第二十五話 竜巻
アルパザに向けて飛ぶ飛行隊は世にも奇妙な姿をしていた。その姿を言い表すなら空飛ぶ鰐である。魔法を使用せず空を自由自在に飛ぶ事の出来る羽根鰐と呼ばれる特殊魔獣。空飛ぶ爬虫類と言えば竜を連想するだろうが、この生物は別の進化を遂げた為、厳密には竜ではないものの竜の近親ではある。尻尾を含めた全長4mにもなる鰐で、羽根は蝙蝠の羽根を連想させる。鱗は堅く、魔法に耐性があり、その自然の鎧を突破できる生物は中々いない。
それにまたがる小さな魔鳥人。彼らこそ羽根鰐を操る最恐部隊”竜巻”である。先に到着した”稲妻”が鷲を模しているなら、彼ら”竜巻”は差し詰めチドリなどの小さな鳥だ。羽根鰐と意思疎通できる不思議な種族で、体が成人でも120cm前後と小さく、魔鳥人の中でも体が弱い。代わりに魔力量が多く、頭も非常に良い。その上、その貧弱な体を補う為に羽根鰐を利用して戦いに馳せ参じる。
羽根鰐を馬のように扱う魔鳥人。魔獣に乗る二足歩行の鳥という組み合わせは遠目から見ると、合体獣の様に見える。その姿は、具現化した恐怖そのもの。
彼等も槍を主力武器としていて、こちらも羽根の色で上下関係を明確にしていた。赤い羽毛を付けた先頭に位置する人物がこの部隊の指揮官だろう。”竜巻”の指揮官であるキリルはすでに戦いが終わっている状況を見て訝しんだ。
「どーなってる?何故に”稲妻”がいないんだ?」
もし既に魔王を討伐済みであるなら、この場で待機しているはずである。鷲型の魔鳥人と違って小鳥の魔鳥人は目が特に良いというわけではない。鳥目のハンデはないものの、範囲はそこまで長くない。キョロキョロするが隠れる場所の無い空で見つからずに待機出来るはずがない。
もしや既に町に言っているのだろうか?”稲妻”は移動に関してどの部隊より速い。速すぎるくらいである。結果、任務が終わると別部隊の目標を他の部隊が出るまでもなく片付けてしまう事が多々あった。そのせいで作戦が御破算になるという事態になり重大な越権行為として軍部でも問題視されたが、当時の総司令は作戦の立て直しを”稲妻”に要求し、第二計画として採用。”稲妻”は解体を免れた。その案自体はお粗末なものだったが、それを総司令は手直ししてそれっぽく仕立て上げた。
総司令の行為は褒められたものではないが、”稲妻”は感動していた。だが、彼の総司令はもういない。万が一また越権行為となれば追い落とされる事も在りうる。そんな中でその場を離れるだろうか?疑問が疑問を呼ぶが”竜巻”はあの町の破壊を任命されている為、考えるでもなく町に向かう事にする。
彼等は”執行人”という二つ名を持つ殺し屋集団。凶悪な羽根鰐を利用して蹂躙する様は正に残酷という他ない。生き物は大概食い殺されてしまい、死体すら残らない。その仕事ぶりから”掃除屋”と呼ばれる事もあるくらいだ。
この部隊がやって来たと言う事はアルパザがこの世から消滅する事を意味する。生き残る確率などほぼ皆無。一、二匹なら逃げ切れる事もあるだろう。十匹でも、もしかすれば一人は生き残れるかもしれない。それが五十を超え始めると成す術はない。腹を空かした鰐たちは、見境なくありとあらゆる生き物を食い尽くす。ここまで休みなく飛んできたのだ、鰐たちの腹は既に限界まで空いている。目が血走って涎を垂らし、今日のご飯を楽しみにしている。これから起こるであろう惨劇は見るも無残で、見るに堪えない凄惨なものとなるだろう。肉という肉は食い散らかされ、血は土が飲み、建物は砕け、町は死ぬ。
それも仕方がない。人間は弱く、魔獣は強いのだ。弱肉強食、それが道理。
しかしそれがまかり通るというなら、これから起こる事にいかなる生物も文句は言えない。
ドンッ
下から直径10mにも及ぶ、光の柱が立ち上る。それに包まれた部下の面々は成す術もなく消えてなくなる。
「なんだー!?どーしたー!!」
突然の光に焦るキリル。予期せぬ攻撃には、幾ら強かろうと反応できない。まして魔法に耐性のある羽根鰐の防御を一切無視して、乗っている魔鳥人すら跡形もなく消えてなくなるなどあり得ない。キリルは光の発生原因を探るべく下を覗く。真っ平の平野に転がる無数の何か。目を凝らしてよく見ると、それは肉片。見覚えのある特徴的な羽根が生えている肉塊。それが意味する事は……。
「まさか……全滅?」
ゾッとする。一つの人影が何の音もなく、フワッと上がってきている。それがただの人であるなら怖くはない。だがそれが”稲妻”を壊滅させた怪物なら話は別だ。しかもこの怪物はただの一体で向かってきている。
この一瞬で思い返す。確か”稲妻”の指令は第二魔王”鏖”の討滅。
(失敗したのか?)
”稲妻”は全員投入していた。
(あの数が敵わなかった?たったの一体に?)
だとするなら相当な能力を有している。恐怖はするが、その分思う事もある。それは二百以上いた”稲妻”を相手に無双したとして、満身創痍である事が予想されるからだ。先のビームは正に驚愕の一言だが、それは搾りカスである可能性もある。なけなしにしては強すぎるが腐っても最強。その力には敬意を表するが死んでもらわなければ困る。
キリルは叫ぶ。
「降下ー!!」
すぐ下で浮いてくる魔王に突撃を敢行する。羽根鰐達も下の肉片を見つけ、我慢出来ないと真っ逆さまに降下する。他の部下達も気づく。下の惨状と魔王の存在に。
”稲妻”は任務に失敗した。結果、他の部隊にも迷惑をかけた。しかし相手を疲弊させ、死んでいったのであれば禊は完了している。
(我等が仇を討つ)
”稲妻”の失態である越権行為など存在しない良い大義名分だ。全て自分たちの手柄となるのだ。となれば死んでくれた事に感謝すら出来る。
突っ込んでくる魔王。同様に突撃する”竜巻”。二者の距離が急速に縮まる中、戦闘でいの一番に先頭に立って突っ込むキリルはその異様さに気付いてしまった。
(疲れていない?!)
顔には微かな疲労感もない。その顔は怒ったような顔ではあるが、余裕すら湛えていた。この突撃は失敗だった。疲れているだろう。傷つけただろう。虫の息だろう等、数々の”~だろう”が、キリルの無謀を引き出した。
”後悔”とは”後で悔いる”と書く。後悔は先に立つ事が出来ない。ここまで来て止まれるわけもなく、最早やけくそに近かった。
魔王と”竜巻”は当たり前のように激突した。