第三十七話 傍若無人-後
ブレイドはベッドの上で物思いに耽っていた。灯りも消さずにボンヤリ天井を見つめ、明日のことを考える。
『眠れないのか?』
少年姿の神”ネレイド”が声を掛けてきた。
「ああ、どんな敵なのか気になってな……」
『……寝不足、ダメ』
「そうだよブレイド。明日朝早く起きらんないよ?」
アルルと猫の姿をした神”ミネルバ”はすぐ眠るように口出しする。
「まぁでも分かるよ。神様が用意したって言う敵、ミーシャレベルで強かったらどうしようもないもんね」
「そ、それも一人や二人じゃなかったら……それを思うだけでも寒気がしてくる」
「夢物語デショ。ソンナ化ケ物ガ何体モ居タラ手立テナンカ無イワヨ?」
アンノウン、歩、ジュリアもこの話題に関心がある。みんな何かしらを考えて寝られないようだ。
「……あの、何で俺の部屋にみんな居るんです?」
部屋は狭くもないが広くもない。とはいえ6人と1匹が入れば狭く感じるのも当然のこと。
「え〜?暇だから?」
アンノウンは明け透けに答える。それに対しブレイドは苦笑気味。これにはアルルが素朴な質問をする。
「てかアンノウンさんってぇ、ラルフさんのとこに入り浸ってませんでした?最近全然行ってないような気も……?」
「えぇ?そういう言い方は誤解を招くなぁ……あ、嘘嘘。茶化しただけね。ほんと言うとミーシャに悪いかなって……二人の貴重な時間を潰すのもどうかな〜ってさ」
「ネェ貴女、最近女ヲ隠サナクナッタヨネ」
「ん〜……隠してるつもりはなかったけど?そうだな……気を張らなくなったってのが正解なんじゃないかな?」
すっかり女子トークの様相を呈してきた。この空気感について行けない歩と傍観するネレイド。ミネルバに至っては体を丸めてスースーと寝息を立てている。
そんな修学旅行の一幕のような風景にコンコンッとノック音が響いた。扉のすぐ側に立っていたジュリアが、片手で無造作に扉を開ける。入り口に居たのはデュラハン姉妹の一人、イーファだった。
「あら、皆様こちらにいらっしゃったのですか?」
「入ル?」
「いえ、結構です。ラルフが居るかと思ったのですが、居なかったようですね」
「ん?ラルフさんが部屋に居ない?」
「ええ、ちょっとお話ししたいことがございまして……大広間にも自室にも居なかったんですよ。ミーシャ様も見当たりませんし……特に急ぎというほどではないのですが、一体どこに行ったのでしょうね?」
*
「いやぁ〜、焦った焦ったぁ。見つかったのがゴブリンで良かったよ。確か、ウィーって言ったっけ?」
「ウィ!」
藤堂はウィーと手を繋いで歩く。ウィーとは洞窟で会って以来だが、顔を覚えてくれていたようだ。敵とは微塵も思っていない。むしろラルフを救ってくれた恩人と捉えている。
ウィーと共に向かっているのは制御室。無限のエネルギーを捻出する動力装置と要塞のデータ、そしてアスロンの記憶が集約された脳みその形の巨大な記憶媒体が鎮座している。
「ウィー!」
「へぇ……ここが制御室って奴か……?」
藤堂はキョロキョロと辺りを見渡す。ここは要塞の心臓。倫理観を無視した動力源を感心したように眺める。
「誰じゃ?」
足からスゥッと生えてきたように出てきたアスロンに目を見開く。
「凄ぇな。さっきのは新手の転移かい?」
「ん?そなたはもしかしてトウドウではないか?」
「おや?俺ぁあんたを知らねぇが……どこかで会ったかな?」
「ああ、無理もない。儂は別の形でそなたを認識し、一方的に知っておるだけじゃ。ご覧の通り既に体は無い」
「ご覧の通りっつったって……あ、本当だぁ」
アスロンの体に触れようと手を伸ばすが、触れることなく手は空を切った。何度か同じことを繰り返し、藤堂が満足した頃を狙って声をかけた。
「すまないんじゃが、ここはこの要塞の心臓部。部外者に入られては困るんじゃよ。ささ、出てってくれ」
「その前に一つ聞かせてくれ、あの脳みそは一体なんだ?この要塞の制御装置かい?」
「ん?まぁそんなとこじゃ。灰燼と呼ばれる魔王が組んだ術式がふんだんに使われておる。浮力、移動、攻守において隙のない魔法技術。迷彩魔法だけは残念ながら壊してしもうたが、これほどの魔法は流石としか言いようがないのぅ」
アスロンが肩越しに確認する。ホログラムの身であるアスロンのこの仕草は人間だった頃の名残だ。
「やっぱそうかぁ。そんな気がしてたんだよなぁ……」
「さ、もう満足したであろう?すぐさま退室を……ぬっ!?」
藤堂に視線を戻した瞬間、巻き付いていた鎖がビュルッと伸びた。ホログラムの空虚な体を貫通し、脳みそ型の記憶媒体に向かっていく。
バキュッ
凄まじい速度で放たれた鎖はでかい脳みそを貫通し、致命的な損傷を与える。
「ヴェ……ビビッ……何をす……ビッ……」
アスロンのホログラムにも乱れが生じ、音声もノイズが掛かったように途切れ途切れになる。これに驚いたのはウィーだ。ウィーは急いで藤堂の足にタックルを決める。
「ウィー!!」
「何をするんだ」とでも言いたげにぶつかっていったが、非力な体ではどうしようもない。弾かれて尻餅をついた。
(制御装置を徹底的に破壊して我らを救い出し、ケルベロスに攻撃を仕掛ける。無理やり戦闘形態に移行させ、暴れさせれば要塞が墜ちる要因となったのは犬のせいだとなる」
ロングマンの言葉を思い出してニヤッと笑った。
「責任転嫁の被害者面ってかぁ?後は頼むぜ?八大地獄」
術式を組んでいた記憶媒体が破壊され、魔法が維持出来なくなる。最も早く切れるのは小さな事柄だ。明かりが消え、魔障壁も消える。浮力は個別の術式があるため、直ちに墜ちることはないが、深刻すぎる自体だ。
魔障壁の消え去った部屋。8人が収容されていた扉がほぼ同時に開いた。
「さぁ……祭りの始まりだ」
ロングマンは開口一番焚きつける。作戦の遂行、完遂を願って……とりあえず大広間を目指した。




