第二十四話 究極の戦い
この世界において戦場を制するのは群ではない。
無双の個である。
史上最強のミーシャと神の使いであるソフィー。
ミーシャは拳を握り固める。ソフィーは魔力を放出し、槍へと変化させた。
「お前たち槍が好きね。そんなに扱いやすいもの?」
先ほど戦ったアトムも槍を使っていた。中・近距離で間合いを開けながら戦える槍は距離が長いので、格闘は当然のことナイフや剣、斧などに至る近接武器を封殺出来る。もちろん技量によってはの話だが……。
「ええ。私は長年使って来ましたのでこれ以外での戦い方を知りません」
ソフィーは十数年に渡って槍を使用して来たため、技量は達人の領域に達している。相手にとって不足なし。
「でも不思議ね。立派な槍があるのに何でわざわざ魔力で槍を?」
「決まってます。破壊されたくないからですよ。武器は消耗品ですが、私のは模倣とはいえ思い出の品ですから……」
チラリとイザベルに預けた槍を見る。
雨穿つイーリス。当時は翼人族といえばその人と名指し出来るほど有名人で、華奢で近接戦で戦う事の出来ない女性のイメージを払拭させた槍使い。ソフィーの憧れの対象だった。
イーリス亡き後、ソフィーは血反吐を吐く努力で槍術を習得し、最強の魔法戦士として白の騎士団へと組み込まれた。イーリスの槍術が認められたのだと歓喜したものだ。
ソフィー自身が信じる最強の槍術でミーシャと戦う。魔族殲滅の足掛かりであり、最終目標はブレイドとエレノア二名の抹殺。
イルレアン国の英雄”ブレイブ”を感じさせる存在の否定と消滅こそが彼女の終着点である。
「……準備は万端?」
「ええ。いつでもどうぞ」
ソフィーとミーシャ。睨み合う両者は互いを確かめ合うかのように笑い合い、瞬き一つの間に間合いを詰めて接近戦での攻防が始まった。
──ボッ
ソフィーの刺突は目で追うことが出来ない。生き物の反射速度をゆうに超越し、光をも置き去りにする。ゼアルの使用する魔剣イビルスレイヤーの能力をも超えた必中の刺突。
それほどの攻撃をミーシャは首を傾けることで回避する。魔障壁では受け止めきれないのを理解してのことだ。そういう意味ではイミーナの紅い槍を連想するが、あっちは魔法を無効化する術式が組まれているので、ソフィーの攻撃とは根本的に違う。
自身最速の突きを避けられたことで驚きを隠せないソフィーだったが、そのまま右ストレートを放とうとするミーシャの攻撃を受けるほど迂闊ではない。槍の柄を盾にし、拳を受ける。
ビキィッ
だが、ミーシャの攻撃を耐えられるはずもなく真っ二つにへし折られる。右の拳はそれで止まったが、連続して放たれた左フックは避けざるを得ない。ソフィーは後退したい気持ちを抑えて前に出る。左フックは相変わらずソフィーの顔面に迫るが、ミーシャの体ごと迫る勢いとソフィーの果敢に前に出る姿勢が噛み合って、ソフィーがミーシャの懐に飛び込む形となった。
もちろん左フックは空振り。ミーシャはソフィーに抱きつかれた。
膝蹴りを出そうと右足を振り上げたが、それより早くソフィーがミーシャの体を往なすように横に逸らしていた。先にどう動こうか決めていないと出来ない動きだ。
ミーシャは行動を読まれていたことを悟ったが時すでに遅し、膝蹴りを出したと同時に攻撃をスカされ、背後に回られてしまった。
(もらった!)
このタイミングでは魔障壁を張ることは出来ない。魔力で一定皮膚を硬化させたとして、無事で済むわけがない。背中に突き立てるために槍を振り下ろす。
ミーシャは空中で体を反転させ、背中に迫る槍を右手で制しながら左足で回し蹴りを放つ。
ゴッ
思わず槍を落としてしまうほどの強烈なハイキック。
しかし、来ることが分かっていたソフィーは事前に蹴りが入るであろう首から上を魔力で硬化していた。この段階で自分が使うことになるのは無様でしかないが、死ぬことを考えれば安い。
踏ん張りが利かずに吹き飛ぶ。全てを置いてけぼりにする戦いの中で放たれた蹴りだ。吹き飛ぶのは当然のこと。
(……くそっ!意識が……っ!!)
