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第三十話 探り合い

 急遽イルレアン国とエルフェニアの共同調査が決まり、巨大蜥蜴に跨がってアルパザに向け移動する。

 ハンターはグレースを後ろに乗せ、蜥蜴を操りながら行軍についていく。ペチャクチャ無駄に喋っていたあのハンターは身を潜め、真っ直ぐ大地を見つめている。集中しているのかとも思ったが、見た感じそうではないようだ。なんというか、ただの雰囲気だが言い知れぬ不安感を漂わせている。

 この軍と合流し、陛下に連絡して以降、ずっとこの調子である。非常に勝手な話だが、普段は黙ってほしい奴が何の気なしに突然黙ると気持ちが悪い。きっかけを教えてほしい所だが、幼馴染みとはいえ陛下との密会を聞かせてくれない事くらい想像に難くない。公爵も揃って聞いたのだし、単なる報告ではなくそれこそ国家間の会談に相当する。


 グレースはモヤモヤしながら、ハンターに掴まる。ハンターは後ろにいるグレースの体温を確かめながら考えに浸る。折角の騎獣デートだが、夢見心地に浸れない。その理由がハンターを苦しめた。それは勿論、森王と公爵とのあの会談だ。


ーー二日前ーー


 通信機を起動すると、そこまで待たされる事なく森王が通信機に応答する。


『!? マクマイン……!まさか貴公がいるとは、夢にも思わなかったぞ』


 森王は驚きはしたが、すぐに冷静になり落ち着きを取り戻す。


「お久しぶりです。”森王”レオ=アルティネス陛下」


 森王の驚きに返礼で返す公爵。森王はハンターと公爵を交合に見て、


『ふむ……これはどうした事かな?私にも分かるよう説明を頼めるか?』


 ハンターは事の経緯を森王に話す。


『なるほど。マクマイン……会議を欠席してまでここに駐留していたのはどういう事だ?通達が届かなかったなどという言い訳は聞かんぞ』


 公爵に対し威圧するような声で語り掛ける。


「はい、その事に関しては申し訳ございません。火急の用事が出来た為、行軍せざるを得ない状態になっておりまして……」


 ”火急の用事”という濁し方で煙に巻こうとしている。理由を問い詰めようとした矢先、公爵の口が開いた。


「理由をお話しする前に一つよろしいでしょうか?何故、自国の民を調査に出されているのです?」


 エルフェニアは最も神域に近いとされ、その民も古くから神の子として、崇められた経緯があり、その希少な血の保護には力を注いできた。結果としてエルフが傲慢になったのは言うまでもないが、それ故に危険な地に派遣される事など滅多にない。


『今回の議題の内容が関係している。東の大陸で何か良からぬ事が起きている様でな。その調査の為、一刻も早く情報が欲しい。そして、信頼ある我が国の民から直接聞きたかったという二つの事柄から踏み切った。貴公もアルパザを目指していたと言う事だが、火急の用事とやらが関係しているのか?』


 公爵は我が意を得たりといった顔で頷く。


「情報が錯綜している中で得たのですが、我が部下でもある”魔断のゼアル”が、アルパザ領内にて不穏な動きを探知いたしました。その上、現在、通信が途絶え、音信不通となっております。一大事と捉え、強行軍にてアルパザに進行予定です」


 その名を聞いてハンターは目を丸くする。


「なっ……!?彼の騎士が……?それは確かに一大事ですね……優秀な兵士ですし……」


 ハンターは白の騎士団候補と噂に高い凄腕の弓兵。先達者のリスペクトを忘れない。エルフとしては珍しいタイプの性格だ。


『ふむ、彼の騎士がよもややられるなど考えられないが、確かに不思議ではある。今回の巫女の観測結果と一致する……』


 問題はそんな名高い騎士が何故アルパザとかいう辺境に言っているのかだが、些細な問題として放っておく。


『つまり貴公は”魔断”の保護の為に動いていた。とそういう事だな?』


「……おっしゃる通りで」


『これは未確認情報だが……”(みなごろし)”が関与しているやも知れん……』


 それを聞いた時、公爵は一瞬身じろぎする。しかしその変化は微妙過ぎて流される。


「ほう……その根拠をお伺いしても?」


『観測した巫女による情報だ……。正直、信じていいものか精査している所だ……』


 これには公爵も疑問が生まれる。


「どういう事ですかな?現在の巫女は”千里眼”を使えないのでは?」


『よく知っているなマクマイン。その通りだ。現在の巫女は波長を探知できるだけの力しかない。ただ、今回の事象に関しては”天樹”が大きく関係しているらしくてな、事実関係も含めて調査を急ぎたいのだ』


