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第二十九話 ホッと一息……

「本日は私どもの旅館に置いでくださり、ありがとうございます。ラルフ御一行様は全て無料にてお世話させていただきますので何なりとお申し付けくださいませ」


 深々と頭を下げるのはジュードの議長。顔がトロけそうなほどの笑顔で心の底から迎え入れてくれた。

 ジュードという国はオークの脅威に曝されており、いつ攻めてくるのかと恐怖に震えて眠れぬ夜を過ごしていた。魔障壁がオークたちの侵攻を止めていたので侵入されることはないのだが、日増しに数を増していく野良オークたちに国民の心も疲弊していくばかり。


 そんな時に現れたのがラルフたちだ。港を通さずに侵入して来た密入国者。しかし何か盗みを働いたり、住民に怪我を負わせたりなどの反社会的活動などせず、オークたちをバタバタと薙ぎ倒した。その上エルフの王、森王と直接会う機会を賜わり、エルフと国交を開くことにもなった。願ったことが願った以上にトントン拍子に進んでいく。


 これらを(もたら)してくれたラルフ一行には感謝しても仕切れず、また任務として報酬を渡そうにも高額すぎてとてもじゃないが払える額ではない。苦肉の策として最高級旅館に泊まっていただき、極上のサービスを受けてもらうことでチャラにしようとしていた。


 八大地獄の時といい、困ったら旅館に押し込めるのは、お金がない国の唯一の方法と言って過言ではない。


「どうも。遠慮なく使わせてもらうぜ」


 ラルフはチーム代表の立場から答える。議長は手揉みをしながら何度も頭を下げつつ部屋を後にした。


「結構良いところじゃない?ベッドもふかふかだし」


 アンノウンは真っ先にベッドを確保したようだ。修学旅行中の学生のような楽しんでいる感じが滲み出ている。


「ここは高級旅館だぞ?全体のグレードが他に比べたら段違いって奴だ。最安値の旅館にも泊まれなかった俺が言うのも何だが……」


 ラルフは当時を思い出してちょっと複雑な表情を見せる。ベルフィアは舌打ちを一つする。


「暗いワ。それはもう払拭しタも同然じゃろ?今を堪能せい今を」


「うんうん、その通りだね。ベルフィアも良いこと言うじゃん」


「恐縮に御座います。ミーシャ様」


 周りもワイワイと騒がしくなってくる。特にデュラハン姉妹は人族の国に戦争以外で過ごすことが稀なので、好奇心増し増しでいろんなものに触れている。それぞれが楽しむのを側で見ていて、ラルフは少し考え込む。


「……やっぱ浮遊要塞を失ったのは痛いな……。何か別に代用出来る物を探すべきなんじゃないか?」


「そうね、休息は重要よね。自分から動かなくても常に移動してくれるものがあれば楽で良いし、その分早く目的地に着ける。でもあれは灰燼から奪ったものだよ?他にああいうのを知らないし、下手したら一から作るってことにならない?」


「一からってのはロマンがあるけど現実的じゃないな。俺たちだけで作ってたんじゃ一生無理っぽいし……」


 ベッドがあり、キッチンがあり、(くつろ)ぐためのスペースがある。帰るべき家のような移動要塞。藤堂と八大地獄のせいで沈んだ大切な拠点。


「一からってのは出来なくはないんじゃないかな?」


 アンノウンはニヤリと笑った。


「ほら、私の特異能力は召喚魔法だよ?例えば鍛治の神ヘパイストスを召喚して物を作らせれば……」


「いや、そこは建築の神にしろよ」


「あ、すいません。ヘパイストスは建築の神でもあるのでそこは大丈夫かと……お、思います」


 横入りした歩は恥ずかしそうに俯いた。アンノウンの補足を兼ねた口出しだったため、アンノウンは肩をポンポンと軽く叩く。


「歩の言う通り、ヘパイストスなら大丈夫。きっと作れる」


 アンノウンの自信にラルフは眉間のシワを緩める。


「そっか。ならアンノウンに任せよう。なら次は形だな。複雑なのはやめて船とかにするのが良いんじゃねーか?」


「在り来たりだけど移動してるってイメージにはピッタリか……」


「妾は断然”城”じゃな。空に浮かぶ城を想像してみぃ、格好ええぞ?」


「ああ、ラ○ュタね。悪くないけど難しそう」


 あーでもないこーでもないと言った議論の中、ミーシャの腹の虫が小さく鳴った。ラルフはすくっと立ち上がる。


「腹が減ったよな。飯食いながらでも話せるし、早速呼び付けるとするか。高級料理を無料で舌鼓なんて控えめに言って最高じゃんか」


 軽口を叩くラルフだったが、その直後に不思議なことが起こった。


(やけに周りが遅く見える……これはあれか?楽しそうな状況に浸りたいがために見せている俺の脳みその混乱か、はたまたサトリの”何か”だろうか?)


 楽しんで笑い合っているジュリアやメラ、ウィーたちの姿がゆっくり動いているように見える。映像のスローモーション機能を突然起動したような不思議な光景だった。


「ま、どっちみち粋な計らいだな……え?」


 全てがスロー再生の空間において、普通に口が動いたことに違和感が芽生えた。やはり神の……サトリの仕業なのだろうか。


「──見つけたぞ。ラルフ」


 ラルフは自分以外に普通に動く人物に出会(でくわ)す。


「?……どっかで会いましたか?」


 禍々しい鎧に身を包んだ男と思しき人物に首を傾げて訪ねた。


「我が名はジラル=ヘンリー=マクマイン!貴様の息の根を止めに参上した!!」

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