第五十三話 天敵
待ちわびた瞬間。
アルテミスは空で踏ん反り返り、ラルフは地面から見上げる。
神 対 人間。本来なら戦いにすらならないこのカードは、ラルフだからこそ成立する。死神サトリに力を授かったラルフはサトリの加護により、神の能力による精神攻撃を無効化することが可能。アルテミスの能力は感覚操作および感情操作。常人では為す術なく餌食になるところだが、ラルフには通用しない。
『にゃはははっ!大した奴にゃ。鏖も吸血鬼も半人半魔さえ連れてこないにゃんて……並みの神経をしてにゃいね。とんだイカレポンチにゃ』
「言い過ぎじゃね?……いや、でもその様子だと連れてきてほしそうな感じだな。もしかしてイミーナの言う通り、一緒にやってきた仲間をけしかけようとさせてたってことか?」
『にゃにゃっ!?そそ、そんなことは考えてないにゃっ!いい、言いがかりも大概にするにゃっ!!』
分かり易すぎるアルテミスの狼狽にラルフは肩を竦めた。
「ったく、悪趣味な奴だな。ま、おかげで命拾いさせてもらったぜ」
ラルフは腰に差したダガーナイフに手を掛ける。いつでも抜き払えるように軸足を前に出し、腰を屈めて臨戦態勢に入る。
──ゴォッ
その時、ラルフ目掛けて火を纏った斬撃が飛んできた。「おわっ!」と間抜けな声を出しながらさらに腰を屈めて斬撃を回避する。飛んできた方角に居たのはロングマン。刀を振り抜いた格好でラルフを見据えていた。
「チッ……避けたか」
「おい!何しやがる!?敵はアルテミスだろうが!!」
「違うな。我らの敵は我らを阻む者どもよ。当然お前もその一人」
「……うん!まぁその通りだけども!今じゃなくね?!」
「ああ、我もそう思うのだが……何分にも我慢が効かんでな」
「はぁっ?!んだよそれ!!」
オーバーに手を振って避難の姿勢を見せる。アルテミスだけでも手に余るというのにロングマンまで相手にしなければならないとなると途端に何も出来なくなる。
「今じゃなけりゃいつやりゃあ良いんだ?」
その言葉は真後ろで聞こえた。その瞬間にゾワッと鳥肌がたったラルフは前方に飛び、体を捻って後方を確認する。そこにはジニオンが自慢の斧を振り下ろしていた。何も考えずに振り返っていたら真っ二つにされていたかもしれない。
「ケーッ!避けやがったぜ!運のいい野郎だな!!」
身体能力が高く、魔族にも脅かされない二人がラルフを狙ってきた。本格的に不味い状況だ。もしここにアルテミスが加勢していたら、一撃では死なない方に飛び込んで重傷を負う以外に逃げ道がない。一対一だと思い込んで戦場に馳せ参じたというのに、八大地獄が翻って攻撃を仕掛けてきた。
「おまっ……寄ってたかって弱い者いじめかよ!!恥ずかしくねぇのか!!」
「うるせぇっ!獅子は生きるためなら全力でウサギを狩るんだよ!それが生存戦略ってもんだろうがぁ!!」
ジニオンは追撃したい気持ちを抑え、アルテミスに操られた迫り来る魔族を斬りふせる。
「せ、生存戦略……?なら魔族をやれよ!片手間に俺を殺そうとすんなよな!」
ラルフは抗議の姿勢をとり続ける。しかしその大声が狂った魔族たちを呼び込んでしまうとは、必死のラルフに気付けるはずもない。走り出した魔族の敵意に気付き、ラルフは急いで逃げ出す。唐突と言えるこのいざこざにアルテミスは首を傾げた。
『んー……?仲間割れかにゃ?』
「違うねぇ。この戦場に駆り出した張本人が出てきたから責めてんのよぉ。さっきの発言を聞いて分かるだろ?どれだけ恨みを買ってるかラルフさん理解出来てないってなぁ。あんたを含めてね」
単なる独り言に答えが返ってきた時、驚愕と羞恥が混ざった変な感覚に陥るが、アルテミスは違った。そんな感情に支配されているような暇がなかったから。
『お前が言うにゃ!!藤堂ぉ!!』
アルテミスは振り返りざまに手刀で攻撃を仕掛けた。藤堂はその攻撃を受け入れ、腹に手を差し入れられてもニヤケ面をやめようとしない。
ジャギィッ
金属同士が擦れあい、絡み合う音が鳴り響く。藤堂が鎖を用いてアルテミスを捕縛したのだ。
『にゃっ!?』
不死身の身であるからこそ出来る捨て身の捕縛。不死身であるからといって痛覚は存在する。腹を貫通すれば激痛が走るし、気絶は免れない。だが生まれながらに不死身だったり、千数百年とその身が不死身であることを叩き込まれれば痛みなど恐れない。何があっても死なないのなら痛がっていることなど無駄の極み。
「あんたらのせいだぜ?俺をこんなもんで縛った報いを受けてもらおうか」
藤堂の能力は気配を完全に消すことが出来る隠密能力にある。アルテミスが背後を取られた背景にあるのは、神ですら感知不可能な能力のせいだ。とはいえ、それ以外に攻撃手段のない藤堂では捕縛止まり。
しかしこの時、常にアルテミスから目を外さなかった存在が一人だけいる。それはパルス。自由自在に飛び回り、思うように動かせる大剣をアルテミスに向かわせる。アルテミスはこのままぶった斬られるしか道はない。
『……図に乗るにゃぁ!!』
──キィンッ
その時に起こった耳鳴りは戦場周辺……どころではなかった。西の大陸全域に及ぶほどの凄まじい咆哮は大陸中の者の感情を無へと変換させ、生存機能以外の行動の全てを停止させた。
ガラァンッ
アルテミスに向かっていた大剣もパルスという司令塔を見失い地面へと落下。狂った魔族たちは勢い余って無様に転ける。上手いこと背後を取った藤堂も焦点の合わない目で虚空を見つめている。
『はぁーっはぁーっ……神であるウチにこれほどまでに力を使わせるとはにゃぁ……。面倒にゃが、このまま一人ずつ息の根を止めていくにゃ。全く、風情もへったくれもないにゃ……』
感情操作による意識混濁。アトムとは違った意味での精神攻撃だが、アトム同様に神の力には抗えない。これが創造主とその世界に生きる者の差である。
──ドスッ
その時の感覚をアルテミスは永遠に忘れることはないだろう。全てが自分の掌の上に乗ったと感じた次の瞬間に起こった胸を刺すダガーナイフの感触を。
「風情だ?んなもん最初からなかっただろうが!」
この世界で唯一、神の力に抗える者が存在する。その名を──。
『ラ……ラルフ!?お、お前……!!』
この大陸全土の生き物が感情を失ったこの時、ワープホールから覗くラルフの顔は憤怒に彩られていた。
「もうお前にはこれ以上誰も殺させねぇ……俺がお前を倒して全部終わらせてやるよっ!」




