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第二十話 義理人情

 ──ゴバァッ


 凄まじい衝撃波が辺り一面に吹き荒れる。


「なんて奴だ……!!」


 ソフィーとブレイドの戦いは熾烈を極めた。魔族の力を全力で引き出しているブレイドと同じかそれ以上の力。背後に居る煌杖イザベル=クーンが強化魔法を掛けているのだろう。

 神の力と白の騎士団が誇る魔法使いの強化。ソフィーの華奢な見た目からは信じられないほどのパワーにブレイドも圧倒される。

 しかし最も驚いたのはその容赦の無さだ。共同墓地の墓石を吹き飛ばすだけならまだしも、少し先にある建物にも被害が及んでいる。何が起こっているのか恐る恐る出て来た街の人たちが騒ぎ始めた。


「待て!無関係の人まで巻き込んでるぞ!!俺は逃げも隠れもしない!!やるなら街の外でやろう!!」


「何を焦ることがあります?あなたの国でもあるまいに……」


 ソフィーはクルクルと槍を振り回してブレイドを挑発する。血管が浮き出るほどの苛立ちを感じたブレイドは光の速さで一息にソフィーとの間合いを詰める。


 ガキンッギンッギギギギギギィンッ


 何が起こっているのかも分からないほどの剣戟。ブレイドの猛攻を完璧に受け切ったソフィーの顔に笑みが浮かぶ。ブレイドはソフィーと睨み合いながら先の質問に返答する。


「俺の国かどうかは関係ないだろ!!平和に暮らしている人たちを脅かす必要がどこにある!!」


「あなたは……難儀な性格をしていますねぇ。英雄にでもなったつもりでしょうか?」


「違うっ!!」


 ギィンッ


 力一杯剣を振り払う。ソフィーも負けず劣らず槍で弾き、二人は互いに離れた。


「英雄は……っ!!この国を救った俺の親父だ。だから俺の国じゃないが、守る義理はある」


 ブレイドのその言葉にブレイブが被る。へらへらしていたソフィーの表情は急に引き締まった。


「英雄?あの男が?ただの嘘つきの薄情者ですよ。もう……何度言わせるつもりですか?私にも我慢の限界というものがありますよ?」


「我慢だと?そいつはお前だけのものじゃない。……もう一度言うが、外でやろう。俺は逃げも隠れもしない」


「ふふふっ……では全力でお断りします。父親の遺産。私から守ってみてはいかがです?」


 それを聞いたブレイドはゆっくりと首を振った。こいつには何を言っても無駄だと感じたのだ。


「バクスさん!!」


 急に呼ばれたバクスはビクッと体を跳ねさせた。人智を超えた戦いに見惚れていたせいだ。


「ど、どうした!?」


「どうしたじゃありませんよ!ここは俺が食い止めます!国民の避難に行ってください!!」


「い、いや、しかし……!」


「……黒曜騎士団!!」


 バクスの煮え切らない様子にブレイドが叫んだ。


「全員この場を放棄しろ!!国民を守れ!!それがお前らの義務だ!!」


 隠れていた一角人(ホーン)の特殊部隊に剣を突き付けていたバクスの部下たちはすぐさま剣をしまい、バクスの指示を待たずに走り出した。まるでブレイドが団長のように。


「聖なる剣銃のみなさん」


 それに対抗するようにソフィーが部下に声を届ける。魔法による拡声は共同墓地を囲んでいた部下全員に届く。


「背中を見せた黒曜騎士団の方々をその自慢のガンブレイドで撃ってください。誰一人逃してはなりません」


 ホーンの特殊部隊は逡巡しながら切っ先を走り去る騎士の背中に構えた。


「やめろ!!人の心があるなら邪魔をするな!!」


「ブレイド、人の仕事の邪魔をしないでください。あなたの部下ではありませんよ?さぁ早く撃ちなさい」


 ブレイドとソフィーの言葉から数秒、沈黙が流れる。聖なる剣銃の隊員は撃たないことを選択した。


「……最近は信頼出来る人が減って困りますね。イザベル」


「はっ」


 裏方に徹していたイザベルはサッと前に出た。


「強化魔法はもう良いです。これからあと一刻は効力が持つでしょうから、あなたにはここを離れてもらいます。イルレアンを破壊しなさい」


「一つだけよろしいでしょうか?ここで私が手を出せば、ホーンとヒューマンの戦争は避けられません」


「だから?」


「……はっ。すぐに」


 イザベルは無機質に返答した。ブレイドは構えた剣を銃形態に変え、即座にイザベルに向ける。


「おや?イザベルを撃つ気ですか?あなたは先ほど背中を撃たないように説得していたはずですが……言ってることが矛盾していませんか?」


「していないさ。言ったはずだぞ?俺にはこの国を守る義理があるってな」


 ──ボッ


 空気を切り裂いて槍の切っ先がブレイドの頬を掠める。血を一筋流しながら槍を弾いた。


「チィッ!!」


 間合いを開けつつ銃を構えるが、ソフィーはすぐに追いついて邪魔をする。強すぎる。そんじょそこらの魔王よりも戦闘能力が高い。

 このままではイザベルはソフィーの命令を遂行する。


「大丈夫だよブレイド。私がいるもん」


 アルルはイザベルの前に立つ。超常的な戦いでは役に立てないと確信したアルルは回り込んでイザベルの邪魔に入った。


「はぁ……そこを退きなさい。怪我では済まないわよ?」


「嫌だ!」


 両者杖を構える。

 魔法使い同士の戦いが始まろうとしていたその時──。


 ギュバァッ


 空間に穴が開いた。この場の全員がこの事象を知っている。そこから顔を出すであろう男の存在も。


「へへっどうだ?間に合ったか?」


 穴を跨いできたラルフは草臥れたハットを撫でながら辺りを見渡した。アルルとイザベルの丁度真ん中に出てきたラルフは杖を構える二人の間に挟まれたことを知って両手を挙げた。


「ちょっ……おいおい、取り込み中だったか?頼むから攻撃はしないでくれよ?」


 ラルフの軽口がソフィーの耳まで届く。美しい顔に似合わない歪な血管が彼女の心情を表していた。

 その感情を敢えて言葉にするなら「形容し難い怒り」である。

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