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第十六話 訪れた機会(チャンス)

「……んー……おかしいな」


 ラルフは草臥れたハットを飛ばさないよう手で押さえながらアトムの動向を観察する。一緒に地面に向けてゆっくり下降するミーシャはラルフの呟きに首を傾げる。


「何が?」


「アンデッドを操ったり巨大化させてみたりは奴の専売特許だけど、あまりに短絡過ぎやしないかってこと。なんつーかこう……何も考えてないだろアレ」


 ミーシャも喉を鳴らして唸るが、すぐに結論を出す。


「何も考えていないのは最初からでしょ?」


 安心と信頼のノリと勢い。アトムは感情的過ぎて行き当たりばったりで攻撃を仕掛けている。初めてあった時から今に至るまで、そうとしか思えないほど短絡的な言動が目立つ。


「それはそうなんだけどな?なーんか引っかかるんだよなぁ……」


『ふんっ……ただの人間が神の深層心理に触れることなど出来はしない』


 アトムは翼を羽ばたかせながら同じ速度で一緒に下降していた。


「……あのさ、聞きたいんだけど。普段の声は男っぽいのにお前はなんで女にばかり取り憑くんだ?趣味か?」


『まさか。居心地だ。それにこの体は私が直々に生成したものであって取り憑いたものではない』


「おいおい、聞いたか?居心地だとよ。案外素直に答えるじゃんか。まさかお前とちゃんと会話が出来るとは思わなかったぜアトム。いつもなら俺が口を開く度に『黙れ!黙れ!』って即発狂してるってのに……」


『誤解を解こうとしたまでだ。それ以上でもそれ以下でもない』


 先程まで大声を張り上げていたというのに、今は素直に冷静に返事してくる。ラルフは喉の奥に小骨が引っかかったような気になりながらもレギオンを見た。巨大で黒っぽい禍々しいオーラをあたり一面に撒き散らし、今か今かと殺し合いの時を待っている。


「あ〜、違和感の正体が分かったぞ。お前に足りないのは俺を殺そうとする情熱だ。いつ如何なる時も狙ってきたあの情熱が全く感じられない。アンデッド?集合させて巨大化したところで一体しかいないんだけど?あんなものミーシャに瞬殺されて終わりだぜ。お前の要因でエルフェニアを消滅させたように、イルレアンの人間を操りゃ良かったはずだ。でもやらないことを選択した。それは何故だ?」


「え?でもカサブリアの時はアンデッドだけだったよ?今回も操りやすい死体を採用したってことは?」


「いや、あの時はここまでの力を出せなかった時期だぜ?制御されてたから仕方なく死体を操ったって考えられるだろ?でも今回のはあえて(・・・)だ」


『……何が言いたい?』


「出来るのにやらねぇってのは何かを企んでる時の行動なんだよ。もし時間稼ぎしたいなら、本気で違和感なく騙す必要がある。分かるか?手抜きはダメだぜアトム」



 取り囲まれたブレイドとアルルはいかにこの状況を潜り抜けるかを考えていた。

 多勢に無勢。特にソフィーは個人的恨みが強く、簡単には逃がしてくれないだろう。かといって全力で抵抗すればアルルが危険だ。戦いにばかり性を出せば、手薄になったアルルを狙いかねない。魔障壁を発動させるだろうが、ガンブレイド部隊の攻撃力はさっき見たとおりだ。


(こうなったら全力でアルルを抱えて撤退すれば……)


 ブレイドがギュっと手を握ると、皮膚が浅黒く変色していく。


「厶?!魔族ダト?ヨクモココマデ人間ヲ演ジラレタモノダナ」


 グランツもブレイドの変化に合わせて構えた。


「当然です。それは忌むべき存在、半人半魔(ハーフ)です。神の意向に反した獣。間引きに失敗した個体です」


「ハーフ?」


 グランツは目をパチクリさせてブレイドを観察する。人間から魔族へ、魔族から人間へ。切り替えることでどちらにも潜入可能。

 自分が出会う初めての人種に対し色々考えさせられ、困惑を隠しきれない。


「……イヤ、何ヲ考エル必要ガアル?反乱分子ハ潰ス。ソレダケダ」


 単純こそグランツの唯一の武器。「敵は殺す」のみ。


「待て待てーい!!」


 その時、ブレイドとアルルを包囲している陣形の外から声が聞こえた。今のこの戦いを止めようとしている。

 黒曜騎士団新団長バクスが声を投げ掛けたのだ。


「ここでの戦闘はイルレアンを害する!即刻やめろ!喧嘩なら余所でやれ!!」


 団長にふさわしい堂々とした表情。背負う覚悟は出来ているようだ。


「白の騎士団である我々に楯突こうとは良い度胸ですね。今ならまだ間に合います。そこでただ見ていることを選択してください。でなければ死ぬことになりましょう」


 ズラッと揃った黒曜騎士団にニコニコと微笑みながらソフィーは言い放つ。煌杖イザベル=クーンはその言葉に呼応してソフィーの一歩前に出た。杖をかざしていつでも交戦する構えだ。


(しめた!あれを利用しよう!)


 ブレイドはアルルを庇いつつ黒曜騎士団の下へとジリジリ動き始める。バクスたちを盾に逃げるつもりだ。不利な状況に見えた光明。仕切り直すためにも使わない手はない。

 そして、その考えは実のところバクスにとって願ったり叶ったりだった。


「……やっと俺に機会が回って来たってことだな。あの時果たせなかった約束をここで……」

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