第二十五話 一方的な条件
──30分前──
『あっ、おかえりにゃさーい』
アルテミスは肉体が再生成されたユピテルに気さくに話し掛けた。
空中浮遊要塞の魔力砲により肉体を消滅させられ、あえなく戻って来たユピテルだったが、その顔には怒りも憎しみもなく、いじけたような幼い表情をしていた。
『どうした?奴らのところに行って来たのであろう?何か収穫はあったのか?』
『うわっ酷いにゃ〜。こんな調子で戻って来たのに、収穫なんてあるわけないにゃ。ネレイドは悪い子だにゃ〜』
ケラケラと笑うアルテミス。流石に怒り出しそうだが、それを真摯に受け止め、反省の色を見せた。
『面目次第も無い……』
これには馬鹿にしていたアルテミスも口を噤む。挑発に乗ってくれればおもちゃにも出来たが、簡単にやられたのが相当ショックだったと見える。
状況を問い正したところ、ミーシャと相対すらしていない。余所見していて要塞の魔力砲にやられたというのだ。サトリの介入も相まって、視線誘導をされたとはいえ、かなり不甲斐ない結果だ。落ち込むのも無理はない。アルテミスも少し前の戦いにて、油断した一瞬を狙われたことを思い出し、ユピテルを責める気にもなれず勝手に不貞腐れる。
いや、これはアトムにも刺さることであり、いつもは水を得た魚の如く声を張る二人が、一貫して黙ることになっていた。
『……流石に良い設備を持っているわね。第六魔王”灰燼”と言ったかしら?あれを作成したのは』
『……そうだよ』
エレクトラの言葉にミネルバは反応する。そこに苦虫を噛み潰したような、心の底から嫌そうな野太い声が響く。
『あの船の動力は自然を馬鹿にしている。倫理に悖る、最低最悪の船である』
自然を愛するバルカンは調和を愛する。自然の摂理こそ尊く、不必要な変化を望まない彼は、思想こそ本来あるべき環境活動家のように立派だが、現実は成り行きに任せる日和見主義。この局面において、未だ肉体の生成すらせず、他の神たちに苦言を呈している。
だが、空中浮遊要塞スカイ・ウォーカーの存在否定は他の神たちにとっても不愉快な船なので、そこだけは何とか一致した。
『彼岸花というのも具合が悪い。ここは一つ全員で落としにかかるというのはどうか?』
アトムは神総出で潰すことも提案する。しかしこの案には難色を示す。
『ううむ……それは一見いい案だが、問題はサトリの動向だ。ラルフの片棒を担いでいるのが同レベルの存在である以上、必ず何らかのアクションは見せるだろう。アシュタロトならばどうとでも丸め込めるが、相手が……な』
『何の!サトリ程度ぉ〜……!何て言えないにゃ。ミーシャという化け物をコツコツひとりで作ってたような奴にゃ。もしもの時には何かの罠が飛び出してくるかもしれないにゃ。面倒な話だにゃ……』
『弱気な。それでは奴らが図に乗るだけだぞ?何とかして、どうにかしなければならん』
『……ん?何?何か言った?あまりにフワッとしてるから首を捻ったちゃったわよ』
どうにもならない話し合いを黙っていたイリヤが纏め始める。
『つまりは「サトリの介入なく、ラルフ一行に大打撃を与える方法」ということですわね?』
『……言うは易し、行なうは難し』
『あら、そんなことはありませんわ。八大地獄というカードが封じられた今、動かせる手駒は一つ。彼に働いていただきましょう』
『しかし、あれは空を飛べん。どうしようというのだ?』
『下ろせば良いのです。対等な立ち位置ならば、どうにかなるのでは?』
*
大広間に通された神たち。ラルフが中心にドカッと座り、周りがいつでも動けるように、ある程度の距離を開けつつ待機する。
男ひとり、少年ひとり、猫一匹。本当に神かよ?と思わされるが、油断ならない相手だ。何か起こる前に全力で叩き潰すのも視野に入れて牽制している。それを肌で感じる神たちも、ラルフたちも、とりあえずお互いに簡単な自己紹介を済ませて本題に入った。
『其らの行為は目に余る。これ以上看過することは出来ない』
「ほう?俺たちはお邪魔虫か……つっても今更自制するつもりもないぜ。あんたらがちょっかいを掛けるなら、俺たちはそれに抗うだけだ。放っておいてくれると助かるんだが?」
ラルフはいつものように上から目線で挑発を行う。もはや伝統芸と化している返事にネレイドは頷く。
『なるほど、ならば決着をつけよう。吾らの用意した戦士に勝つことが出来たら手を引こう』
「負けたら?」
『死、あるのみ』
「重っ……。受けるかどうかは置いといて、とりあえず聞いときたいんだが、誰が相手をするんだ?」
少年の口元がニヤリと歪む。
『それは……行ってからのお楽しみというもの。……サトリ、居るのは分かっている。出くるが良い』
ネレイドは虚空に話しかける。するとすぐにラルフの背後から姿を現した。
『はい?なーんて。ふふ……あなたとミネルバが出て来るとは思いませんでした。ユピテルさんが来た時点でアルテミス辺りが来ると踏んでいましたが、戦闘をしに来た様子でもありませんね。何の用でしょう?』
『前にも言ったが、サプライズを用意している。せいぜい楽しむが良いと言いたかっただけだ。もう消えてて良いぞ?』
「ん?失礼な奴だな。私が引導を渡してやろうか?」
ネレイドの強い言葉に反応するミーシャ。ミーシャに呼応して周りも戦闘態勢に入る。ミーシャのは単なる脅しだろうが、全員が戦闘モードに入った以上はシャレになってない。
「待った、焦るなミーシャ。サプライズと聞いたら流せないな、どこに行けば良いんだ?」
『吾が案内しよう。ミネルバも手伝うと言っておる』
『我は戻る。後は頼んだぞ』
ユピテルは面白くなさそうに席を立つ。最初の威勢と違って消極的になった。負けたのがよほど堪えたと見える。アイリーンとリーシャに見送られて出ていくユピテルの後ろ姿をしばらく追った後、ネレイドと名乗る少年に視線を戻す。
「ということはしばらくこの船に乗るということか。よろしくなネレイド。あ、他のみんなも自己紹介しとくか?」
突然ひょうきんな顔になって、抜けたことを吐かすラルフ。面食らったネレイドだったが、すぐに調子を取り戻す。
『食えん男だ。サトリが気に入ったのが分かる』
『……でも敵』
『そうだな、ミネルバ。緩めることは出来ん』
ネレイドとミネルバのふたりは改めて気を締める。しかしそんな覚悟などすぐに崩される。
「うわっ!猫が喋ってる!」
「めちゃくちゃ可愛い!」
アルルを含めた女性陣は喋る猫に釘付けだ。ネレイドとミネルバはしばらくの間、この要塞のアイドルと化す。
ラルフは困ったような、それでいて諦めているような微妙な顔でネレイドに質問する。
「あ、えっと……腹とか減ってねぇか?とりあえず飯食っとく?」




