第二十九話 複合型
ミーシャはラルフのお願いを快く受け入れた。
『えぇ……君はそれで良いの?』
アシュタロトはミーシャの寛大な心に困惑する。史上最強の力にあるまじき寛容さ。ラルフに対して甘すぎる。
「?……これが私よ」
ミーシャは一瞬首を傾げたが、堂々と言い放った。魔族と人族の惜しみ無い庇い合い。
『……なるほど。純愛だねぇ』
うんうんと頷きながら自分を無理やり納得させる。アシュタロトの中の常識に見合わない面倒な存在だ。
こういう理不尽且つ枠にはまらない奴を何人か見てきたが、外で見ている分には『こう言うのもいるんだなぁ』と他人事で済ませることが出来た。だがいざこうして触れてみるとこんなにもムカつくものなのかと実感させられた。
どんなものであれ愛の前では一見変な事をしていても罷り通る。一途であれば一途であるほどそれは顕著だ。
『ま、限度はあるだろうけどね……』
一頻り自分に言い聞かせたアシュタロトはミーシャとラルフを交互に見た。
『それでどうする?やる?』
アシュタロトはここでようやく戦闘態勢に入る。体を慣らすかのようにその場でリズミカルに跳ね、その最中に関節の動きを確認する。肩を回し、肘を軽く曲げ、手首を揺らす。首を左右に倒し、腰、足の付け根、膝、足首を跳ねる事で火を灯す。さらに羽の付け根も軽く動かし、全身隈無く試運転を終わらせた。
「やる」
ミーシャは簡潔に答える。アシュタロトの忙しない動きに対して、こちらはほとんど動きがない。ソフィーとの戦いで既に体は動かしていたし、その際特に体に不調はなかった。
というよりもあるわけがない。魔力を常日頃から体に充満させ、いついかなる状況でも尋常ならざるパフォーマンスを身につけた無敵の存在だ。ソフィーと戦っていなかったとしても、たとえ寝起きであっても戦える。
神との戦いはこれで何度目か。
単なる力押しではどうにもならなかった神もいた。アシュタロトはイリヤやエレクトラのような異能タイプか。それともアトムやアルテミス、そしてユピテルのような脳筋タイプか。
体の動かし方を見るに後者であることが考えられるが、どちらのタイプも持った複合型の可能性も捨てきれない。
どんなことにも対処出来ると自信はあるが、異能タイプは下手をすると触れることすらままならない。イリヤの時のようにあっさり捕縛されたら、ラルフのせっかくの期待に応えて上げられなくなる。
「先ずは小手調べ」
──ドンッ
ミーシャは西部劇のガンマンのように目にも止まらぬ速さで手をかざし、同時に魔力砲を放った。
『もーらい!』
アシュタロトは魔力砲を包み込むように手の中に捕縛すると、ミーシャを見てニヤリと笑った。
『ほら、返してあげる♪』
魔力をこねくり回していたアシュタロトは、前方にかざす様に手を離す。ブワッと先の魔力砲が10本になってミーシャに放たれた。反発し合うかのように上下左右に分かれ、最後は狙った対象に吸い込まれるように放物線を描いて飛んでくる。
(異能の方か?)
ミーシャはアシュタロトの力を垣間見て推測する。放った魔力砲をただ返すだけではなく、複数本増やして返してきたのだ。十中八九”増幅”とかの能力だろう。
ミーシャは迫る魔力砲を全て別々の方向に弾く。万が一にもアシュタロトに打ち返せばいくらでも増やされることを懸念してのことだ。
『へぇ、見抜かれちゃったかな?』
ミーシャが魔力砲全てを弾き、明後日の方向に飛んでいくのを確認してアシュタロトはミーシャの洞察眼に素直に感心した。
アシュタロトはミーシャに向かって突進する。その速度には眼を見張るものがあった。拳を振り上げ迫ってくる。
ガキィッ
受け止めたは良いものの、攻撃力は計り知れない。
「……複合型かっ!?」
かなり面倒なパターンだ。単なる脳筋なら遊ぶことも出来たかもしれないが、異能を考慮すると途端に攻撃方法が制限される。
力の神エレクトラのように力のベクトルを逆方向に変えられたら一切の攻撃手段がないし、闇の神イリヤのように攻撃の度に闇に包まれていたら何も出来なくなる。
この二つに比べたらアシュタロトには触れられる分、それほど苦もなく勝てそうな気もするが現実は思った通りに動いてくれない。
アシュタロトの能力がハッキリ分からない以上、どうやれば勝てるのかは未知数だ。
両者譲らない接近戦の中、アシュタロトは口を開いた。
『えっと……今僕を複合型って言ったよね?何と何の複合なの?そういうところハッキリしたい性格なんだよねぇ』
ミーシャは力を緩めることなく返答する。
「ふんっ……しっかり物理か、異能頼りかって分類よ。どう?スッキリした?」
『あ、そういうこと?ありがとうスッキリしたよ。でもすぐにモヤっともしたよ』
アシュタロトはミーシャに顔を近づける。
『僕たち神を細分類しようなんて不届きにも程があるでしょ?許せないなぁ』
「あっそ、じゃ矯正してみれば?出来るものならね」
ミーシャ対アシュタロト。
どちらも譲れぬ戦いはさらに白熱する。




