五話 未知との遭遇 後
暗闇の森、木々が少し開けた場所。野営地を設置していたラルフは火をおこし、簡易的な料理をしていた。
缶詰と呼ばれる保存食を開けて調理器具に移し、少し焼く。缶詰は世紀の発明だと思っている。本来腐ってしまうであろう常温でも保存が効き、煮詰めた野菜類や魚類、肉類もどこでもおいしく頂ける。缶詰となる金属を加工し、魔法で除菌し、料理を詰めた後、金属のふたで密閉する。その際、魔法の力で空気を抜きながら真空を作り、酸化を防ぐそうだ。
魔法とは攻撃にとどまらず、調味料の生成や環境保全といった人々の暮らしになくてはならないものである。それにここ数百年くらいの間に人類最高峰の組織”白の騎士団”が結成され、ドワーフたちの参戦が金属加工の技術を大きく躍進させたのだ。こういった技術革新は戦争の花である。缶詰だって、戦場で少しでもいいものが食べたい兵士たちのために作られた戦闘糧食の一環なのだから。
今日はこの日のためにとっておいたとっておきの魔牛缶を開ける。多少臭みがあり、固い肉だがラルフはこれが好きだった。何故なら魔牛はそんなに食べられない。魔獣の類でも基本的に馬や鹿、鳥が肉類として日常よく食べられる。豚はでかいし、強いので滅多に市場に出ない。その味は美味と聞くが定かではない。魔牛と豚は警戒心が強く、人に寄ってこないのでハンターが狩るのも一苦労なのだ。
そんな魔牛缶を開けるのは、今日が記念になると考えていたから。本来なら「ドラキュラ城にて一攫千金」が目標だったが、「吸血鬼の魔の手から人命を救助」に変わったのは、まあ仕方ない。
他にも野菜類などの缶詰も開ける。今日はお客さんがいるので彩を添えることにした。奮発する理由は、少しでも早い回復とドラキュラ城のお宝に期待してだ。金が入ればさらなる贅沢ができる。ラルフは調理中に隣で身じろぎしたのを感じ、そちらに目をやる。女性は目が覚めたらしく、焚火を眺めていた。
金色の瞳で縦長の瞳孔。伝え聞いたダークエルフとは違う目を見て「伝承も当てにならない」と心の奥でつぶやいた。
「おはよう!よく眠れたか?」
ラルフは冗談交じりに寝起きのダークエルフに声をかけた。その時、ぼぉっとしていた彼女の瞳に輝きがさす。
「……お前は誰だ……ここは……どこ?」
辺りをキョロキョロ見渡し、今の状況を整理しようとしている。ラルフは言葉が通じることに安堵し、温まった料理を簡易皿に盛り付ける。
「俺の名前はラルフ。ここは人間の町が近いアルパザ領内の森さ」
「あるぱざ?」
なるほど知らないらしい。
「まぁそんなことはいいからさ、飯でもどう?」
皿を差し出す。その皿を訝しい目で見ている。キッとしたツリ目で、傍から見れば怒っているようにも見える。
「なんだお前は……私に何をするつもりだ」
何やら勘違いをしている。彼女の近くに皿を置き、彼女の目をじっと見る。ダークエルフはその行動に警戒心を強める。と、ラルフはダークエルフから突然視線を切り、彼女の後ろに目をやる。ダークエルフは不信感を抱きつつも、恐る恐る後ろを見た。そこには見たことのない、そびえたつ城が見えた。
「君はあの中で瀕死の重傷を負って倒れていたんだ。それを俺がここまで運んで治療した」
「……あの城に?」
ダークエルフがラルフに向き直る。ラルフは話し終えると彼女に視線を合わせ。
「何もしないよ、食欲がわいたら食べてくれ」
それだけを言って自分の食事を始める。やさしい顔だった。体に包帯が巻かれている様子を見て嘘じゃないような気がした。信じすぎるのも危険だが、体力を消耗した体に胃は正直だった。近くのお皿を取り、スプーンを手に取った後、それをまじまじと見る。見たこともない料理だったが、背に腹は代えられず食べてみる。
