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第二十八話 切り札

 ソフィーの絶叫にイザベルが反応した。


「あ、あの男……何を……っ?!」


 ミーシャもソフィーも助ける。そういう手はずだったはずだ。だからこそ邪魔をしなかったし、手伝えることがあったなら手を貸すつもりだった。ソフィーが苦しむことになるなら、真っ先にラルフを完膚なきまでに叩きのめしただろう。

 焦って動き出そうとしたイザベルの顔の横から剣の切っ先がヌゥッと姿を現した。


「動かないでください」


 剣を突きつけたのはブレイドだ。いつの間に背後に回られたのか気づかなかった。

 ラルフがイミーナと共にアルルとブレイドを連れてきた。イミーナとアルルは例の紅い魔法を使用することでその意味を理解したが、ブレイドという半人半魔(ハーフ)まで連れてきた理由がいまいち分からなかった。


「チッ……これがその理由か……」


「?」


 ブレイドはイザベルの呟きが何を指しているのか疑問に思ったが、ラルフたちの邪魔をしないならどうでも良かったのでとりあえず動きを封じた。正直アルルに便乗してついてきたものの、手持ち無沙汰でどうしようかと思っていたところだったので丁度良い。

 しかし毎度のことながらヒヤヒヤさせる。ラルフは命の大切さを説きながら自分の命を蔑ろにする傾向がある。これがきちんと作戦を考えられた上での行動なら見ている側も多少は安心出来る。だがラルフの場合は大抵が行き当たりばったりなので、上手く行くように祈る必要がある。


(ふっ……神を相手にするっていうのに、一体誰に祈るんだ?)


 いや、この際誰だって構わないとブレイドは考える。アルルと一緒に住んでいた山小屋を飛び出してから今日までラルフに全てを賭けてきた。ならば祈る先はラルフその人だろう。


 各種色々な考えがこの場に漂う。憎悪、悲哀、喜悦、嫌悪、怒気。焦り、祈り、心配、楽観、そして覚悟。

 そのほとんどがラルフを中心に渦巻き、ラルフの背中に重くのしかかる。


『ふふっ……立っているだけでやっとのくせに喧嘩は一丁前に吹っ掛けるよね。最早感動すら覚えるよ』


 アシュタロトは腰に手を当てて呆れたようにラルフを皮肉る。


「おうよ。俺はハッタリと意地だけで世界を渡り歩いて来たんだぜ?バカは死ななきゃ治らねぇなんて誰が言ったか知らねぇけど、こればっかりは死んでも変わらない自信がある」


『そういうのは意固地って言うんだよ。でもさ、別に何でも良いんだ。この会話だって意味をなさない。あるのは一つ、僕は君の喧嘩を買ったってことだけさ』


 ──ビキビキビキッ


 アシュタロトの体が大きくなっていく。ヒューマンの女児だった見た目からは大きく異なり、竜魔人のように全身を鱗で覆った真っ青な肌へと変化する。さらに背中からは蝙蝠のような羽が生え、細長い尖った尻尾が姿を現した。頭に羊のような捻れた角が左右均等に生え、口からは鋭く尖った犬歯が覗く。

 誰もが思い浮かべるであろう悪魔の見た目に変化し、その姿を見せつけるように堂々と胸を張った。


「その姿……まるで異質同体(キメラ)だな。古代獣(エンシェントビースト)を思い出すぜ」


古代獣(エンシェントビースト)は不完全体だよ。僕こそが完全完璧な存在。もう豊穣の神を名乗るのはやめだ。これより僕は邪神アシュタロトと呼称を変える』


「邪神……なんて禍々しい響きなんだ……肉体はこんなにも素晴らしいのに……!?」


 ラルフは上から下まで艶かしい体。出るところは出て、引っ込んでいて欲しいところはしっかり引き締まっている。性欲を持て余しているラルフは、大抵の男が考える理想の体に下半身が少し反応していた。鱗で包まれている体はまるでピッチリのスーツを来たかのように体のラインがそのまま浮き出ている。裸同然の衣装に興奮しないわけがなかった。


『ふふふっ……こういうのが好きなんだね。前の肉体じゃ無反応だったし、分かりやすい男だね〜。サトリじゃなくとも心が読めちゃうよ』


「褒め言葉として受け取っておくぜ」


『……単純ってのは大概馬鹿にされる時に使われるもんだよ?……まぁいいや、こっちの準備は整った。そっちはどう?』


 ラルフは首を横に振りながら右手を前にかざした。


『おや?まだ彼女の角を折りたいの?それとも僕のこの角かな?』


「おいおい、俺のこの力は角を折るためにあるわけじゃねぇよ。必要なものを取り出したり、しまったりする力だ」


 ズズズ……


 そう言いながら空間に手を差し込んでいく。


『へぇ……その中に僕を倒せる何かがあるって言うのかい?是非見せてくれよ』


「ああ、良いとも」


 ラルフはおもむろに手を引き抜く。異次元の穴から現れたのは無機質な武器ではない。出て来たものにアシュタロトも思わず目を見開いた。


 その姿はお尻にかかるほど長い金髪、浅黒い肌、金色の瞳に縦長の瞳孔。森人族(エルフ)のように耳が長く、顔立ちは整っているが、目がつり上がり常に怒っているように見える。

 彼女はミーシャ。史上最強の魔族と呼び声の高い無敵の存在。


『呆れた。そればっかりだな君は……ミーシャをとことん使って良い気分かい?』


 アシュタロトは肩を竦める。そんなアシュタロトを無視して、ラルフは草臥れたハットを取った。胸の上に置くように持ってミーシャを見つめた。


「ソフィーとの戦いを邪魔して悪かった。ごめん。身勝手な俺を許して欲しい」


 ぶすっとするミーシャに頭を下げる。


「後で何でも言うこと聞くから、俺と一緒に戦ってくれ」


「……」


「都合が良いよな……でもさ、俺じゃ天地がひっくり返ったって勝てねぇんだ。ミーシャの力を貸してくれ」


『なんて自己中心的な回答。これだから無能は困るんだよ。自分じゃ何も解決出来ないくせに威張り散らして事を悪い方向に持っていく。今が典型的な例じゃない?ミーシャもこんな奴の言う事聞かないで、見捨てちゃえば良いと思うよ?』


 アシュタロトはここぞとばかりに畳み掛ける。

 だがミーシャは微笑んだ。


「良いよ。私がやってあげる」


 ラルフは顔を上げた。


「ただし、後で何でも言う事聞いてもらうからね」

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