第四十四話 要塞内の生と死
要塞内部に侵入したラルフとベルフィアは大広間をグルっと見渡す。視界内には誰も居ないが、戦いの痕跡が認められる。
「ベルフィア、ここに誰か居ないか?」
ラルフの言葉にため息をつきつつ吸血身体強化を発動する。探索能力に特化させ、仲間を探す。
「ぬっ?そこノ陰に誰か居ルぞ」
「分かった!」
ラルフはベルフィアの指差した焦げた机の陰を見に行く。そこにはボルケーノウィッチがフレイムデーモンを膝枕している不思議な光景があった。
どちらもボロボロで、体の所々に大穴が開いている悲惨な状態。やっとのこと臓器に空気を取り込むような呼吸で意識を保っているのは寝転がるフレイムデーモン。ボルケーノウィッチは静かに座り込んでいる。
「どど、どうした?!ケルベロスにでも蹴られたか?!」
ラルフの焦りようにぼんやりとした目を向けるフレイムデーモン。
「ゼーハー……ゼーハー……うるせぇ……こちとら死に……ゼーハー……死にかけてんだよ……ゼーハー……ほっとけ……」
フレイムデーモンのテノスは息苦しそうにラルフから目を逸らす。じっと座ってテノスを見下ろす姉のティファルと目を合わせた。
「ふふふっ……ふははっ……ゲホゲホッ……はぁっはぁっ……あん時とは逆だな……姉ちゃ……ゴホッゲホゲホッ!!」
もうまともに息も出来ない。だが必死に声を出して最期の言葉を紡ぐ。
「……はぁっ……ぶっ殺したかったなぁ……あのクソ野郎……ゴボッゴブッ……」
タールのような黒い液体を流し始め、チリチリと燃えていた体も鎮火していく。
「ラルフ、もう其奴はダメじゃ。如何しヨうも無い。それヨり、生きていル仲間を探すノじゃ」
「……ああ、そうだな」
ラルフは自分の目の前で死にゆくテノスと、既に事切れたティファルを交互に見て目を伏せる。現在回復薬などを持ち合わせていない上、魔法も使えないラルフでは致命傷のテノスを助けることなど出来ない。ベルフィアの言う通り、まだ生きている仲間を探すべきである。
スッと立ち上がって踵を返す。敵に背を向ける行為は、背中を撃ってくださいと言っているようなものだが、そんなことに最期の力を回すような奴では無いことを直感的に悟った。姉を看取り、次はテノス自身だ。うつらうつらとまどろみに身を浸すように静かに逝って欲しいとラルフは願った。
「……よぉ」
掠れるような小さな声だが、ラルフは聞き逃さない。肩越しにテノスを確認する。
「……ブレイドによぉ……また戦ろうぜって……」
それ以上続くことはない。ゴボッと液体が溢れ出てそれっきり……。
「……分かった伝える」
二度目の死。神に弄ばれた悲運。彼らの魂が浮かばれることを祈る。
もう振り返ることはない。ラルフは走って大広間から出る。廊下に出た二人はどこに行けば仲間に出会えるのかと迷う。
「アスロンさん!何処だ!!アスロンさん!!」
声を張り上げるも虚しく響くだけ。真っ暗な廊下だけがその存在感を見せつける。魔力供給が為されていない現状、ホログラムを投影することも出来ない。
「チッ!中枢をやられたか!?これじゃ余計な時間を食っちまう!」
テノスとティファルが大広間にて倒された。だとするなら、戦っていたであろうブレイドの傷の具合が気になる。アルルが回復魔法を使用しているだろうから実質無傷かもしれないが、万が一別行動を取っていたらと思うと気が気でない。
「ここは手分けして探した方が良さそうだ。ベルフィアは居住エリアを探してくれ!俺は鍛冶場経由で制御室に行く!」
「ぬっ?何故制御室に?」
「気になることがあんだよ!それに制御室方面にも誰か居るかもだろう?誰かと合流したら転移魔法で先に出ててくれ!俺は俺で何とかする!」
ラルフはそれだけ言うと走り出した。ベルフィアはこの有無を言わせぬ決定に一言物申したい気持ちになったが、既に走り去ってしまったラルフを止めることは出来ない。諦めてラルフとは逆方向に走り出した。
ベルフィアの進む方角では、割りかしすぐに出会いがあった。
「あれ?あんたってさ。確か吸血鬼だっけ?」
竜魔人ノーン。ケルベロスにちょっかいをかけたが、結局何にもならなくて要塞内に逃げてきたようだ。
「そう言うおどれは竜魔人ノふりをしとる別ノ何かじゃノぅ。そノ殻は快適かえ?」
「へぇ?心と体の違いが分かるっての?凄っ。私そういうのも欲しかったよ」
「ふんっ。無い物ねだりは辞めて、今を楽しく生きルんじゃな」
ベルフィアはそう言うとノーンの脇を抜けて先に進もうと試みる。
「え?待って待って、そんだけ?私は敵だよ?戦わないの?」
「必要ない。そも、そんなもんに時間を使っとれん」
見向きもしない姿勢で立ち去ろうとしたが、途中で足を止めた。
「……そちも来い」
「……はぁ?」
「妾に協力すルならここを墓標にせんで済む。それとも何か?ここで死ぬか?」
ノーンは唇を尖らせながら黙る。逡巡の後、戦うことは一旦置いといて、ベルフィアについていくことに決めた。