 公爵が聞きたかったのはその前、どこまで見えたかだ。”(みなごろし)”だけなのか?はたまた他も見てしまったのか?しかしこれ以上掘り下げては怪しまれる。


「……なるほど。よく分かりました。まさか”(みなごろし)”が関与していたとは……」


 ハンターをチラリと見て、また視線を戻す。


「奴が関与しているとなれば、危険でしかない。二人ではどうしようもないでしょう。偶然にもここから先は我らと共に行こうと、彼と話し合っていた所なんですよ」


 森王は目を細めて何かを精査しようとしている。十分な時間が経った頃、森王は目を閉じて椅子にもたれかかる。


『実に奇遇な状況だ。正直、助かるよ。彼は”光弓(こうきゅう)”に替わる逸材だ。失うには惜しい。良ければ是非にもお願いする』


 ハンターは自身に対する評価が思ったより高い事を知る。その上で、グレースに関する身の安全などが王の口から出ない事に微妙な気持ちになった。


「お任せを。必ずや無事にお返しします」


『それから、会議についてだが……必ず顔を出すのだ。何より優先される国家事業だ。貴公の都合で欠席は今後一切許さない。もし、守られなければ。貴公は外す。よいな?』


「ええ、承知しました」


 公爵に云う事を言った森王はハンターに目を向ける。


『何かあれば逐一報告をするのだ。……貴公らの無事を祈る』


 その言葉を最後に通信を切る。後に残されたのは、公爵とハンターの微妙な空気だけだった。


「……さて、それでは早速、行軍を開始しよう」


 公爵がテントから出ようと動き出した時、


「……知っていたのですか?」


ハンターは突然、質問を繰り出す。


「何をかね?」


「”(みなごろし)”ですよ。ゼアルさんが辺境に行くなんて端から可笑しいと感じていました。何か森王にも言えない事があったのですか?」


 公爵の反応を逐一観察していたハンターだからあの一瞬の身じろぎを観測できた。”(みなごろし)”の関与に動揺していた事実、最後まで濁して終わらせたあの会話に違和感しか感じなかったのも気になった。それに今言った通り、魔断がわざわざ辺境に行く理由が思い付かない。既に知っていなければこの采配は可笑しい。狂っているとも言える。


「なるほど。やはり出来る男は違うな……。隠せないとあらば仕方ない」


 公爵はハンターに向き直り、堂々とした態度で話を始める。


「我らは、彼の魔王が”古代種(エンシェンツ)”と一戦交えるという真偽不確かな情報を手に入れた。さらに、力を使いきった魔王が、自国の家臣に裏切られたとの報告も同時にな……」


古代種(エンシェンツ)?裏切り?一体、何の話を……」


 聞くままだろう事くらい彼は分かっている。魔族は”古代種(エンシェンツ)”の力を手にしようと躍起になって魔王を差し向けた。その結果は分からないが、そこで力を使い果たした結果、家臣に裏切られた、と。

 しかし、ハンターは知らぬ風を装い、公爵からの情報を聞き出そうとする。それを公爵は気にする事なく続ける。


「君の考えている通りだ。魔断を差し向けたのは彼奴を殺しきれると踏んでだ」


「真偽不確かだと……」


「なるほど……状況判断は得意だが、歴史は知らんと見える……」


 公爵はハンターに近付き、耳打ちするように話を続ける。


「君は人間(ヒューマン)の寿命を知っているか?」


 エルフは長寿だ。だが、それに比べれば人間(ヒューマン)の寿命など吹けば飛ぶ程度の短さだ。その上、今は戦争の時代。人間(ヒューマン)は率先して戦いに馳せ参じ、その短い命を消す。


「二十年……それが私が待った時間だ。二十年だぞ?……私はこの期を見逃さない。それが例え真偽不確かだろうとな……」


 その目は業火に焼かれ、その燃える復讐の炎の裏に暗く淀む闇が見ている者を飲み込もうとしている。その目に狂気を感じたハンターは目を逸らした。万が一見続ければその闇に飲まれてしまうような危ない目をしていた。


「君は賢い……だが、その賢さと誠実さはいずれ破綻する。私と同じようにな……」


 公爵はハンターから離れて出て行こうとする。


「悩んでいます。あなたの事を報告するべきか」


 公爵は立ち止まるが、振り返る事なく告げる。


「好きにしたまえ、君のしたい様にな……だが、気を付ける事だな。君の思い人は君ほど強くはない。常に守られねば、彼女のような子は生きてはいけないだろう」


 ハンターはハッとして公爵を見る。公爵はハンターに振り返り鼻で笑う。


「なんだその顔は?観察しているのが君だけだと本気で思ってそうな顔つきだぞ?森王はどう思っているのか知らんが、彼女の事を大切に思うなら君の為にも守ってやろう……賢い(・・)選択を期待する」


 その真意は、グレースは人質だと告げている。ハンターはこれ以上何も言えない。


「急ごうか弓兵。ゼアルの為にも町の為にもそして、彼女の為にもな……」


 それからというものグレースから目が離せなくなった。今、後ろにいるグレースが離れてしまわないよう紐を括りつけ、落ちないように気を使っている。その上、公爵に危険を感じながら前に進む。

 アルパザまでは聞く限りではもう少し。やはり平野での移動は早い。本来なら長い旅を楽しみながら時間をかけて行くつもりだったが、今では早く仕事を終わらせて里に帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。


「グレース……必ず生きて帰ろうね」


「なに?なんか言った?」


 蜥蜴が移動するドカドカという音と風切り音でハンターの声はかき消された。


「……もうすぐ着くよ!もう少し頑張ってね!」


 ハンターは大声でグレースに伝える。それを聞いたグレースは久々に元気な声を聞いたと安心する。


「とっとと終わらせて帰りましょ!」


「だね!!」


 カラ元気を纏いながら行軍する。小高い丘を越えた先に広がる平野。森を挟んで壁に囲まれた小さな町が見えた時、残酷な光景が広がっていた。先頭は驚いて行軍を停止させる。


「これは一体……どうしたんだ?」

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