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第九話 適材適所

 ピクッ


 何かが起こる。それに気が付いて反応したのは八大地獄の一人、パルスだった。誰も居ない虚空に目を向ける。


「ん?どうしたの?パルス」


 それに気が付いたのはノーン。パルスは視線を逸らすことなく指を差した。つられて彼女の視線の先に目を向ける。


「んーっ?何も無いけど?何見てんの?」


「……来る」


 その言葉と共に次元の穴が開いた。その瞬間を八大地獄は見逃さない。即座に反応し、穴に向かって飛ぶ。


(ぬっ……遠いな)


 この空間から抜け出すにはあの穴が最低でも3秒は開いていないと出られない。イチかバチか飛んだはいいが、間に合うかは五分五分といったところ。

 そこに飛び込んできたのはラルフだ。入り方といい、入ってきた格好といい、まるで敵に吹き飛ばされたかのようなザマだ。逃げてきたと捉えるのが妥当だろう。


「ラルフさん!!」


 時間にして1秒、八大地獄より見つけるのは遅かったが、ブレイドたちも気付いた。それと同時に次元の穴から雷が侵入する。


(なるほど、あの攻撃で吹き飛ばされたのか)


 と、コンマ何秒という世界で確信したが、それが間違いだと気付かされる。光が人の形を成しているのだ。それはラルフを絶命に追いやろうとする何か。


(不味い……!)


 もし今ここでラルフを殺せば永久にこの異空間を彷徨うことになる。それは以前、藤堂 源之助に対し行った第八の地獄”阿鼻”の無間地獄に封印する手段と何ら変わらない。閉じ込められた者は最後には乾いて死んで逝くだけ……。


『これで終わりだ!ラルフ!!』


 ユピテルは右拳を振りかぶる。これが入れば間違いなく胴体を貫き、絶命は免れない。

 というのに、ラルフはニヤリと不敵に笑った。その顔にユピテルの中で疑念が生じる。


(なんだ?どうしてこいつはこの状態で余裕でいられる?)


 瞬き一つの思考。かといって止まることなどあり得ない。精々、振り下ろす時間が瞬き一つ分遅れたに過ぎない。

 だが、これこそがユピテルの誤算。この空間には居るのだ。光に追いつくことの出来る者が。


 バリィッ……ガシィッ


「終わらせないよぉ」


 ユピテルの攻撃は手首を掴まれるような格好で止められた。ラルフとユピテルの間に挟まるように姿を現したのは、第一魔王”黒雲”の娘エレノア。雷のエレメントを使いこなす手加減の一切ない彼女に、神という超常の存在を除けば、イイルクオンで追いつけるのは僅かに二名。ミーシャとブレイドだけである。


『なっ!?貴様っ!!』


 邪魔されるなど思ってもみなかったために狼狽する。真っ先に飛び出したロングマンもこの状況に理解が追いついていない。ユピテルが現れて意気揚々としていた時に、突然ラルフとユピテルの間に挟まってきた空気の読めない女に憤慨しているようにしか見えない。


『くっ!これが狙いか!?この女をぶつけようと考えて……!!』


「ああ、半分はな」


『何っ!?……あぁっ?!』


 ユピテルの背後には既にブレイドが肌を褐色にしてやってきていた。エレノアの息子であるブレイドも雷のエレメントの使用を得意とする。全身に巡らせた魔力をフル稼動させ、瞬間的な爆発力と推進力でユピテルの背後に回り込む。

 いつもならここでガンブレイドを構えるが、エレノアとラルフを同時に撃つことになるので敢えて使用せず、振りかぶった拳を、エレノアに掴まれて動けないユピテルの顔面に叩き込んだ。


 ゴンッ


 一見触れることすら出来なさそうな光の化身だが、エレノアが掴んでいる通り実態はそこに存在している。

 上級魔族だろうが頭を砕くであろう一撃、下手をすれば首が耐えられずに千切れ飛ぶかもしれない打撃であったが、そこは腐っても神。凄まじい一撃に吹き飛ぶ程度に抑えられている。

 ラルフはすかさず背中越しに出入り口用の穴を開き、殴られたユピテルの勢いを以ってエレノアと共に異空間の外に飛び出した。殴った直後にブレイドもその穴から出て行く。

 三人と一柱が出た直後、入る用に開けた次元の穴と出るように開けた穴の二つを同時に閉め、他のみんなはまたも異空間に閉じ込められる。


「……チッ!」


 ようやく辿り着いた時には何もない。ロングマンは諦めて八大地獄の仲間と共に先ほどまでの定位置へと戻っていった。


 異空間を飛び出したラルフたちは砂浜に着地した。ボンッと砂煙を捲きあげて降り立ち、砂が晴れた時に睨み合う四つの影があった。


『よくも……よくもこの私の顔に攻撃を……許さんっ!絶対に許さんぞ半人半魔(ハーフ)がぁっ!!』


 怒りに震え、さらに光り輝くユピテル。力の躍動を感じる。


「ふぅ、助かったぜ二人共。あとちょっと遅れてたら死んでたぜ。間一髪って奴だ」


 ラルフの顔から汗が噴き出す。ミーシャにはブレイドとエレノアにどうにかしてもらう旨を了承してもらい、ぶん投げてもらったのだが、これはイチかバチかの賭けだった。

 ユピテルがどう動くかによっては二人の元に行くまでに殺されていただろうことは明白。ユピテルがラルフの中のセオリー通りに動いてくれたとして、ブレイドとエレノアが無視したり気づかなかったりしていれば、やはり何も出来ないまま腹を貫かれていた。

 ユピテルの性格とブレイドたちの動きを信用出来なかったならば、どうなっていたか見当もつかない。


「あそぅ?ふふっ、良かった良かったぁ」


「ちょっと、気を散らさないでください。ここからが本番ですよ」


 対アトムでは操られてしまうために出すことの出来ない戦力。最強の一角であるブレイドとエレノア。

 ここにエルフェニアにて行われるミーシャ対アトム。遠く離れた砂浜で行われるラルフたち対ユピテルの戦いが始まる。

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