第三十九話 亡者共の進行
ロングマンはトドットとパルスを引き連れて、黙々と廊下を歩いていた。一切迷いなく歩いているように見えるが、今どこを歩いているのか全く把握出来ていない。チラチラと周りを見ながら進んでいるが、どこも同じような景色でよく分からない。
トンットンッ……
そこへ態とらしく音を立てる猫のような魔獣の姿が廊下の隅にちょこんとあった。猫から発せられる気配を感じ取り、ロングマンは顔をより一層引き締める。
「お前……神だな?名は?」
『……ミネルバ』
名を聞いた途端にフッと険が取れる。
「ああ、何だお前か。人の姿にならんとは余程の物好きと見える。……ネレイドはどうした?奴は一緒ではないのか?」
その質問に答えることはない。ミネルバはスッと踵を返すと、数歩先に歩く。一見、退屈したから移動したように見えるが、そのまま行ってしまうのではなく、ロングマンたちを気にするように仕切りに振り返る。
「ん?ついて来いというのか?」
ミネルバに案内されるがままに歩き、要塞内をしばらく移動する。ミネルバはある部屋の前でカリカリと扉を引っ掻いて見せた。
「……ここに目当てのものがあると?」
ロングマンが探していた、八大地獄を表す物。それは地獄の名を冠した武器である。ミネルバの行動から察するに、おそらくこの部屋の中に武器が置いてあるのだ。
「パルス」
呼ばれた彼女はダルそうに扉の前に立つ。そして物乞いをするように手の甲を下に、手のひらを上に差し出し、一言呟いた。
「……おいで……阿鼻」
パルスが呼んだ直後、要塞の壁を物ともせずに大剣がやってくる。目の前の部屋から扉を突き破って大剣がパルスの手に収まる。それを見たロングマンは、自身の武器がここにあるのだと確信し、早速部屋に侵入した。
*
「いやぁ……待機しといて正解だったねぇ。私まで行ってたらぁ、もっと酷いことになってたかも?」
「正解?失敗の間違いだろ?何せ、ここで命を落とすんだからな……」
エレノアと相対した二人。会話が途切れるのと同時に、真っ先にテノスが仕掛けた。
ゴゥッ
フレイムデーモンとして蘇ったテノスのなぎ払いは業火を纏い、触れるものを焼き尽くす。防げば焼け爛れる一撃だが、エレノアのバックステップで難なく回避される。続けて二度、三度と攻撃を仕掛けるが、回避に専念されて当たることはない。
「なーに遊んでんのよっ!」
見兼ねたティファルは手をかざして火炎放射を放った。「ドラゴンの息」とも呼ばれるボルケーノウィッチの得意技である。
流石にバックステップでの回避は難しいと判断し、光の速度でティファルの背後に回り込んだ。エレノアは雷のエレメントを最も得意とするスピード重視の魔族。第一魔王”黒雲”の娘である彼女の実力は、歴代の全魔王を並べてみても上から数えたほうが早い。
驚いたティファルだったが、直後に髪を振って攻撃する。美しく光る髪の毛は一本一本が熱を帯びているので、触れただけで火傷は免れない。鼻筋に当たる直前、かなりの熱を感知したエレノアは一歩引き、紙一重で避けることに成功した。
「チッ……ちょこまかと鬱陶しい……」
「避けずに戦いなさいよ!」
テノスとティファルは大広間にある机や椅子を燃やしながらイライラを募らせる。
「あっあー……それやめてくれるぅ?朝ごはんを床で食べることになっちゃうから」
エレノアの指差した椅子を確認すると、テノスはおもむろに背もたれを掴んだ。凄まじい握力でメキメキと音を立てながら握りこむと、オーバースローでエレノアに投げた。まるで野球選手の投げた硬球の如き速度で、一直線に飛んでくる。
バリィッ……バァンッ
エレノアのかざした手から放たれた雷撃は椅子を四散させた。
「もぅ……許せないかも?」
「いいぞ!掛かって来いよ!軽くぶっ殺してやっからよぉ!!」
テノスの方向と共に体から炎が舞い上がる。ティファルも手に炎を溜めて、攻撃の機会を待っている。
回避に専念していたエレノアも、バチバチと全身に電気を纏わせ、戦闘モードに移行する。
「……そういえば、あと六人いるんだっけぇ?ここはさっさと終わらせて次に行かないと、ブレイドたちが危険な目にあっちゃうなぁ……」
その呟きを最後にエレノアから笑顔が消え、本気で潰すために動き始める。
もう彼らは、どこにも逃げることは出来ない。




