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第四十九話 戦闘開始─序─

 魔族の軍勢は先程までの隊列を完全に崩し、散り散りになって方々に走り出した。その動きは完全に理性を失い、本能のままに動く獣となんら変わらない。

 ナタリアに緊張が走る。何体かの魔族がこちらにまっすぐ一心不乱に走ってくるのだ。


(ここに居ては不味い!)


 じっとしていては確実に攻撃される。五日間の間飲まず食わずで立ち続けたというのに何という俊敏さか。今にも死にそうなほど腹が減り、我慢出来ずに走り出した可能性もある。ナタリアの目は必死を絵に描いたような血走った目に恐怖した。もしかしたら囲まれて生きたまま食われるのではないかと想像してしまったからだ。


『逃げろ』


 無線機から発された声に従い、弾かれたように枝から飛び出した。ナタリアを視認した魔族は走っていた方向を即座に転換し、彼女に向けて走り出す。神の意向はこの島にいる生き物を片っ端から殺すこと。ナタリアは生き物第一号に認定され、是が非でも殺す対象へとなった。

 殺意を一身に受けたナタリアはとにかく逃げる。走るのは遅すぎる。飛行して木々を掻い潜る。鷹が瞬時に障害物を認識し、飛行しながらスピードを落とすことなく紙一重で避け続ける様に素早く逃げる。これほど面倒な動きをするのは、魔族も飛行が可能であるためだ。見えやすい様に空に飛べば攻撃魔法が飛んできたりすることもあるだろう。

 でもこの飛び方なら話は変わってくる。速度を維持しつつ、これだけ並んだ木々の間を縦横無尽に飛びまわれるのは翼人族(バード)でもほんの一握りだけだ。


(……逃げ切ったか?)


 ナタリアは急停止して振り返る。すぐ真後ろまで迫っていた魔族も、ナタリアの速度には敵わない。魔族を可哀想なレベルで完全に置いて行った。


(いや何が可哀想なものか……人族と魔族では実力が違いすぎる。地形を利用していなければ今頃は殺されている)


 自問自答しながら状況の整理を図る。ついでに今後のことも考えるが、やることは一つだ。頭の中で一応の結論が出たところで無線機がまた声を拾った。


『ようナタリア、ご無沙汰。俺はラルフだけど覚えているかな?』


 間抜けな声が聞こえてきた。ゼアルとだけ回線を開いていたというのに突然の混線。考えるまでもなく、ラルフが割り込んできただけだ。その方法までは分からないが、それ以外に考えられない。


「ふんっ!忘れるわけないでしょ……ゼアルの睨んだ通りね、どこにでも出てきて関わってるんだから……」


『なんだ?ゼアルも来てるのか?まぁ別に良いけどよ。というか危ねぇから早く帰んなよ、あんたらが出しゃばって良いレベルじゃねぇぜ』


「……なんですって?」


 聞き捨てならないことを聞いたナタリアは、憤慨するよりも先に周りに目を配る。先ほどよりもガサガサと物音が激しくなってきた。立ち止まって会話をしていれば追いつかれるのは当然。


「この決着は後でつける。良いな!ラルフ!」


 ナタリアは一方的に言うだけ言って無線機を切った。ラルフは既に切れた無線機を眺めながらどうするか考える。


(このままゼアルたちが来るまで待っとくのもアリだけど、なぁんか臭いんだよなぁ……)


 ラルフの心が警鐘を鳴らす。


(ある程度兵士を少なくした方が後々が戦いやすいか……?)


 そう思うとすぐに小さな小さなワープホールを繋げた。その先には暇そうにいている藤堂の姿があった。


「八大地獄を解き放ってくれ。まずは様子を見たいからな」


『おう!了解だ!』


 藤堂の返事と共にラルフはワープホールを閉じた。藤堂は鎖で縛り上げた八大地獄の面々を見渡す。


「仕事だってよ。楽しんで来いや」


 そう言うと八大地獄の鎖を解いた。その瞬間に藤堂の首は半分切れたが、何の事は無い彼は不死身なのだ。


「自由になった途端に切り込んでくるのはやめろ。俺じゃなきゃ死んでるぜ?」


「ムカつくことを平気で言ってくれるから斬った。ただそれだけのことよ」


 ロングマンたちは藤堂から目を離し、今までよりも前に出る。


「神の次はヒューマンか。我々を顎で使おうなどと考えているなら大間違いよ」


「え?じゃあ、これからラルフを殺すために引き返すとか?」


「いや、油断したところを狙う。次に対峙した時に首と胴を泣き別れに出来るよう、従順に振舞ってみせよう」


 腰に下げた刀を抜き払い、魔族を迎え入れる準備は万端だ。


「我らは屈辱より這い上がり、ようやく自由を手にする。ここで止まっていてはティファルとテノスに申し訳が立たん。思う存分暴れようぞ」



「それで?私はいつ動けば良いの?」


 ミーシャはラルフの隣で腕を組み、不遜な態度でラルフをチラリと見た。戦闘の臭いを感じ取ってベルフィアも興奮する中、ラルフは待ってましたと言わんばかりの笑顔で返答する。


「すぐさ」


 つまり「まだダメ」と言うことが分かってミーシャはブー垂れた。

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