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第二話 もっとも安全な国

 エルフの里”エルフェニア”。他種族の入国を徹底的に制限し、エルフ以外は住むことを許されない国。エルフのエルフによるエルフのための国。


 そんなエルフの楽園でここ最近緊張状態が続いていた。それもそのはず、この世界で最強の獣、古代種(エンシェンツ)による無理やりの侵入で結界が破壊されたせいだ。最終的に最強の魔族が古代種(エンシェンツ)を討ち滅ぼしてくれたお陰で自然や住居等の破壊こそ止まったが、戦力や国力の低下など多大な損害を被ることとなった。


 その後、国民の安全確保のために急いで結界を張り直したが、無理に再起動を掛けたせいか日に日に結界に不調が出始める。


 踏んだり蹴ったりの中、外敵の侵入を恐れた森王は結界を張るのに使用している魔石柱の新調を要請。エルフの研究員が歴史文献をあさり、外からの助力も受けつつ、古代技術と現代科学の粋を集約させた最高の魔石柱を完成させた。


 交換の際に結界を解く必要があり、ここ数日は虫一匹の侵入させないよう厳戒態勢が敷かれていたのだ。

 本日は新調した結界の起動実施日であり、ようやく平和と安寧を手にする日でもある。


「森王様、全ての準備が整いました」


「ようやくか……うむ。すぐに起動せよ」


 森王の発された命令に従い、男性研究員の一人が手を挙げた。天樹のうろの泉で合図を待っていた巫女見習いは、待ちわびた瞬間に思わず顔をほころばせる。


「巫女様!合図です!結界の起動をお願いします!」


「はい。わかりました」


 巫女は巨大なエメラルドの結晶、通称”御神体”に向かって両手を広げる。御神体と複数の魔石柱とを魔力で繋げ、結界を時間差無く起動させる。何事もなく国全域が結界に包み込まれエルフェニアは安全な国へと昇華した。


「……成功です!」


「ふぅ……そうで無くては困る」


 森王は研究員に目配せをして安堵の表情を見せた。


「おめでとうございます。アルティネス閣下」


 エルフたちの喜びに便乗するようにヒューマンがぞろぞろと玉座の前に現れた。森王はほころんだ顔をキュッと締め、ヒューマンたちに向き直る。


「ああ、そなたたちも大義であった」


 そこに立っていたのはイルレアン国が誇る魔法省の面々だった。局長のアイナはニコリと笑って頭を下げる。美しいカーテシーは思わず見惚れてしまうほど優雅なものであり人々を魅了する。エルフの研究員は森王に一度頭を下げた後、アイナに視線を送る。


「あなた方の助力がなければ今日この日に起動は不可能でした。その上、最新技術まで提供してくださるとは……感謝してもしきれませんよ」


「お役に立てたなら、こちらとしてもやった甲斐があるというものです。魔族が弱体化している今こそ、我々人族が手を取り合うチャンス。今後ともよろしくお願い出来れば幸いにございます」


 森王や研究員は当然として、アイナの殊勝な態度には周りで見ていた高慢なエルフたちもご満悦だ。ヒューマンが高度な技術を保有していることに若干腹を立てていたが、その技術を労せず手に入れられた事実に自尊心も回復したらしい。森王はそんな家臣の機微を見逃さない。小さくため息をつきながら飽きれた様子を見せる。


