第四十六話 不穏な動き
要塞発見から動力源回収までの流れを結局ラルフたちが全てこなしてしまった。何も出来ないまま気を落として帰ってきたマーマンたちの姿を確認したテテュースは白絶に頭を下げた。
「……どうも……彼らの戦力を見誤っているようだ……こちらも負けてられないな……」
「いかがいたしましょうか?」
白絶は小さな手を顎に添える。ほんの少し考える素振りを見せたが、すぐにテテュースに目を向けた。
「……海の……知的生命体を集めよ……。ここにいる兵士では足りない……大陸を超えるこの海を……我が手に掌握する……」
その言葉に焦ったギルレホーンが前に出る。
「お待ちください白絶様!我らの帝国が存続している時ならいざ知らず、現段階ではマーマンの沽券どころか生存すら危ぶまれます!ここは慎重に……っ!」
その瞬間にギルレホーンの目に飛び込んできたのは鋼の輝きだった。テテュースが長い丈のスカートの中に仕込んだ剣をスルリと抜き払い、瞬時にギルレホーンの間合いに入ったのだ。研ぎ澄まされた切先は彼の自慢の牙を捉え、左側の一本が切り落とされた。悶絶して屈み込むギルレホーンの額に剣を突きつける。
「白絶様の命令に意見するとは……あなたたちは一体何様なのでしょうか?」
マーマン兵はテテュースの威圧に縮こまる。次代の魔王とも呼び声が高い上級魔族であるテテュース。更には同じ上級魔族の中で、最も戦闘能力に優れていると名高い彼女の剣はマーマンの手に余る。
「……も、申し訳ございません白絶様。我々はあなた方に逆らおうなどと微生物ほども思っておりません……どうか命ばかりは……」
悶絶し、喋ることもままならないはずのギルレホーンは、牙を献上するように両手でかざしつつ命乞いをし始めた。白絶は自分の兵を守ろうとする自己犠牲の精神に免じ、テテュースの剣を納めるように目で合図を送った。テテュースは剣をその場に突き立てて返礼する。
「……もうこの海に……我らをどうにか出来る存在は……居ないものとし……ここに……海の支配を宣言する……一からの始まりよ……心して掛かりなさい……」
第一魔王”黒雲”に邪魔されて以来何百年ぶりの野心か、既に記憶は薄いが邪魔な存在が消えた今、彼女を止めるものはいない。海は近く彼女のものとなり、海の生物は新たな生き方を模索することとなる。
*
「……近く海の幸が獲れなくなる?そりゃどういうこった?」
ガノンは立ち寄った漁村で大変な噂を耳にした。漁師の話では近くに住んでいる人魚族が白絶の暴挙について話し合っているのを聞いたとのことだった。
「まだどうなるかは分からねぇよ?けども海の底から急に襲われたんじゃこっちもたまったもんじゃない。あんた強いんだって?何とかならんかい?」
最近この辺りに出没していた魔獣の狩がひと段落し、酒を酌み交わしていた時に舞い込んだ話だった。目の前に置かれた酒の当てがなくなると言われてはガノンとて聞き捨てならない。肩越しにテーブルを占拠していたアリーチェを見る。
「……マーマンの野郎どもは今大変だったよな?」
「え?まぁね。マーマンの王様が死んじゃってから国が崩壊して、それからは海を彷徨ってるんじゃなかった?」
「……なるほどな。マーマンが動けねぇから今がチャンスと出てきたわけだ」
樽ジョッキを呷りながら現状を把握しようと思考を巡らせる。アリーチェのテーブルに一緒に座っていた正孝が樽ジョッキ片手にがなり立てる。
「おぉいっ!魚人なんて見たことねぇなぁ。海に都市があったとして、仲の良い種族ってどうやって観光するんだ?」
正孝は酒に酔いながらハムを一つ頬張る。そんな正孝を見ながら呆れたようにアリーチェは肩を竦めた。
「どうって……そりゃ空気膜を作って海中散歩でしょ。でも、行けた頃でも国に入る人はかなり制限されてたんじゃなかった?白絶って魔王が昔々に都心を攻撃したから、隠れ潜んだって話よ」
「エルフの国といい、魚人の国といい、何かと制限の多い世界だな。もっと気楽に生きられねぇのかよ?」
「活きがいいな若いの。そこまでいうならよ、良かったら魔族を全部ぶっ殺しちゃくんねぇかい?魔族がいなけりゃ窮屈な生活からおさらばよ。出来るわきゃねぇけどなぁ」
冗談交じりに漁師が正孝を煽る。「あぁ?」っと正孝は今にも漁師に食ってかかりそうになったが、それを邪魔するように言葉が飛んだ。
「魔族が居なくなったら次にあるのは人族同士の諍いだ。絶滅は均衡を崩すことにも繋がると少しでも脳のある存在なら分かるだろう?とはいえ、このレベルの話をそなたたちに言っても仕方あるまいが……」
いつからそこに居たのか、翼人族がテーブルの側に立っていた。白の騎士団の一人、”風神”アロンツォ=マッシモ。
「……何か用かよ。唐揚げ」
ガノンは敵意剥き出しで睨みつけた。
「憎まれ口は相変わらずだな狂戦士。話がある。外に出よう」
「……喧嘩ならタダで買うが、依頼なら高ぇぞ?」
アロンツォが来たことにより、白絶の件が予想より大きいものだったのだと考えたガノンは重い腰を上げた。しかしアロンツォの口から聞いた話はそれとはまるで別のことだった。
「魔族の本拠地、ヲルト大陸から魔族の軍勢が西に集まりつつある。ゼアルから私宛に書状が届いた。居住区域ジュードなんぞは眼中にないが、魔族との戦いには興味がある。そなたも参戦しないか?」
「……また西側かよ。あの辺りは負け癖が付いててあんまり好きじゃねぇんだがな……」
ガノンは首筋を掻きながら渋い顔をした。一つ大きなため息をついた後、アロンツォを睨めつける。
「……で?いつよ」
「魔族の集まりが少なくなり始めたら嵐が起こる。今日明日には来ないだろうが、この一週間の内にはピークに達するであろうな」
「……んだ?占いも出来んのかよ。明日の天気はどうなってる?」
「占いではない、我らバードは気流を読まねば飛べん。だから湿気には敏感よ。ちなみにこの辺りの明日は概ね晴れだな」
「……どうでもいい知識が増えちまったぜ……もちろん参加する。今からでも出立だ」
さっきまで飲んでいたとは思えないほど冴えた目つきで睨むガノンだったが、店内が騒がしいのに気づいた。正孝が暴れている。
「……悪い……明日出発する。あ、それと報酬は弾めよ?」
アロンツォは困り顔で微笑んだ。
「心得た」




