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第二十七話 神託

 暗闇が支配する夜の刻。皆が寝静まった静かな時間に、慌ただしい音が鳴り響く。固い床を固い靴で、小走りに駆ける軽快な音。静かすぎる空間に目立ちすぎる音だ。急いでいる事が容易に分かるその音は、目的地を目指し、寄り道もせず真っ直ぐに進んでいる。

 その音に気付いた偉丈夫は、寝具から身を起こし、その到着を待つ。入り口前に着くと、息を整え、跪く絹連れの音が聞こえてきた。


「失礼いたします。火急の知らせがあり、参上しました。部屋への出入りをお許し下さい」


 家臣が忠誠の義を示す。王はそれに対し快諾する。


「許す。何があった」


 すぐに王の寝室に入り、頭を垂れその場に跪くとすぐさま報告を始めた。


「”天樹の巫女”がまたも波長を観測しました。出来ますれば、王に一目、確認していただきたく」


 まただ。この所、彼の地は異常だらけだ。つい先日調査団を向かわせたばかりだというのに到着もしない内から事が起きる。緊急で行った会議が一昨日という事もあり、森王はどうすれば良いかと思案する。とにかく今起きている状況を探る為、寝具から抜け出て、上着を羽織ると天樹の巫女の元に早足で向かう。

 そこはかなり大きな天樹の穴があり、そこに祭壇を作って巫女を中心に神聖な雰囲気を称えた神殿があった。通常の木のように鳥が巣穴として使用する(うろ)と呼ばれるものが天樹にもあり、その部分を活用し、神殿として利用していた。

 (うろ)には天樹によりろ過された水が溜まり、不純物の混じらない綺麗な水が排出されるので清めの水として様々な儀式で使用される。湖のように広い水溜まりの中心に島のように水面から顔を出した樹の一部があり、そこに渡れるよう橋を架けた後、祭壇を建設した。綺麗に切り出された大理石を段々に積み重ね、最上段にご神体なるエメラルドの結晶を祀り、その結晶を意味深に囲う水晶の柵が美しさを醸し出す。この場所は絶えずうっすらとした灯りを点け、観賞用としても照らし、より一層の神秘さを顕している。光は魔術を利用して灯され、樹木である事を考慮して火気厳禁となっている。


 祭壇の最下段に巫女の侍女たちが十人と、二段目に巫女の代わりを担える才女が二人。一段飛ばして最上段に巫女が一人、ご神体に祈りを捧げていた。祭壇には決して近づかないが、湖の周りに鎧を着こんだ騎士達が等間隔に囲んでいる。騎士たちは交代制で常に祭壇に人がいるよう心掛けて配備され、配備される騎士も殉教者が選出され、この祭壇を神のように崇め奉り、守護していた。

 森王の到着を確認すると、ここを指揮している元巫女で、現在、力は失ったものの、威厳を保ち続けている女性が目の前まで近寄り、跪いて頭を垂れる。


「夜分遅くに申し訳ございません。森王様にはご迷惑をお掛け致します」


「良い。緊急事態だ。早速、聴かせてくれ」


 元巫女は「こちらに……」というと、祭壇に向かって歩き出す。逆らう事なく後について行き橋を渡る。


「……急に来たのか?」


「そのようです。巫女が自室にて就寝中に突如”天樹”から神託があったようでして……確認の為、急遽、儀式を執り行いました」


 巫女に仕える侍女たちは王の進路を作り、才女たちもまた、頭を垂れて道を開ける。巫女のすぐ後ろまで着くと、後ろも見ずに来た事を察知したのか、巫女は図ったように言葉を紡いだ。


