第三十二話 挑発に次ぐ挑発
(あっぶねぇ〜……けど何とかなったな……)
ラルフは内心焦り散らかしていた。通過出来るかどうかも定かでない障壁への突撃。格好つけた割に、弾かれ、転んで、全てが台無しになっていたら……無様を通り越して憐れになる。
自分だけではない。ミーシャが最も可哀想だ。啖呵切った挙句、何にもなりませんでしたでは死んでも死に切れない。
「き……貴様ぁ……!!」
ゼアルの怒りは計り知れない領域に突入していた。ビキビキと音を立てて強張る筋肉、そして浮き出る血管。プルプル震える剣を握りしめた右手。
自分より遥か格上を倒せる特異能力を手にしたゼアル。そんな彼に訪れた悲劇。
「へへ、どうだ?ゼアル。侵入してやったぜ」
誇らしげに踏ん反り返るラルフ。ゼアルはその言葉に弾かれたように剣を構える。
「最大にして最期の時を……貴様は踏みにじった。100回殺しても殺し足りんぞ!!」
「うひ〜っマジでキレてんな。怖い怖い」
ラルフは煽るようにおどけてみせる。どこまでもおちょくる姿勢はゼアルの神経を逆撫でし、冷静な判断を失わせる狙いがある。ゼアルの目が血走って来たところで背後から声が掛かった。
「ラルフ、妾も混ぜヨ。ここで見ていても面白うない」
ベルフィアが加勢に入ろうとしている。イミーナはどこ吹く風なので、ラルフが次元を開けば確実に一人敵が増える。それも吸血鬼が来るとなると面倒この上ない。
「ならばこちらも人員を増やすまでよ!」
ジャッジメントの範囲を拡大させ、部下を取り込めば、全員がゼアルの能力を獲得出来る。敵も同じ力しか出せないことを考えれば、数が多い方が有利である。
「おいおい、そう焦んなよ。こっちは増員するつもりはないぜ?」
「……ん?」
「何じゃ?どういうことじゃ?」
これにはゼアルもベルフィアも訝しむ。ラルフは続けた。
「俺の能力とあんたの能力、どちらに軍配が上がったのかは今分かったはずだぜ?もっと分かりやすく言えば、俺は戦うことも逃げることも自由に行えるってことだ。次元に穴開けちまえば良いんだからな。そっちがどれだけ増員しようが、しなかろうが関係ない。何せ俺が選択するんだからな」
その通りだ。ラルフがゼアルの領域に侵入出来た時点で勝負は見えた。ここからミーシャを連れて逃げることも容易に出来る。
「逃すと思うか?!それならば解除するまでだ!!」
「その時は私が相手だ」
ラルフの隣にミーシャは並んだ。詰んでいる。今一度確認のために状況を整理すると、ラルフがゼアルの領域に侵入出来た時点で勝負は見えていた。これこそが揺るがぬ事実。
(どうする?ジャッジメントを解除してあの女と戦うか?絶対勝てる方策を捨てて?……多くの神が私に力を与え、この世に並ぶ者が居ないとまで思わされた最強の肉体。それでようやく互角にまで持ち込んだのだぞ?イビルスレイヤーが効果をなさないため決定打を与えられず、魔力を十全に使える化け物とまた戦うのか?)
かと言って、この場で戦うことを選択したならラルフはミーシャを連れて逃げ出す。今ここで睨み合っていてもラルフたちに得がない。ではどうしてまだ逃げようとしないのか。
「……追い詰めたつもりか?私を仕留められると思っているのか?」
「案外簡単じゃねぇかな?ほら、イルレアンでの一件を思い出しなよ。あん時、あんた一撃で沈んだくせに……」
苦い思い出を掘り返されて苛立ちはさらに募る。
「なぁゼアル。こいつは一つ提案なんだけど、俺と一騎打ちの勝負をしよう」
「何?」
「ここで俺はミーシャを連れて逃げ出せる。でも敢えてそれをしないのは、ここいらで終止符を打とうって魂胆さ。あんたと俺の戦いに決着を付けようぜ」
決着。イルレアンでの勝負を思い出せば、ラルフの勝利であることは誰の目にも明らかだった。その後ラルフと相対しても、強者という壁に阻まれて攻撃に転じられなかった。ゼアルは何度も敗退している。結果的に勝負の面でもラルフに負けている。であるならば、ラルフの言う終止符とは……。
「……命を賭けた勝負。私と貴様のどちらが死ぬかのデスマッチということか……?」
「そうだ。誰にも邪魔されない、公平・公正な戦い。正々堂々、一対一で戦うってのはどうだ?」
「ちょ、ちょっとラルフ」
ミーシャの頭をポンポンっと叩く。
「……何を焦っているんだミーシャ?俺は負けないよ。こんな奴、すぐにぶっ飛ばすぜ」
ラルフはどこかで聞いたようなことを言ってミーシャにウインクした。
「……良かろう……。その勝負、乗ろうじゃないか」
ここにラルフとゼアルの一騎打ちが始まる。




