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第五十四話 最後の手段

 アルテミスの胸に刺さったダガーナイフは心臓付近に刺さっていた。ラルフが確実に殺しに来たのは間違いがない。


『ふ……ふふ……』


 死を間近に悟ったのか、彼女は小さく微笑む。その様子を目の当たりにしたラルフは、ゾッとするほど冷たい息で心胆を冷やされるような感覚に陥った。それでも怒りを奮い立たせてダガーナイフを握る手に力を込める。


「……終わりだな、アルテミス」


 ミギギ……と胸骨に擦れる音が感触として伝わってくる。本当なら血が吹き出してもおかしくない傷だが神の作ったアバターには血が通ってないらしい。それでも痛覚はあるのか苦しそうな顔をしている。


『うぅ……流石のタイミングにゃ。思い切りも良い……これは素直に褒めてやるにゃ。でもにゃ?息の根を止めたいならこんなところでなく、頭を狙うべきだったにゃ……』


「何っ?」


 直後、アルテミスはラルフの右腕を鷲掴みするとスゥッと大きく息を吸った。「あっ」と気付いた時にはもう遅い。ダガーナイフを抜くことも出来ずに頭が真っ白になりかける。このままではアルテミスの感情操作がまたしても発動してしまう。腕を掴んだところから分かる通り、彼女は自分ごとラルフを殺させようとしている。

 捨て身の攻撃。何度でも生き返れる連中には自滅など惜しくはない。アバターを使用している神という存在などもっと気楽だ。また作れば良いのだから。


(捨て身?……そうかっ!)


 ラルフはワープホールから飛び出し、持たれた右腕に全体重を掛けた。アルテミスはラルフの腕を抜かせないように引っ張っているだけなので、刺し降ろされたナイフに対応することが出来ない。胸から下腹部に掛けて切り裂かれた体からは粒子のような光の粒が散見された。


『かっ……はぁっ……っ!?』


 ──キィンッ


 ラルフの渾身の攻撃はアルテミスの能力を半分くらい阻害することが出来た。この大陸全域に放たれるはずだった感情操作。だが途中で邪魔されたためにこの一区画のみに制限され、魔族たちは先ほど同様に怒りに我を忘れ、八大地獄の面々も魔族と同じように感情操作に支配された。

 今ここにいる全ての生き物はラルフとアルテミスに身を焼くほどの怒りを向ける。背中に背負った藤堂も普段の余裕の顔とは打って変わって憤怒の形相を作った。

 生き物としては既に致命傷だろうにアルテミスはラルフの腕を掴んで離さない。ラルフは左手でアルテミスの指を外そうとするが、万力のような力で締め上げられて振りほどくことが出来ない。


「痛てててっ!!おいおいっ!俺はお前と心中するつもりはないぜっ!!」


『いいやっ!絶対に付き合ってもらうにゃっ!!』


 殺したいアルテミスと死にたくないラルフ。どっちも必死だ。

 ラルフは焦りから咄嗟にワープホールを開いた。行き先はミーシャたちの場所。戦場から離れたところにあるために、感情操作は効いていない絶対安全の場所。

 ラルフは愕然とする。ミーシャたちは無感情でそこに佇んでいたのだ。アルテミスが先ほど必死こいて能力を拡散させ、大陸中を巻き込んだ精神攻撃はミーシャにも効いていた。


(そんな馬鹿なっ!サトリの加護はどうしたってんだっ!!)


 アトムの精神支配を跳ね除けたミーシャがアルテミスには為す術もない。急いでワープホールを閉じて辺りを見渡す。戦場は全てが怒りで満ち溢れている。魔族たちはラルフたち目掛けて飛び上がり、ロングマンたちは魔族など御構い無しに飛ぶ斬撃等の遠距離攻撃を仕掛ける。統率の取れていない攻撃。


「わっ!ちょっ……!!タンマタンマ!!」


 体を掠める一撃必殺の攻撃たち。当たれば即死の攻撃をアルテミスに持たれた右手を軸に体を逸らし続ける。怒りに任せた正確性のない攻撃がラルフの命を繋いでいた。しかしこの回避方法では命に届くのも時間の問題。


「チッ……仕方ねぇ……最後の手段だっ!!」


 そういうとラルフはワープホールを開けた。行き先は都市部。石造りの建物が立ち並び、奥には城が見える。


(違う!もっと奥だ!)


 出る場所が違ったのか、出口を入れ替える。城に近くなったことがアルテミスからも見て取れた。


『にゃははっ!どこに逃げるつもりにゃ?お前はどこにも逃げられにゃいにゃっ!!』


 アルテミスは自身も魔族の攻撃を受けながらラルフを殺させようと手を離さない。腕をへし折る勢いで握る手にさらに力を込めた。


「その通りだっ!俺は逃げられねぇっ!なら呼び寄せるまでだっ!」


 ラルフはスゥッと大きく息を吸った。


「マクマイィンっ!!!俺と勝負しろぉぉぉっ!!!」


 ラルフは叫ぶ。腹から全ての空気を吐き出すかの如く。ワープホールを繋いだ先、イルレアン国。その国全土に響き渡りそうなほどの絶叫。アルテミスは耳を塞ぎたくなる気持ちを抑えながらラルフの言葉に首を傾げる。


『……え?マクマイン?』


 イルレアンが誇る英雄ジラル=ヘンリー=マクマイン。ラルフの奇行とも呼べるこの行動には流石のアルテミスも驚愕の一言。

 しかしこれこそがラルフの中で生き残りを賭けた最後の手段となっていた。その思考、即ち”一撃では死なない方に飛び込んで重傷を負うことこそが最善の逃げ道”。


 ──ゾンッ


 アルテミスの腕は斬られた。一瞬自由になったラルフだったが、次の攻撃で彼方へと吹き飛ばされる。禍々しい鎧を着込んだマクマインの前蹴り。一瞬の内に行われた一連の行動は全てが同時に行われたような錯覚を覚える。


「ふはははっ!!待ちわびたぞラルフっ!!」


 ドオォンッ


 ワープホールを抜け出したマクマインは吹き飛んだラルフを追って自らも飛行する。その速度は戦闘機の最高速度と同一のものでソニックブームを起こしていた。


『馬鹿にゃっ!!あ、あり得な……っ!何故こんにゃことがっ!!』


 ラルフとマクマインの話し合いで交わされた決闘の約束。アルテミスが知る由もない男の契り。


『い、一体……どういうことにゃラルフ?!説明しろっ!ラァルフゥゥゥッ!!』


 アルテミスは一人残された。ラルフと共に心中する思いでけしかけた魔族たちと八大地獄の攻撃。さらに藤堂の捕縛で動けない身体。必殺の攻撃がアルテミスに曝され、完膚無きまでに叩き潰されてアバター消滅。能力の効力も切れることとなる。

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