「……全く調子の良い……。明日は祝いの席を設けている。このめでたい日に感謝を込め、豪華に仕上げるつもりだ。方々も参加してもらえるとありがたいのだが?」


 アイナは肩越しに部下に目配せをすると、森王に向き直って微笑んだ。


「はい、是非にも参加させていただきます」


「感謝する。……さぁ夜も耽けた。明日に備えてゆっくりと休んでくれ」


 森王たちと魔法省の面々の間に確かな絆が出来上がったところで騒がしい声が聞こえてきた。


「……ああ?いや、おかしいだろ」


 急に聞こえるドスの効いた声にアイナたちは振り返った。そこに立っていたのは白の騎士団が一人”狂戦士”ガノン。


「いえいえ、これで間違いございません」


「……」


 ガノンは地味めな男性エルフから渡された羊皮紙に目を落とす。そこには請求書と思われる数字や文面が記載されていた。


「……結婚式だぞ?俺への請求が少なすぎやしねぇかって言ってんだよ」


「そう言われましても……ガノン様にこれ以上の負担をお願いするわけにはいきません。これは我々エルフ一同合意の元でして……」


「……格好の問題だぜ。出すっつった手前、野郎の折角の晴れ舞台に花を添えられないんじゃ話になんねぇぞ……」


 エルフたちの折角の好意をアダで返すような物言いにエルフの男性も流石に少々ムッとするが、白の騎士団に意見出来ようはずもなくほとほと困り果てていた。彼に出来ることは低頭平身謝り続けることのみ。


「本当なら黄貨(おうか)一枚出させるつもりは無かったのだぞ?」


 国民のピンチに森王が声を掛けた。ガノンは訝しげに森王を睨み、エルフの男性は表情をほころばせながら目で感謝を送っている。


「ハンターへの心遣い、本当に感謝している。そなたの仲間思いの精神には心からの尊敬を送ろう。この際”狂戦士”などと言う二つ名を辞めてもっと大人し目の二つ名を名乗ったらどうかな?」


「……馬鹿言ってんなよ?俺は約束を守ろうとしているだけだぜ」


 思い通りにならないのが気に食わないのかイライラしている。


「そう気を張らずとも良いではないですか。この歴史的瞬間に似つかわしくありませんよ?」


 アイナまで参戦してくる。流石のガノンも分が悪いと感じたか、羊皮紙を丸めて尻ポケットに突っ込んだ。


「もうガノンさんのお連れの方は宿場にいらっしゃるのでしょう?私たちも参りませんか?」


「……チッ」


 ガノンはアイナに舌打ちで返答し、踵を返して歩き去った。その態度は子供のようで、森王もアイナも顔を見合わせて肩を竦める。二人は部下を連れ立って宿場を目指して歩き出した。


「しかし白の騎士団で一番の若手が結婚とは……にわかには信じられない事だ。時代の流れを感じるな」


「閣下の苦労、お察しいたします。比較的短命である我々ヒューマンに於いてもこれは非常に珍しきこと。平和への道はもうすぐにございますね」


「うむ。この結界の完成を期に我らは飛躍的な進歩を遂げた。もはや何も怖いものなどない。他種族との連携も兼ねてさらなる高みを目指そうではないか」


 森王とアイナは将来の展望を見据え、満足気に会話を楽しんでいる。アイナは共同作業で出来た結界を見上げ、ポツリと呟く。


「確か古代種(エンシェンツ)に破壊されたのですよね……」


「ああ、キマイラだ。創造神アトムの言ではダークビーストと呼称していたが……いずれにしても稀有な事態に変わりない。考慮にも値せんよ」


「その通りですね。結界を突破出来るとしたらそのレベルの生き物か、若しくは(みなごろし)といったところでしょう」


 アイナの言葉に森王の顔が曇る。


「危険分子ではある。キマイラをも正面から殺し切る怪物だ。だが、あれはあの男によって制御されている。こちらから手を出さん限りは無茶なことはしまい」


「……ええ、そうですね。信じる事しか出来ませんね……」


 エルフの里”エルフェニア”はエルフたちが何不自由なく暮らせる正に楽園。それは平和と言われた街”アルパザ”などとは比べ物にならない。そんな国を一瞬の内に恐怖に陥れた最悪の戦闘。もう二度と無いことを望む。


 ──ビリィッ


 皆が寝静まり、夜明け前の最も暗い時間帯。森王やアイナたちの些細な願いを嘲笑うかのようにエルフェニアの空間に亀裂が走った。その亀裂から覗いた手は、掴めるはずもない空間をひっ掴み、まるで当然かのようにガバッと開いた。


「さぁ着いたぜ!ここが最も安全な国エルフェニアだ!」


 草臥れたハットが印象的なこの男の名はラルフ。世界屈指の嫌われ者である。

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