第二十一話 美しい景観のある街
西の大陸、人類の居住区域”ジュード”。山と海に挟まれた石造りの街は訪れた者の心を洗う、世界でも屈指の美景地区。
海産物が豊富で、ここでしか獲れない魚介類は高級品として高値で取引される。また、食品加工の分野でも突出したものがあり、貝類のパテや小魚のオイル漬けなどを瓶詰めにして売出し、庶民の間でもジュード産商品は広く知られている。
ここ最近は野良オークが近場に出没し、魔障壁の前に集まってウロウロする姿が散見される。オークルドとの停戦協定を締結させ、人族の領地を拡充させたはずの場所に我が物顔で歩き回っている。
「協定……か」
白の騎士団と共に協定を締結に導いた議長は、守衛から上がってくる報告書に目を通しながらため息をつく。チラッと見たのはイルレアンの技術の結晶である魔導具”通信機”。オークの王”群青”との連絡手段に使用するはずだったものだが、結局片手で数えるほどしか使用していない。
オークの戦士たちが見回りを行い、野良オークたちを激減させていたのも今は昔。群青が八大地獄に滅ぼされてからというもの、オークの規律は乱れ、話し合いは意味を為さない。
治安を維持出来ない知的生物ほど厄介なものはない。
「この際イルレアンが武力で捻じ伏せてくれたら、西の大陸丸ごと平らげられるのだがなぁ……」
そんなことが出来るのなら議長が思いつく前にやっている。何か退っ引きならない事情を抱えて……というわけではなく、単純に忙しくて手が回らないと捉えるべきだろう。
噂程度だが、各地に点在する魔族たちは、第三勢力の出現により力を失いつつあるという。魔族を根絶やしにするのに奔走し、他のことは二の次になっているとは推測出来ないだろうか。
(自分のことは自分でやれと?それが出来たら始めから頼ってはいない……)
辿り着くのはいつもお手上げ。独白で何度も吐いた愚痴に嫌気が差す。
「はぁ……何故か突然オークたちの天敵が現れたりしないものかな?」
*
異変はいつも突然起こる。
ジュードの繁華街に出現した黒い穴。何が起こったのかもよく分からない市民は目を丸くして様子を見ている。その穴はグアッと人が通れるサイズに急に広がる。悲鳴が巻き起こり、パニック寸前の状況の中で穴を通ってきたのは草臥れたハットの男だった。
「お?成功だぜ」
その声に後からダークエルフの女性が出てくる。
「ここがジュード?」
「ああ、昔一回だけ来たことがあってな?すげぇ評判の良い街って噂だったけど、物価が高くて何も買えない上に、仕事も無いから波止場で野宿した最悪の思い出しかないんだよな。景観は美しいけどそれ以外は全部バツって感じで、俺はもう二度と来ることは無いって思ったもんだ。懐かしいなぁ」
「ふーん。……にしても人族の街って同じ感じじゃない?イルレアンと見分けが付かないんだけど」
「そうだな。建物だけを見ると同じに見えちゃうかもだけど、例えば潮の香りだったり、売られている商品だったり、のぼりの染め方だったり、テントの出し方だったりで景色って微妙に変わってくるんだ。あ、ほら坂の下の海とか見たら全然違うって分かるだろ?ここは極端だけど、平地の街を見るなら細かいところに目をやればいいのさ」
ラルフは得意満面に答えるが、普通はワープホールから街に侵入するなどあり得ない。景観を見ながら入国手続きを行うのだから、その街特有の風景はそこで大体分かるものである。
「風情が無いな、この移動方法は……この街の美を味わえない。外から見ればそれだけで芸術だというのに……」
ロングマンはブツブツと文句を言いながらワープホールを潜る。仲間たちもわらわらと入国し、ぐるっと辺りを見渡している。
「わぁっ!すっご〜いっ!何この街並み!すっごく綺麗!」
語彙力を持っていかれるほどの感動。アルルに大した語彙力は元から無いが、ブレイドを含めた初めて訪れる面々は同じように言葉を失っていた。芸術的な街並みを見れば胸も踊る。
「ふむ、目ノ保養に丁度良い街ではあル。ミーシャ様にこそ相応しい。惜しむらくはこノ街ノ建物に城が無いことかノぅ」
「えっ?乗っ取る気か?絶対やめろよ」
「私はペルタルク丘陵の方が好きだけどね。古代種が暴れる前の」
まるで観光客のような振る舞いに市民はさらに怯える。得体の知れない穴から出てきた人型の何か。それが街を跋扈しているのだから恐怖を覚えないわけもなく。
「……チッ、ジュードの市民が怖がっているじゃねぇか。観光に来たわけじゃねぇんだから、とっととオークルドに行こうぜ」
ガノンはジュード市民に代わって苦言を呈す。アリーチェもこれには賛成する。正孝とルカはもう少しこの街を散策したそうだったが、ガノンに逆らうつもりは無いので肯定派に回る。
「なんだ貴様?偉そうにするなヒューマン風情が。この方は最強の魔王様だぞ」
黒影はギロリとガノンを睨みつける。「あぁ……?」っとガノンも負けじと応対した。そんな二人に冷たい視線を送っていたイミーナはミーシャに対して口を開く。
「あのヒューマンの言うことも一理ありますね。観光旅行を楽しむなら、先に重いものを下ろしてからにしてはいかがでしょう?」
この提案にラルフも頷く。ただ、見知らぬ土地にいきなりワープホールを作るのは流石のラルフも怖くて出来ない。ある程度把握出来る範囲に行く必要があった。
急いで取り囲んで来る守衛たちをミーシャの魔障壁で退かしつつ、ジュードとオークルドの境目に到着する。
「って、おいおい。魔障壁の向こう側はオーク天国かよ」
日に日に集まる野良オークの群れが目に入った。もし何かの歪みで魔障壁に綻びが生じれば、ヒューマンなどあっという間に殺されてしまうことだろう。恐怖は壁一枚隔てた向こう側に鎮座している。
「OK。じゃ手始めにオーク狩りから始めちゃおうか?」
ミーシャの散らかったゴミを片付ける程度の態度に命の尊さを説きたくなったが、確かに邪魔なので了承した。




