第五十二話 分析と想定、そして相対
「なーんか……凄いことになってんなぁ……」
ラルフは空にワープホールを開けて、モニター代わりに俯瞰から戦況を眺めていた。
ずっと見ていた感じではアルテミスが参戦したところから八大地獄の猛攻に陰りが見え始める。
ゼアルのところは相変わらずといった感じだ。中枢というより端っこで戦っているような、戦場に出ていながら肝心な部分には触れられていない蚊帳の外といった風。
(いや、違うな……相手を誘っているのか?相手の戦力を削って主格を誘き出す戦略か?)
戦場でひたすらに魔族を削れば、強さに惹かれて魔王クラスがこんにちわ。これはざらにある。
魔族の中で最も優れた魔族が座る最上位の椅子。強さだけがこの世の真理である魔族にとって、強い敵と戦い、これに勝利することは誉である。なので魔王と当たりたければ、数ヶ月〜数年監視し続けて魔王にこっそり奇襲を掛けるか、戦場で魔王軍の戦力をひたすら削るかのどちらかとなる。
稀に相手の何らかに見惚れ、戦わずして屈服する場合や、恐怖に慄いて敵に自ら跪く魔王もいたが、前記の通り稀も稀である。
本日この場が通常の戦争ならばゼアルの戦いで良い。イミーナならトンズラこいただろうが、他の魔王なら必ず顔を出す。
「まぁ、相手は神だけどな」
アルテミスがこの騒動の主格である以上、出てくるかどうかは賭けだ。だからと言ってゼアルの戦い方を否定はしない。誘い出すという一点においては考え方がラルフと符合する。
「ねぇラルフゥ……そろそろ良いでしょ?」
先程からうずうずしているミーシャは戦いたそうにこちらを見ている。ラルフは顎に手を置いて考え込む。
既にアルテミスが戦場に出てきているので決着は早そうだ。前回のアルテミスの力を考えてもラルフとミーシャ、ベルフィアにも効いていなかったように思う。
ただ前回と違うのは神全員がパワーアップしていることだ。ハンターとグレースの結婚式場にてベルフィアがアトムに操られたように、アルテミスの何らかの能力も向上しているのは確かだ。魔族が理性を失っているのもこれに起因すると考えられる。
それを差し引いてもミーシャには通用しない。何故ならパワーアップしたアトムに操られなかったから。他はともかくミーシャは参戦可能だ。
「今見ている限りでは特にロングマンたちに変わりはない。寧ろ戦いに苦戦して大変そうに思える。アルテミスの能力が操る能力であるなら、あの八大地獄相手に力を使わないのはおかしい。さっさと使用して戦力強化したいはず。俺ならそうする。けど盛大に転けた魔族をわざわざ起き上がらせてまで戦わせるのは、操ることが本質ではないからだと推測出来る……よな?」
ラルフは自分の見解を確かめるようにミーシャを経由してイミーナたちを見渡す。積極的に黒影が頷いているのを見て自信を持ったラルフはハットの鍔を指で撫でた。それを見たミーシャは戦えることを確信して嬉しそうに肩を上下させている。しかしここでイミーナが口を挟む。
「本当にそうでしょうか?」
今にも飛び出して行きそうなミーシャたちの心にブレーキを掛ける。悲しそうな、それでいて怒気を孕んだような目で睨まれながらも澄ました顔でイミーナは反論する。
「確かに八大地獄の連中は操られてはいませんが、あれらは小物。我々が出てくるのを待っているとは考えられませんか?」
これにはラルフも口を噤む。八大地獄を小物と断じる彼女の位階は魔王。第八魔王”群青”を仕留めた実力を思えばロングマンたちも大きな括りで魔王クラスだが、ノーンやトドットを見る限りでは個々人の実力に大きな差異が見える。イミーナの言う通り、この世界で自他共に認められた魔王が出てくるのを待っている可能性は否定出来ない。
「彼女の目的が一体何であるのかを考えるべきでは?ミーシャ様、並びにラルフ。あなた方が狙われているのは周知の事実。なのに八大地獄との戦いに興じている。これはアルテミスによる陽動作戦だと考えますね」
「そこまで頭良い奴か?」
「さぁ。しかし多角的観点から物事を見なければ足元を掬われますよ?」
多角的観点。これほど信用出来ない言葉もない。ラルフが相手に陥って欲しい答えから最も離れる考え方だから。
自分の気持ちだけを優先させるならイミーナの言ってることは全面却下で無謀な突撃を敢行する。でも理性はそうさせない。一度多角的観点の思考に陥ると思い切った行動には移れないのだ。
その上で、多角的観点を馬鹿に出来ない。よくよく考えれば何で命の危険を晒すような無謀な行為が出来ようか。生きるため、勝つために戦わなくてはいけないのに……。それに神を相手に慎重にならないのはおかしい。好き嫌いで考えを放棄するなど以ての外だ。
「目には目を、歯には歯を……」
昔読んだ本にあった文言。「被害者が傷付けられた箇所と同じ箇所を加害者に付けよ」という報復に関するものだったと記憶している。息子を落石事故で失った男性が、事故を起こしてしまった男の息子を殺してしまう陰気な復讐劇。
「陽動には陽動を……ってか?」
本の内容と違って復讐ではないが仕返しという点では同じことだ。
ラルフの腹は決まった。
「どうする気?」
「へっ、いつもの囮作戦だよ。俺が出て行く」
「ならば私も同行いたしましょう」
黒影がススッと前に出てくる。エレノアの忠誠心から自己犠牲を厭わない殊勝な行動。感心こそするがラルフは首を振った。
「アルテミスが相手の正気を奪う能力なら、黒影が正気を失った時が俺の最期だ。遠慮させてもらうよ」
「……それはあなたも同様では?」
「ん?ああ、俺には効かないんだよ。神の能力には耐性がついてっからな。サトリのお陰さ。精神攻撃限定でだけど……それより良いか?俺がヤバイって思ったらワープホールを繋ぐから、その時はよろしく頼むぜ。それまでは待機しといてくれよ?」
ラルフはアルテミスの元へと向かった。
ワープホールを跨いで戦場に降り立つラルフ。アルテミスは待ってましたと喜んだが、ラルフが護衛の一人もつけていないことが不思議で不満だった。もし護衛が居たらラルフを護衛に殺させていたというのに残念なことだ。
「来てやったぞアルテミス!」
それでもラルフの発言はアルテミスに高揚感を与えた。
「良いにゃ良いにゃ!ちょっと好きになってきたにゃよラルフ!」