「うぇ……」
この焦げ茶色の物体は臭みがあって若干固い。食べられないわけじゃないが、好んで食べようと思わない。次に野菜をほおばる。煮詰めた野菜は噛まなくても口の中でほろほろとほどけ、調味料が利いて味わい深く、中々美味しかった。焦げ茶色の物体を皿の隅にやり、野菜を完食する。
この物体を食べるか迷ったものの、野菜を食べつくした今、美味しい口をこの不味いので汚すのは気が引けた。元の場所に皿を戻し、寝袋に包まる
「おいおい残したのか?こいつが美味いのに、もったいない」
ラルフは彼女の皿を回収して残りの肉を一個ほおばる。
「!? ちょっと!何してんのよ!」
彼女は慌てて起き上がる。
「え?!すまん食べる気だったのか?」
ラルフも早とちりが過ぎたと、彼女に謝る。
「そうじゃなくて!私が食べてたのよ?残り物を食べるなんて不潔よ!私は食べないから残したの!捨ててよ!気持ち悪い!」
ラルフは一瞬何を言われたかわからなかった。しかし理解した時、皿を傾けすべての肉はラルフの口の中に入っていった。
「あぁーーーーーっ!!」
固い肉をよく咀嚼し、ゴクンと喉を鳴らして飲み込む。
「捨ててたまるか!これは俺が食う!!」
「食べた後で言うな!」
「うるさい!もったいないこと言いやがって、お前だけは許さない。傷が治るまで俺が食事管理をしてやるからな、覚悟しろ」
言うが早いか、ラルフは怒った顔ですくっと立ち上がり食べ終わった食器を持って、城とは反対方向に歩いて行く。
「ちょっと待って、どこ行くのよ」
ラルフはその声に立ち止まり
「川に行くんだ。食器は洗わないとな」
「私も行く」
そう言うと、包まっていた寝袋から這い出た。その時一瞬痛そうな顔をした。完治にはまだ時間がかかる。出来れば無理をしてほしくない。
「いや、その……良ければ火の番をしてほしいんだが……」
「私も行く!」
頑なな態度にたじろいだ。立ち上がって歩き出した彼女に何を言っても無駄だと諦め、そのまま川まで一緒に歩く。大体一分ほど歩いた先に小川が見えた。小川のほとりに立つと、彼女がすぐ隣に来る。そこでラルフに手を差し出し「食器は私が洗う」と言い出した。ラルフはさっきの出来事を思い出す。
(ははーん、こいつ食べた後の皿を俺に洗われたくないんだな?)
察したラルフは意地悪したい気持ちになったが、真面目な顔をして、じっと見てくるこの娘に意地悪は気が引けた。おとなしく食器を渡し、川から離れすぐ後ろの木に寄りかかる。彼女はしゃがんで食器をジャブジャブ洗っている。
「……いくら嫌だからって無理はするなよ。俺はお前に変な気はないんだ。信用しろとまで言わないけどさ」
とにかく気を緩めてもらわないと、これからが大変だと考える。城に潜む怪物の正体、生き残ったのは単なる幸運か否か。聞かなきゃいけないことは多々あるのだから。彼女は無言で洗い終えるとキョロキョロと何かを探し出した。
「なんだ?どうした?」
ラルフが近くによると、さっきまでのキッとしたつり目が嘘のように丸くなってきょとんとした顔でこっちを見てくる。言っちゃ悪いが間抜けな顔だ。
「拭くものは?」
布巾を探していたようだ。
「あぁ、持ってきてないな……野営地に行かなきゃ」
「そっ」と一言発すると、野営地まで戻っていく。
(随分と都会慣れしたエルフだなー)
ラルフは少し感心する。食べ方も上品で、貴族の娘のような倫理観を持って、洗った皿を拭こうとする。
「ちょっと、あなたがいないとどこに何があるかわからないでしょ。早く来てよ」
振り返って急かす、ほんのり長い犬歯がちらりと見えるほどはっきりと物を言う。その時にはまた元のツリ目に戻っていた。