空中で回転していたソフィーは一瞬持って行かれた意識を取り戻し、全身に力を入れて空中で停止する。
それを待っていたかのように迫るミーシャを視認し、すぐさま魔力砲を複数放った。
ドドドッドドドドドドッドドドドドドドッ
角が量産されたことで魔力の総量が格段に引き上げられたソフィーは「数を撃てば当たる」を地で行くかのように遠慮なくぶっ放す。
ミーシャも最初の三発は何とか避けられたが、次々に来る魔力砲に右肩、腹、左手、顔の順に被弾し、突進していた体は後方に吹き飛ばされた。
ズガァァァンッ
地面に激突したミーシャと僅かに外れた魔力砲が地形を変えていく。
土煙が上がる中、目に魔力を集中させてミーシャの行方を追う。無詠唱による強化魔法”熱感知”を使用してミーシャの居場所を突き止めると、魔力で槍を瞬時に作り出し、迷うことなく土煙の中へと突貫した。
ドンッ
土煙が晴れるほどの衝撃波がミーシャが落ちたであろう中心地から発生する。そこには槍の穂先を真っ向から拳で叩き潰すミーシャの姿があった。先の魔力砲で多少の火傷を負ったミーシャは、鼻血を出しながら歯を食いしばり、鬼のような形相でソフィーを睨みつける。
ソフィーは背筋をひやりと冷やしながらも焦ることなく片手で槍を生み出してミーシャを襲う。ミーシャは次に来た槍も真っ向から殴り潰す。魔力によって金属の槍など目ではないほどに鋭利な先端を傷ひとつなく拳一つで真っ直ぐ打ち砕く姿は生き物のそれではない。
「では、これならどうですっ!!」
ソフィーは又しても魔力の無駄遣いを敢行する。空中に槍を無制限に作り出す。その内の二本を手に取り、その他の槍を自動追尾型の突撃槍として射出。ソフィーが接近戦で攻撃しつつ、援護射撃のように複数本の槍が飛んでくる。
これはまさしくイミーナの攻撃方法だ。ただ違いがあるとすれば終わりが見えないことだろう。
ソフィーは確実に急所を狙いながら槍を突き出して攻撃を仕掛け、握っている槍が破壊されたら空中に出現させた自動追尾型の槍を手にとって息もつかせぬ連撃を敢行。更に片手間に空中に作り出した自動追尾型の槍で焦らせつつ疲弊を誘う。
いずれミーシャの手が追いつかずに致命傷を与えられるだろうことは必至。
段々と早くなっていくソフィーの攻撃に対し、隙を見せることなく完璧についてくるミーシャはやはり化け物だ。
神から授かった身体能力と無限とも思える魔力の連動で得た最強の力。そうしてようやく互角の戦いを繰り広げているのだから。
当然だろう。ミーシャはサトリを除く全ての神から力を授かったゼアルでもどうしようもなかったのだ。
世界最強の壁はどこまで厚いというのか。
「もうっ!!ウザいっ!!」
──ボァッ
ミーシャの体が光に包まれ、四方八方にドーム状に広がった。急に放出された光の壁に押し出され、ソフィーは吹き飛ぶ。その際、露出していた腕や足があまりの熱で皮膚を焼き、一部皮が捲れるほどの火傷を負った。空中に作っていた数十本の槍もそのドーム状の魔力に取り込まれ、消滅を余儀なくされる。
ザザザァ……
何とか足を地面についてこれ以上吹き飛ばされないようにブレーキを掛ける。地面を抉りながら何とか停止出来たソフィーは治癒魔法で火傷を治しつつ防御姿勢を解いた。
ドームのように広がった魔力は驚くほど一気に縮小してミーシャの体を包む。光が粒子のように弾けて包まれていたミーシャが顔を出した。
「振り出しですか……」
魔力によって全回復したミーシャがソフィーを睨みつけるように立っている。
どちらも譲ることのない戦い。地形だけが今までの戦いを記憶していた。




