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第二十三話 試し合い

 そこは以前鬱蒼とした森だった。世界で一番大きかった樹が天を衝き、根元に住む生き物に多くの実りをもたらした。エルフたちが生活していたこの場所はエルフェニアと呼ばれ、カモフラージュを兼ねた魔障壁を幾重にも重ねて出来た堅牢の王国としても有名であった。


 アトムがやってくるまでは……。


「……ここは?」


 次元を潜ったソフィーは怪訝そうな顔で平原を見渡した。ソフィーに続くように出て来たイザベルも同じだ。

 凄惨な戦場跡。大地が掘り返され、木々の残骸がそこらかしこに散らばっている。魔獣の死骸がちらほら見えるが、幸いなことに人間の死骸は見受けられない。人の戦場でないことは明らかだ。


「ここはエルフェニアだよ。来たことない?」


 ミーシャはごくごく当たり前のように話す。エルフェニアを文献で知るイザベルは目を剥いてじっくり辺りを見渡す。


「あり得ない……嘘よ。だって、そんなはず……」


 困惑は当然のこと。文献でしか知らないとはいえ、あまりに乖離しすぎている。巨大で目立つ木もなければ、鬱蒼とした森でもない。破壊し尽くされた平原はただ無機質に広がっている。ちょっと前に話題だったエルフェニア襲撃事件と関係があるのかも知れない。確かクリムゾンテールの守護獣、古代獣(エンシェントビースト)がエルフェニアで猛威を振るい、白の騎士団の光弓のアイザック=ウォーカーが死んだと聞いていた。


「……なるほど。これほどの破壊であるなら、あの光弓が巻き込まれて亡くなられたのも頷けますね」


 ソフィーの言葉にミーシャは疑問符を送る。


「ん?エルフの被害者が居たのか?ラルフが全員移動したものだと思っていたが?……あ、ちょっとラルフ!」


 ミーシャは確認がてら次元を潜っているラルフに聞いた。


「光弓?あの人ならずっと前に死んでるぞ?これとはまた別件だな」


 ラルフは何でもないように答える。


「であるならここで何が起こって……いや、別にそれほど気になることではありませんね。今から追加で消し飛ぶのですから。ミーシャさん、あなたと共にねぇ……」


 ソフィーは手を広げ、魔力を貯め始めた。これから始まる戦いは、ここで起こったであろう破壊の焼き回し。この世から天樹が消失したように、今ある大地さえも無事では済まない。

 王冠を被ったようなシルエットに真っ赤に光る瞳は怪物の女王を連想させる。更に禍々しいオーラのような魔力を溢れさせている様子から、隠れ潜んでいた魔王といった印象だ。複数本生えた角という歪さも相まって魔族に見えてしまうのは仕方のないこと。


「面白い。吐いた唾は飲めないぞ?ソフィー=ウィルム」


 ミーシャはソフィーに対抗するようにフワリと浮き始めた。腕を組んだ不遜な態度で相手を値踏みしている。


「まずは小手調べ」


 ソフィーは両手に貯まった魔力を魔力砲としてミーシャに飛ばす。繊細な魔法と聖なる光を扱っていた過去の彼女とは一線を画す、荒々しくも正確で強力無比な魔力砲は何者をも消し飛ばすことだろう。


「ぬるいっ」


 ミーシャは飛んできた魔力砲を眼前に魔障壁を張ることで防ぐ。本来突破不可能の魔障壁。イミーナの特殊な魔法でない限りは全て弾かれてしまう。……はずだった。


 ──ビキィッ


 魔障壁にヒビが入る。あまりの威力に魔障壁が悲鳴を上げた。


「ほう?これにヒビを……なるほど。言うだけのことはある」


 ミーシャは組んだ腕を解き、両手をかざす。魔障壁のヒビを魔力を追加することで直し、そのまま体当たりを仕掛ける。

 ソフィーが滝のように魔力砲を撃ち続けているにも関わらず、ミーシャは前方から襲い来る魔力砲を真っ向から押し退ける勢いで突進する。


「ごり押しですか。では……っ!」


 ソフィーは魔力砲を止めて拳に魔力を貯める。魔障壁を盾に突っ込んでくるミーシャ。タイミングを合わせて振り上げた拳は強化された魔障壁に叩き込まれる。


 ズンッ


 入った。強化されたはずの魔障壁の中に難なく侵入するソフィーの拳。魔力一点集中の攻撃はその威力が異常すぎて矛盾なく拳が勝った。

 それを呆けたように見たミーシャは、ハッと意識を取り戻したかと思うとニヤリと口角を上げた。


「まさか一撃で私の魔障壁を破るなんて……期待させるじゃないか!」


 魔障壁を解除してミーシャは殴りかかった。しかし接近戦も履修済みであるソフィーにはきかない。当たったら即死級の暴力は左手で完璧に受け流され、すかさず反撃に出た。


 ──ブォンッ


 これで決めると振り抜いた拳だったが、ミーシャはソフィーの攻撃を避け、後ろに下がって間合いを開けた。反撃の反撃が来るものだと予想して構えていたソフィーは肩透かしを食らったように不思議そうにミーシャを見ている。


「おや?最強とはこんなものですか。ふふっ……いくらあなたとて、同じ舞台に立たれたなら意識せざるを得ないでしょう。死という終わりをね」


 くつくつと笑って挑発してみる。しかしミーシャは意に介することはない。体をプラプラと揺らして関節をほぐし始めた。


「うん、いいね。本気の戦い。手加減なんて要らないもん」


「……何?」


 少しは焦っているものだと思っていたが、全くの逆。楽しんでいる。

 それを端から見ていたラルフは二回ほど頷いた。


「ふむ……まずは第一関門突破ってところか?」


「……は?何を言っているの?」


 割と近くで観戦していたイザベルがラルフの言葉に噛み付いた。ラルフは涼しげに答える。


「そのままの意味だよ。ミーシャは彼女を試していたようだぜ?あんたのソフィーがちゃんとついてこられるのかどうかってな。結果は合格ってところか。……おっと勘違いすんなよ?これはミーシャと戦う全員が通る道なんだからな。つまりこの場合はミーシャと本気で戦える切符が手に入ったってこと……おめでとう。彼女は認められた。……なんつって!」


 ラルフの返答に一気に不安になり、顔を青くするイザベル。一方的に押しているかのように見えたソフィーの余裕はミーシャの手加減の上にあったのではないかという懸念が脳裏を掠めた。

 ソフィーとミーシャ。睨み合う両者は互いを確かめ合うかのように笑い合い、瞬き一つの間に間合いを詰めて接近戦での攻防が始まった。

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