「森王様、一大事にございます。彼の魔王が東で猛威を振るっております」


 その発言には流石の森王も驚いた。


「なっ!そなたは……千里眼の類いは一切使えぬはずでは……!?」


 「彼の魔王」というのも気になるが、それより、先代を除く歴代の巫女たち同様波長のみを観測してきた現巫女が、波長以外の事を口に出すのは初めてだった。


夢現(ゆめうつつ)の中で、天樹により引き出されました。現在は変わらず波長を……波長のみを観測しております」


「……なるほど……それほどまでに今回の天啓は強烈だったという事か……うむ、理解した。遅滞させてすまない、続きを頼む」


 森王は無理にでも自身を納得させ、本題に移る。巫女は祈りをやめて向き直る。


「ハッキリ申し上げて、世界の危機でございます。わたくしの観た事が事実なら、早急に対応すべき案件と進言いたします」


「ふむ、その根拠は”彼の魔王”という存在か?」


「はい。その通りでございます。厳密には現在、人類が最も恐れる魔王”(みなごろし)”が関係しております」


「彼の魔王」というものを聞いた時から、そんな気はしていたが、正直、その二つ名は口に出す事すら阻まれる最悪の名だった。


「……”(みなごろし)”に関しては何度も戦地に出てきている。今更、何だというのだ?奴が東の地で暴れた所で、特段、何か変わると言う事でもあるまい」


 最強にして残虐非道の魔王。森王の言う通り戦地には何度も顔を出し、その都度虐殺の限りを尽くしている。挟み撃ちにされるという事でもなしに、世界の危機を上げる程、不味い風には感じない。


「そう、確かに、今まで通りなら構える事もないでしょう。我々は常に備えるだけです。しかし、今回は違います」


 一拍置いて巫女はご神体に振り向く。森王もそれを眺めると一瞬光った気がした。それを合図に森王に向き直る。


「魔族が”(みなごろし)”に対し、攻撃を仕掛けておりました。魔族間で凄まじい争いとなって東の国を脅威に晒しております」


「ん?魔族間で勝手に争っていると?それが何故、脅威となる?自分たちで数を減らしているのであれば、こちらは手を出さない。今まで通り粛々と人類の為に戦うだけだ。巫女よ。理由はなんだ?」


 巫女は森王の当然の反応に微笑で答える。


「神託が正しければ、”(みなごろし)”は独立を果たしました。彼の者は世界を相手取り、互角に渡り合える力を有しています。そして、彼の者は、立場という力に縛られ、常日頃、手加減を強いられてきました。魔族は地位と名誉の為、彼の者を裏切り、全力を出せるきっかけを作りました。異次元の力は猛威を振るい、我々に抗えない脅威は近い内、我々の知る世界を滅ぼします」


 その言葉はスラスラとそれこそ当然のように巫女の口から可愛げの残る声で綴られる。


「彼の者を放っておく事は、推奨いたしません。あくまでも、わたくしの感性と主観込みの話ですが、今の世界を守る為、ご決断をお願いいたします」


 深々と頭を下げる巫女。しかし、ハッキリ言って荒唐無稽な話だ。現役時代、千里眼を自由に使えた元巫女なら、考慮に値する話ではあるが、唐突に天啓があったと答える巫女に信ぴょう性は皆無だ。波長が強いと喚いてる方がまだ信ぴょう性がある。


「……ふむ。今回の件に関してはこちらで預かる。引き続き”天樹”の神託を伝え続けよ。ご苦労だった」


 その言葉を最後に踵を返して祭壇から出て行く。元巫女は現役の巫女を一瞥すると森王に追従する。森王は橋を渡り切り、一旦立ち止まると天樹を見上げる。その視線を見て元巫女は声をかける。


「それで……先程の件はどうなさるおつもりで?」


 森王は視線を外さず答える。


「まずは確認だ。この件……分からない事だらけだからな。今向かっている調査団の進行状況を確認し、早急に調査を開始させる。ハンターを向かわせたのは正解だったが、何人か生き残れない事を考慮する必要が出た。今すぐ通信の準備を急げ」


 元巫女を一瞥もせず移動を開始する。横にいた家臣に命令し、早足でその場を後にした。元巫女は王の背中に礼を送り、ぼそりと呟く。


「すべては神の御心のままに……正しい判断を期待いたします。森王(アルティネス)様……」

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