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エピローグ

「何とも不思議な感覚じゃノぅ。戦おうと構えとっタノにいつノ間にか終ワっとルというノは……」


 ベルフィアは驚きを隠せない。戦闘狂の自分が戦線に立つことも出来ないなんて考えもしない。それというのもアルテミスの能力の範囲が広過ぎて、いつ自分が感情を押し殺されたのか理解出来なかったのが大きい。

 それはエレノアやイミーナも同じで、戦いに参加せずとも戦況を見守り、思考することくらいはしていた。ただボケーっと何もしないというのは初めての出来事だった。


「でもさぁ、やれば出来るもんだよねぇ。ラルフがこんなにも活躍するだなんてぇ思いも寄らなかったよ」


 エレノアの言葉にみんな頷く。特に気にも留められていなかった男が最強の魔王ミーシャに出会い、何やかやあって誰もが無視できないレベルにまで到達する。単なる人間風情がいつの間にか有名になり、神に愛されるまでになっていた。強くしてもらい、特異能力に恵まれたお陰でここまで生きてこられた悪運だけの男。


「まるで夢でも見ているかのような感じです。俺たちはアスロンさんが用意してくれた小屋で人生を終えるものだと思っていましたから」


「それは妾とて同じこと。ミーシャ様が起こして下さらねば……いや、こうして旅ノ同行を許して下さらねばどうなってタか検討も付かん。ブレイドノ言う通り、夢でも見ていルヨうじゃ」


 ここにいる者たちにはとって誰もが当てはまることだった。特にエレノアに関しては息子との再会を果たしている。魔族ではないブレイドを匿い続けることが出来なかったために夫に託すも、生活のためどうにかしようとした矢先に処刑されてしまった。息子も一緒に死んだものと思っていただけに嬉しいサプライズだった。

 ここには居ないがウィーだってゴブリンの里から連れ出していなければ、ゴブリンに単なる武器製造機として扱われていたことは想像に難くない。

 もちろん嬉しいことばかりではない。ジュリアはミーシャが死んでいれば兄も”牙狼”も失うことはなかったし、魔獣人もしっかり生き残って繁栄していたかもしれない。デュラハン姉妹も一人も欠ける事なく生き残り、死を振りまいていたかもしれない。イミーナもミーシャを殺した功績で魔王となって黒の円卓を牛耳るまでになっていたかもしれない。

 たくさんのもしもがある中にあって、成ってしまったことを今更無しには出来ないが、これで良かったのだと思える時が一瞬でもあるのなら、それこそが正解の道なのだと諦めもつく。それが今なのなら尚更文句はない。


「おいおい、何を総括してんだよ。まだ俺は死んでねーぞ?」


 ゼアルたちをおちょくって帰ってきたミーシャとラルフ。ブレイドたちの話に呆れつつ、ハットを被り直しながら肩を竦めた。


「そうよね。これからもっと良いことがありそうな感じなのに、ここで終わるのは勿体無いもん」


「はっ!そノ通りでございます。ミーシャ様」


 ベルフィアと黒影がススっとミーシャの脇に侍り、頭を下げている。


「ぬ?おどれはエレノアノ家臣じゃろがい。何をしゃしゃり出ておルか」


「そのようなことはございませんともベルフィア様。私は魔王様の部下、皆様方のために身を粉にする所存」


「そうか、立派な心掛けじゃ」


「恐れ入ります」


 敬愛する魔王に対する気持ちは同じもの。ならば排除することはない。共に手を携えるのが良いとベルフィアは考え、ご満悦といった表情を見せた。


「気持ちの悪い話だな」


 そんな雰囲気をぶち壊すのは八大地獄のロングマン。藤堂を含めて全員戻ってきた。


「あら?逃げるかと思っていましたが、戻ってきたのですか?」


 イミーナは意外そうな顔でロングマンに目をやる。


「利害の一致という奴だ。もう少しだけここに居ようと思ってな……」


「そなタノ様な人間に居てもらっても邪魔なだけじゃが、それにしても気持ち悪いとはどういうことじゃ?妾に対し、説明ノ必要があルと思うノだが……」


 バチバチと睨み合う二人。両者一方も譲らない雰囲気にやれやれといった感じでブレイドがラルフを見た。


「ラルフさ……?!アルル!!」


 そこにはうつ伏せに倒れたラルフの姿があった。何が起こったのか分からなかったが、すぐに治療が必要だと感じてアルルを呼ぶ。ラルフを仰向けにすると口から血を流し、昏倒しているのが分かった。

 マクマインとの戦いは熾烈を極めた。何とかして勝つためには痛みを我慢して戦うしか方法が無かった。偽るつもりなどハナっからない。あれがラルフの戦い方であり、勝ち方なのだ。つい今し方痛みを忘れて動けたのは我慢の限界を超え、頭がハイになっていたからだと思われる。ラルフの意識外では体の限界を迎えていたのだった。


「ラルフ!!」


 ミーシャは分からなかった。普通に話すラルフに違和感を感じられなかった。意識のないラルフをただ見ていることしか出来ない。

 アルテミスとの戦いは終わった。マクマインとの戦いも終わった。しかしその代償は……。



『あり得んにゃ!!!』


 アルテミスは憤慨していた。自滅により神のリスポーン地点に戻されたアルテミスは、その聖域に閉じ込められることになった。サトリが神の再びの地上訪問を、自らも聖域に封印する形で阻害していたのだ。道理でユピテルやアトムがあっさり諦めたわけだと理解した。


『もうあの子たちのことは忘れてしまってください。魔族が侵攻してきた時もこうして放っておいたではありませんか』


『あの時とは違うにゃ!次元渡りは始末しておかなければダメにゃ!』


『ラルフは大丈夫です』


『にゃんの根拠があるんにゃ!!?』


 押し問答は続いている。サトリは一方的に諦めろと言い、アルテミスは次元渡りの危険を説く。これでは埒が明かないし、何よりうるさい。


『もう辞めい。サトリが本気になった今、どうすることも出来ん。我々を出さんがためにここまで用意周到に準備されたのでは出ることは叶わんからな……』


『お前はいっつもそうにゃ!諦めグセは一生治らんにゃ!!』


 ヘイトがアトムに変わったことでちょっと余裕が出たサトリはニコニコと笑う。順調に神を下し、自分たちの思うがままに生きる娘たちを誇りに思ってしまう。いけないことだと分かっているからこそ余計にそう感じる。

 ほくほくとした気持ちが表情に表れている中、急にサトリの顔が驚きに変わる。その変化を見逃さなかったユピテルとイリヤが訝しげに聞いた。


『何だ?』『どうかしましたか?』


 聞いた直後、ユピテルとイリヤも気付く。この聖域にいてはいけない異物の存在に。


「おいおい、何だここ?参ったなぁ……今度は真っ白な空間に出ちまったぞ?」


 草臥れたハットの男。そのシルエットは神の目に焼き付いた。


『え……ラ、ラルフ?』


「あ、サトリ。こんなとこに居たのか?」


 ラルフはどういうわけか聖域に足を踏み入れた。

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