第四十二話 油断が死を招く
ゴゴォン……
要塞が傾き、水平だった床が瞬時に坂へと変わる。つい先ほど武装したデュラハン姉妹と合流し、辿り着いた制御室で、破壊された制御装置を見つけたアルルたちは困惑気味に辺りを見渡した。
「こ、この傾きは何ですの?!」
メラは大声で疑問を呈す。すぐさまアルルが回答する。
「多分、制御装置が壊れたから……傾いたんだと思います!」
「グゥッ……!ソレ!修理出来ルノ?!」
足場が急激に傾いたせいで今にも転げ落ちそうなジュリアは、爪を立てて何とか踏ん張る。シャークとリーシャはすぐさま剣を床に突き立てて転けないように支える。
「えっと……無理です!!」
アルル即答。考慮すら放棄したアルルの姿勢に総ツッコミが入る
「早っ!」
「ちょっ……答え出すの早過ぎでは?!」
「エッ?!ソンナ直グニ分カルモノ?!」
「嘘ですよねぇ!?嘘ですよねぇ?!」
要塞は唸るような軋む音を鳴らしながら、今はまだ浮いている。いつ墜ちるやも知れない状態に皆パニックに陥っているようだ。
「落ち着いてください!そう簡単には墜落しませんって!……多分!!」
アルルにはこういう無責任なところが多々ある。それを旅の中で知っている面々は、アルルの「簡単に墜落しない」という言葉には懐疑的だ。みんながパニックになっている中、アルルは槍に語りかける。
「……おじいちゃん、何があったの?どうしてこんなことになったの……?」
アルルの疑問、困惑、恐怖、焦り。諸々の思いを感じ取った槍は、刃に嵌め込まれた宝玉を光り輝かせる。突然のことにアルルは驚愕が隠せない。
魔槍マギーアインス。
大魔導士アスロンが最後に製作した魔道具。まるで蛇のように畝り捩る。武器というよりは、まるで生き物のように動き回る。その秘密は槍に嵌め込まれた宝玉にあり、製作者本人であるアスロンの記憶を刻み込んでいる。
光はアルルたちを囲い、魔障壁を形成した。浮遊魔法を重複しているので、全員が要塞の傾きから解放された。最初こそ驚愕のあまり空中で泳いでいたメラたちも、徐々に冷静さを取り戻す。墜ちるかも知れない危機から脱した7人は、今後のことを考えるために顔を見合わせた。
「ん?あれって……」
そこで制御室の端に寝転がる小さなゴブリンの姿を見つけた。
*
静かに怒るミーシャと、怯える巨大生物ケルベロス。
両者の大きさは指人形と大型犬くらい差があるが、力は指人形の方に分がある。粗相をして、叱られ待ちの飼い犬と化したケルベロスには、最早敵意は存在しない。
「あれだけ賢かったケルベロスに何があったのか……?どうして急にでかくなった?外部からのちょっかいか?いずれにしても罪は別のところにありそうだな」
まさか「興奮して」とか「遊びで」とかではないだろう。退っ引きならない事態に、自分の命を守るため巨大化したのが事の顛末であろうと確信する。ラルフの結論、ケルベロスは悪くない。
「いいや、何であれ巨大化は恥ずべきことじゃ。こうして被害が出とルしノぅ」
ベルフィアのブレない発言には安心感すらある。これにはイミーナも賛同のようで、仕切りに頷いていた。
「落ち着けって。これは多分侵入者の仕業だ。となればケルベロスに構っている暇は無いぜ?ブレイドたちの方が心配だし……」
要塞の破損よりも仲間の安否を最優先に行動するのが取り纏め役の仕事。ラルフは新たな次元の穴を用いて要塞内に入ろうと試みる。しかし、それに待ったを掛けたのはイミーナだった。
「ん?あそこに居るのは……どなた?」
イミーナの指差した方角、要塞の上の方に鎖まみれの男が座っている。
「あれってトウドウさん?」
「ああ、間違いねぇ。つーことは侵入者ってのは……」
ラルフたちの間だけで自ずと出る答え合わせ。そんなラルフたちなど視野に入っていない藤堂は、ため息をつきつつ呆れた顔を見せた。
「……なんで殺しきれないんだよ。ったく強いんじゃ無いのか?」
後頭部をボリボリ掻きながら、意を決したように立ち上がる。同時に鎖が長く伸びて弛み始めた。
「無限に伸びて、切れても再生する鎖。着けられた当初は邪魔で仕方なかったんだがなぁ……」
ブワァ……
藤堂が鎖を投げ、彼岸花型の要塞に巻きつけていく。花びらの如く無数に配置された建造物を鎖で雁字搦めにし、外れないことを確認すると、藤堂はケルベロス目掛けて飛びついた。
その鮮やかさは見事と言う他ない。ケルベロスの巨大な体に瞬時に鎖を巻き付けて要塞とドッキングさせてしまう。まったく動けなくなるケルベロス。
「え?何やってんだよトウドウさん?」
その質問が届いたように藤堂は独り言を呟いた。
「一緒に墜ちようなワン公。なぁに、苦しいのは一瞬だけさ。大丈夫だ。途中までは付き添ってやるから……」




