第二十話 おはよう
「俺に時間頂戴」
とにかく整理したかった。目の前に座る、卑猥を絵に描いた女は運命の糸がどうたらと言っていた。何が言いたいのか?つまり仲間に加わりたいと言うことなのか?
チラリとサトリに目をやるが、ニコニコしているばかりで他に反応はない。心が読めるので、この頭で考えた事も筒抜けのはずだが、答えてはくれない。つまり質問されるまでは答える気は無いと、そう言うことだろう。
しかし昨今の、このなんとも言えない事態は何が起こったと言うのか?随分前にも何度となく死にかけたわけだが、こんな手合いには一度たりとも会ったことがない。助けてしまった魔王と、追従する吸血鬼、そして、そいつらのいざこざをミックスにした想定し得ない暴力の渦。一匹狼を気取っていたあの頃が懐かしい。
人と付き合えないわけではなく、煩わしくて、遠ざけてきたあの日々。
寂しい時も、人恋しい時も何度かあったがそれ以上に、金がかからず、自由に移動が可能で、居たい場所に、居たいだけ居られるのは自分の中で手放せないステータスだった。そうして永らく一人旅を続けていると、人との接し方を忘れる事があった。ならば、無理に接する必要などない。どうしても必要な時に、必要な分だけチームを組む事で、安上がりの編成をする。そういう黄金比に近い自分ルールが最近、壊れ始めたというか、考える事が急激に増えて頭が熱暴走しそうだ。
『まぁそう考えなくても、簡単な話ですよ?私は貴方様がたの仲間に組み込まれたいのではなく貴方様に私の存在を認知して欲しかったのです。……ただ、それだけです』
つまり一目会うために、呼び出しただけだとそういう事らしい。そういう事なら別に拒む理由などない。「仲間に加えろ」ならミーシャとベルフィアの許可なく入れる事は難しいだろうし、自分の気持ちに出来るだけ正直に生きたいというのにも配慮できる。サトリのアンニュイな顔には他の事もありそうだが、あえて無視をする事にした。
「じゃあ、俺に会った事で、その願いは叶ったな。良かった良かった!めでたしめでたし!」
ラルフは両手を広げ、スッキリした顔をしている。しかしその反面、サトリは笑顔だが無言でラルフを見つめる。
「……なんだ?何か言いたい事でも?」
『いいえ。ただ……』
そこから黙ってしまう。
「……なに??」
サトリはさっきまでの余裕ある感じとは裏腹に、逡巡している。伝えるべきか否か精査しているのかもしれない。
「んん~……まぁいいか」
ラルフはサトリの顔を覗き込んで待っていたが喋りそうにないので、諦めることにした。気にならないかと言われれば嘘になる。でも、喋りたくないなら無理に聞く事はない。そんな事より気になることがある。
「ミーシャはどうしてるんだ?アルパザの連中や、ベルフィアの現在も知りたいんだけど……」
『貴方様の仲間、特にあのお二方は死ぬなどあり得ぬ事……無事です。アルパザの住人たち、および騎士たちに関しては……諦めてください』
想定通りだ。当然の事ながら人間には荷が重い。自分を含めた雑魚はやはりどうしようもない。あの場で生きて帰れる人間は団長だけだ。いや、リーダーもいけるか?いずれにしろその程度だ。
「うし!まぁ俺も辛うじて生きてたみたいだし、そろそろ行くよ。帰り道はどこかな?」
ラルフは立ち上がりキョロキョロしている。
『どうぞ、こちらです』
サトリは自身の太股を叩く。肉付きがよく、気持ち良さそうな太股に視線が行く。出来れば寝転がりたいが、冗談だろうと思い、後ろを振り向いてみたり左右を確認する。
『おや?お帰りになりたいのでは?それとも、もう少しお話でも致しますか?』
「だから、帰るってば。どこ行けば良いの?」
ラルフの問いに答える事なく、また太股を叩く。ペチペチという高い音で小気味良い。そこでハッと気付く。
(もしや、膝枕しないと帰してもらえない?)
一体、どんな趣味をしているのか。「ここを出たいなら私を満足させろ」とでも言いたいかのような傲慢さを感じる。
(けしからん女だ!)
と考えた時には既に膝の上にいた。してもらえると分かった途端に滑り込んだ。
(はぁ~……スベスベで冷たくて気持ちいい……)
可愛さと綺麗さを兼ね備えたレベルの高い顔と風俗のお姉さんのような出で立ちで、膝枕のオプションとか料金は幾らだよ。とか思いつつ、膝枕の気持ち良さを堪能する。サトリはさらに頭を撫で始めた。幼少期に戻ったような安心感を感じる。
(いや、流石に恥ずかしいな……)
思ったより脱力出来ず、顔も赤くなる。調子にのって頭を乗っけたが、正直頭を撫でるのは勘弁願いたい。
「なぁ、サトリ」
視線を上げた時、サトリは口許に人差し指を当て「静かに」とジェスチャーする。ラルフは戸惑いながら、身を委ねる。
(まぁ、サトリ次第だしなぁ……)
ここを出る術が分からない以上、単体ではどうしようもない。その内、気持ちとは裏腹にウトウトしてくる。「ヤバい」と思いながらも、我慢が利かない。その間も、子供を寝かしつけるように頭を撫で続けるサトリ。
「サトリ……それ、ヤバい。止めてくりぇ……眠く……なって……とまら……早く……帰らにゃいと……」
もう呂律が回らなくなってふにゃふにゃしている。しかしお構いなしにラルフを寝かしつけようと撫で続けるサトリ。
『大丈夫ですよ。このまま寝て下さい。目が覚めれば元の所にいます。安心してお眠り下さい』
「君は……何者……なんだ……?」
瞼が下がり今にも閉じる寸前だ。膝枕に興奮気味だった気持ちも、心地よさに眠気が勝ち、性欲は負ける。
『私は……何でしょう?死神でしょうか?ふふっ……何とでもお呼び下さい。私は貴方様の傍でいつでも見守っています』
「し……が……」
そこで意識が飛ぶ。
暗い闇の中、泥の中に沈んでいく。
悪くない。
息が出来ているのに全身が包まれているこの不思議な感触は、今まで感じた事のない初めての体験だった。
目が覚めると、まだ暗い夜の闇。燃える草原の一区画に、金髪の褐色美女がラルフの傍で様子を見守っていた。先の美女に比べたら、まだ幼さが残る顔だが健康的で、快活そうなこの女性の方が好みだった。
(あれ?さっきの女って……名前は何だっけ?)
夢から覚めて、その夢を忘れていくかのように薄れ行く記憶。そんな記憶は元から無かったように消え去り、「まぁいっか」の精神で満たされる。
「ラルフ?」
薄ぼんやりとした視界にミーシャの顔が現れると安心した。怪我がなければ疲れてすらいない。流石と思いつつ辺りを見渡す。血の臭いと独特の酸っぱい臭いが充満するこの地に、死体が散乱している。ミーシャの手にはアルパザで仕入れた、大量の回復材の空が握られていた。ミーシャに回復させられたらしい。これでお相子だなと思いながら冗談混じりに声をかけた。
「おはよう……よく眠ってたか?」
ミーシャはラルフに飛び付いて号泣した。