第十一話 対ユピテル
──ボッ
影すら見えない攻防。光の筋だけがラルフの網膜に映る。
(ああ……見えねぇなぁ……)
見慣れたブレイドのハンサムな顔も、一児の母にしては若過ぎるエレノアの肢体も、光り輝いているユピテルも何も見えない。光がピカピカ光ってちょいちょい衝撃波が発生している。着地した場所から一切動くことなく、ラルフは草臥れたハットが衝撃波で飛ばないように手で押さえていることしか出来ない。ちょっとだけ「暇だな」と思い始めた頃、ラルフは大変なことに気づいた。
(あれ?これ二人が負けたら誰も勝てなくねーか?)
光の速度で争い合う神と魔族と半人半魔。ミーシャの負担を減らす目的で分散させた戦力だったが、分散させるのに手一杯で後先をあまり考えていなかった。もちろんこのままブレイドとエレノアが勝てるならそれで良い。気を揉んだのも単なる杞憂だったと笑い飛ばせる。
だが、万が一にも敗北するようなことになれば、ベルフィアを出そうが、アンノウンや歩を出そうが、八大地獄を出そうがどうにもならない。何故なら光に追いつける存在は二人以外に存在しないから。
そんな風に考えれば考えるほどに焦燥感が押し寄せる。頼むからどうにか倒して欲しいという願いと祈りが心の中でグルグルと渦巻いていた。こんな風に思うのも全ては見えないが故。ほんの一瞬でも戦っている様を確認出来れば今よりはずっとマシだったろう。
そんなラルフの思いを知ってか知らずか、ブレイドはユピテルの猛追に目を光らせる。エレノアとの即席でのコンビネーションを駆使しつつ、互角の戦いを繰り広げていた。
(これで互角か……?)
培った経験、覚醒させた能力、伝説の武器、そして母親。この全ての要素を使って尚互角。神の底力をまざまざと見せ付けられる。
最初ユピテルの攻撃は単調で速さに任せただけのものだった。だが、攻撃を打ち合うごとに順応され、こちらがフェイントを仕掛けたり、視線誘導で騙したり、技や魔力砲を撃ってみたりを確認した次の瞬間対処されていく。技を知らなかった獣の如き存在が、ちょっとした攻防で学び、習得していくのはハッキリ言って恐怖以外の何物でもない。
それはエレノアも感じ取っていることで、一度挟撃をされたら、二度目は背後を取っても背後に目があるかのように対処されてしまう。このままではその内何をしても防がれるようになり、攻撃が出来なくなってしまう。
「神は万能の存在だとでも言いたいのぉ?超速いくせにぃそれ以上を求めないでよねぇ」
エレノアはのんびりとした口調ながら、攻撃の手を止めることなくユピテルに接敵する。どんな攻撃であろうと全て完璧に防ぎ切るユピテルを前にエレノアは目を細める。
(ん?これは……互角なんかじゃない。この神、さっきから攻撃をして来てない……?)
隙を伺っていたブレイドもエレノアと同じ感想に至る。
「見てるんだ、俺たちの癖を……!母さん!!早く決めないとマズイ!!」
ブレイドは正面から斬りかかる。エレノアとブレイドで時間差を感じさせない機関銃のような攻撃を繰り出す。流石に手数が多すぎたのか、ユピテルは一旦離れるために後方に飛んだ。
「逃すわけないだろ!!」
ブレイドは一歩前に出る。ユピテルが下がったのと同じだけ踏み込んだ。しかしこれは悪手だった。母子の連携で何とか保てていた一方的な攻撃は、エレノアから一歩離れたために瓦解する。
ユピテルは後退したと見せかけて地面を蹴り、剣を振りかぶったブレイドの顔面に拳を叩き込んだ。
命が危ぶまれる勢いの一撃により、砂浜を水平に飛んで行くブレイドだったが、首が胴体にくっ付いてるのを見れば死んではいないだろうと推測する。
そんな息子に気を取られてしまったエレノアの隙をユピテルは見逃さない。
ドボッ
腹部に刺さる蹴り。その衝撃に耐え切れず、エレノアもまた吹っ飛んだ。そうして動き回ることがなくなったユピテルはそこに留まり、ラルフに自分の存在をアピールし始めた。
「私はここだラルフ!」
完全に見失っていたラルフに親切に自分の存在を見せ付けてくる。これは合図だ。今から私はあなたを殺しますよという予告。
ブレイドもエレノアも倒されてしまった。たった一撃、されど重い一撃。二人とも死んでないことを祈る……が、問題なのはラルフである。
ラルフが取れる手段は大きく二つ。異空間に尻尾を巻いて逃げるか、進んで殺されにいくか。
当然逃げる方を選択するものの、異空間の穴を開けたら即バレるし、逃げたところでブレイドとエレノアの回収はしとかないとトドメを刺されかねない。
そうなったら死んでも悔やみ切れないし、たとえ生き残れても絶望の淵に沈むだろう。
即決で決めた「逃げる」選択だが、一番の問題は逃がしてくれるはずがないということ。相手は光の速さで迫り、光の速さで圧倒的な攻撃を繰り出してくる。二人がやられたのを鑑みれば、ラルフでは掠っただけでも重傷。
(八方塞がりかよ……)
一縷の望みにかける他、打開の手立てはない。ラルフは無謀と思いながらも異次元の扉を開いた。
「逃すかぁっ!!」
光が一直線に伸びる。ラルフの息の根を止めるために、そのためだけの攻撃を仕掛ける。頭か喉か心臓かその他の臓腑か。ただ手を差し入れるだけで死ぬ。
人間とは脆き生き物である。
──ギィンッ
硬質なもの同士がぶつかる音。無論ラルフの体から鳴った音ではない。ユピテルの抜き手の先にあるのは剣。
魔剣イビルスレイヤー。
「えぇ?おいおい……何であんたが出てくるんだよ?」
この砂浜からそう遠く離れていない岬。既に跡形もないが、そこで昨日ラルフたちと戦った男が居た。ヒューマンの国であるイルレアンからの使者、黒曜騎士団団長”魔断”のゼアル。
「……偶然ここを通りかかった。それだけのことだ」
これにはユピテルも目を丸くする。
『そなたは……?!恩を仇で返すつもりかぁっ!!』
「いや、神の力を私如きに授けてくれた貴様らには感謝している……しかしな、ラルフの命は私のものだ。誰にも……たとえ神とて渡しはせん!!」
予期せぬ珍事。ゼアル参戦。




