第四十五話 墜ちる
ベルフィアと別れ、爆走していたラルフは鍛冶場に到着し、その扉を大きく開けた。
「ウィー!居るか!?」
鍛冶場に常駐している子ゴブリンのウィーを真っ先に探す。大広間より少し広いが、身体強化を施したラルフには差程苦もなく見て回れる。
陰になりそうな場所を名前を呼びつつ隈無く探し、誰も居ないことを確認すると、次に必要となりそうなものを探し始める。武器だの材料だのを次元に放り込んで、鍛冶場を後にした。
次に向かうは制御室。そこに行くまでの道程で、拷問部屋や倉庫などにも顔を覗かせ、誰も居ないことを確認しつつ走る。
グゴゴゴッ……と響き渡る軋みに焦りを感じ始めた頃、目の前に光る玉を見つけた。
「あっ!おーいっ!!」
光の玉の中にアルルやジュリア、デュラハン姉妹を認め、声を張り上げた。アルルたちもラルフの存在に気付き、大きく手を振った。ふよふよと浮いて要塞からの脱出を図ろうとしているが、如何せん速度が足りていないように思える。
「ラルフさん!何処に行ってたんですか?!」
「話は後だ!ウィーも居るな!すぐにここから出してやるから!」
ラルフは次元の壁を叩き、すぐさま出入り口を作成する。
「ラルフ!あなたはどうする気なの?!一緒に出るのでしょう?!」
イーファは魔障壁に手を這わせながらラルフに尋ねる。
「ああ、後でな。……って、そんな顔すんなよ。俺ならいつでも出られる。安心しろよ」
ふよふよと浮いて進まない魔障壁を後ろから押して次元の穴に押し込む。既にワープホールとして完成しているこの穴は、先ほどゼアルと戦っていた岬から少し離れた浜辺へと繋がっている。
炎の柱を確認したラルフたちは、その浜辺に一旦移り、安全を確保した後に要塞へとやってきている。もし、黒曜騎士団の前に放り出して万が一にも捕まる事態に陥れば、要塞から助け出す意味もなくなるからだ。
正直ここまでの危機は想定していなかったが、経験則と直感力に従ったお陰で上手くいったと自負出来る。
ラルフはワープホールをさっさと閉めると、すぐさま走って制御室へと入った。
「まだ落ちんなよ〜……」
制御装置である脳みそのスタチューの前に立つ。ポケットに手を突っ込んだラルフはネックレスを取り出す。
「これを押し当てれば良かったのか?アスロンさん」
『うむ。唐突に接続が切れたからのぅ。壊れた断片から記憶を同期して何があったのかを復元、複製する』
ラルフは宝石部分を制御装置に押し当てる。ネックレスが光を放ち、制御装置も薄っすらと光を放った。
「……いつまで掛かりそうかな?もし時間が掛かりそうなら無理に同期しなくても……」
『あ、もう大丈夫じゃ』
「早っ!」
『最新最古の情報は全て儂が握った。儂の我儘を聞いてくれて感謝するぞ』
まだ当てたばかりで10秒も立っていなかったと認識しているが、そんなに一瞬で出来るものなのかと感心してしまう。これに関してはアスロンという大魔導士であることと、既に肉体を捨てた思念体であることが大きい。魔法の専門家である彼が、思念体として魔道具の中に入り込めば、その全貌をいち早く知れるということ。
「やっぱりトウドウさんが悪いのか?」
『うむ。ウィーを利用し、ここまで入り込んだかと思ったら、その目的は破壊ときた。到底許されることではない』
「そうか……」
ラルフは藤堂との今までを振り返っていた。愚直に目的に向かって邁進する実直な男。ラルフの親父の仇を討ってくれた情に厚い恩人。親友と呼びたいくらいの功績だ。そんな恩人の突然の裏切り行為。千年の恋が冷めてしまうように、その信頼も壊れていく。
『儂としては放置しても構わん。トウドウは不死身の肉体を持っている。そんなのに構っておったら、いくらミーシャ殿でも辟易するだろうしのぅ』
「……つっても俺たちの住居を奪ったんだ。このまま何も無しってんじゃ割に合わねぇ。落とし前はきっちりつけさせてもらうぜ……」
傾く要塞の中で静かな闘志を燃やすラルフ。
その頃、ベルフィアは居住スペースで仲間たちと合流を果たしていた。八大地獄の連中も含めれば結構な人数である。これらを一気に浜辺へ移す方法は転移魔法。全員が手や足等に連なれば後はベルフィアが頑張るだけだ。
「行くぞ?覚悟は良いか?」
「待てよ。ロングマンが居ねぇ。今さっきケルベロスとの攻防で吹っ飛ばされて以来だ。……俺は残るぜ」
ジニオンは土壇場になって文句を言い始めた。
「ふんっ、勝手にするが良い。傷がつくのも死ぬのも妾ではない」
選ぶのは自分自身。その決定を捻じ曲げることも、説得もしない。あくまで助けるのはブレイドたち仲間。八大地獄の面々は敵であり、おまけである。尚更「知るか」と言いたくなるというもの。
ベルフィアは杖を振りかざし、転移魔法を使用した。ほとんどのものはジニオンを残して先に浜辺へと到着した。
「あ!アルル!!」
ブレイドは浜辺に着いた途端にアルルを発見する。アルルも「ブレイド!」と答え、合流するなり抱き合った。今生の別れを言い渡され、劇的に再開したかのような二人に多少の違和感を感じたが、そんなことより衆目すべきことがある。
「ああ……わたくしたちの要塞が……」
メラの発言にみんなの目が要塞に向く。夜の闇に紛れて見えにくいが、ケルベロスの炎で辛うじて見えている限りでは、海に墜ちていったように見える。
思い出の住居、空中浮遊要塞”スカイ・ウォーカー”はある程度の脱出が完了した直後、その役目を終えたかのように海の藻屑となった。




