺たちが居なくても元々イルレアンに行くつもりだったんだな?イルレアン国の影の英雄であるブレイブの功績を国を転覆させることでぶち壊そうと……」
「やられて当然なんだ!!私の幸せを破壊しておいて……!子供まで……」
イザベルを振り切り、ラルフを絞め殺す勢いで身を乗り出すソフィーだったが、ジャケットの裾を握ったと同時に力が抜けて徐々に下に下がっていく。最後は地面に吸い込まれるように両手をついた。
「いつまでそうやっているつもりだ?」
「……っ!?」
四つん這いで地面を見ているソフィーはカッと眼を見開いた。イザベルも訝しげにこちらを睨むが、構わず続ける。
「延々と昔を掘り起こしては怒りをせっせと溜め込んで、許容量に達した時に復讐だ何だと発散する。空になってすぐにまた同じように怒りを溜める。そんな奴のわがままに付き合っている周りが気の毒だぜ」
「貴様……っ!?」
その言葉にはソフィーよりも先にイザベルが突っ掛かる。そんなことは口が裂けても言ってはいけない。ソフィーの生きる原動力はまさに復讐によるもの。自身の体を改造してまで強さにこだわり、共に戦った最愛の女性イーリスが好いてくれた姿形を保てるよう、汚らわしいアンデッドの外法にまで手を伸ばして偽りの若さを保ってきた。
段々と薄らいでいく昔の記憶に焦りを感じ始め、思い出せる範囲で自身の記憶を記録媒体に落とし込み、憎悪を育ててきた。ブレイブが処刑された後も憎しみだけは消えずに、この理不尽な世界で自己を高めていた。
何度も何度も何度も……。
イザベルはそんな彼女を近くで見ていた。処刑されるのを目の前で見ていながらブレイドへの敵愾心を育てるという矛盾。親友であったはずのマクマインが、それもブレイブ本人の手で平和に導いたイルレアンの地での処刑というこれ以上ない尊厳破壊。ブレイブの実情や背景をよく知った上で死を目の当たりにし、尚も許さないとする怨恨の化身。
美しい見た目とは裏腹に誰よりどす黒い心を持った怪物。
「貴様にソフィー様の何が分かるっ!!」
「いや、知らねぇよ。俺にとってはゼアルやマクマインに次ぐ面倒な敵ってだけさ。アシュタロトと戦うことになっちまった元凶だぜ?角をへし折った痛みからショック症状を起こしていたらマズイと思ってわざわざ来ただけだ。思ったよりも元気そうで良かったよ」
ラルフは手をひらひらと振ってミーシャの方を見た。アシュタロトとの戦いはそれほど苦戦もしていないが、決定打を与えられていない印象だ。先のソフィーとの泥仕合と差して変わらない。
「……随分な物言いですね……ラルフ……」
その言葉にラルフは生気を感じた。
「私も大概自己中心的ですが、あなたには及びませんね……他者のことを悪し様に貶め悦に入る。自分の命を何より優先し、仲間を最大限利用しながら安全圏で喚く。全く度し難い。そんなちっぽけな命に消費される資源を思えば、すぐにも死んだ方がマシでしょうに……」
「えぇ……マジかよ。何つー傲慢な物言いだ……。お前だって悪し様に貶めているじゃねぇか。自己を顧りみれなくなったら御終いだな。俺も気をつけるわ」
ソフィーはギリッと歯を食いしばった。とにかくムカつく。この一点に尽きる。
「それに補足しとくけど俺の命はもうちっぽけじゃなくなったんだ。俺を必要とする奴らが居てくれるからな。だから俺は生きてる。お前ももう復讐の対象が居ないんだからとっとと次に行けよ、な?」
ラルフは誇らしげにソフィーの心の地雷を踏み抜いた。
「……貴様だけは殺してやる!!」
ソフィーのヘイトは過去を差し置いては現在のラルフに向いた。




