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第二十一話 絶対的で圧倒的な力

 実力の開きとは嘆かわしいものである。

 よく例えられる一例として体格が挙げられるだろう。クジラとオキアミ、象と蟻といった物理的に到底埋められない差だ。距離を含めた月とスッポンなどは有名な文句だ。

 では八大地獄はどの立ち位置なのか。一般人と比べれば、強者を誇れるだろう。魔族でも中級までの魔族であればどうとでもなる。上級から魔族の強者になれば、ほぼ互角といったところだ。つまり上から数えたほうが早いくらいの強者なのだ。


 ならばミーシャはどうなのか。



 ティファルの鞭に絡め取られた刀がロングマンの手に渡る。ラルフが一人で出てきた段階から罠であることを察していたメンバーは、ロングマンの言動に注視しつつ、周りを見渡していた。

 既に包囲されていることは予想がついている。火の揺らめき、草や木の陰など、生き物の気配や怪しい部分が無いかを(つぶさ)に探す。もし今、魔力砲が飛んできても対応出来る。


「掛かって来いよ……ぶっ殺してやるぜ?」


 テノスは舌舐めずりをしながら敵を待つ。いつでも掛かって来いとするのはブレイドとの因縁のせいだ。自身が殺された経緯のある最大の敵に警戒を示すのは当たり前だ。

 テノスに限らず、ティファル、ノーン、さらにはジョーカーとも関連があり、どれほどブレイドが八大地獄との戦いで活躍していたかを窺い知れる。ジニオンは断然ミーシャだ。トドットに至ってはジュリアに追い詰められている。

 白の騎士団は確かに脅威であったが、ラルフのメンバーを考えれば危険性は下がる。ここを突破、あるいは勝利出来れば、もう怖いものはない。ここを突破、あるいは勝利出来れば……。


「何か魔族もいるんだけど?全員”八大地獄”で良かったの?」


 背中を預けあい、誰もが警戒を怠らなかったはずのこの場において、背後を取られるなど考えてもみない。「いつの間に」と言う言葉すら出ない。突如何の前触れも無く姿を現したミーシャに、驚愕と脅威と恐怖が綯い交ぜになって頭が真っ白になった。


「えっと、殺しちゃっても良かったんだっけ?」


 ミーシャの首を傾げる行為にテノスはキレた。


「やってみろやオラァッ!!」


 フレイムデーモンであるテノスの体からは一気に炎が吹き出す。テノスに触発されたティファルも体から蒸気を発生させ、戦闘態勢に移行する。ジョーカーは短剣を抜き、ノーンは槍を構えた。


 ドンッ


 テノスの体が宙に浮く。何をしたのか、ティファルをして目が追いつかなかった。手が早すぎて残像すら追えない。「え?」と肺から空気が抜けるが、次は自分であることを知り、鞭を振ろうと手に力を入れた。それが間違いだ。敵意、殺意は闘争という獣の餌である。


 ゴッ


 ティファルの攻撃が成立するよりも先に、ミーシャの右拳が彼女の顔を殴る。5mふっ飛ぶのを横目に、ノーンとジョーカーは一斉に攻撃を仕掛けた……。


「なるほどね。俺はあいつにぶっ飛ばされたのか……」


 地面に埋まるノーンとジョーカー。すぐに交戦を仕掛けた四人は瞬時に倒された。ジニオンはその目に喜悦を湛える。強者との戦いは願ったり叶ったりだ。それも前回はよく分からない内にぶちのめされたが、今はそんなことはない。油断なく戦いを満喫出来る。


「……やめよう……ジニオン」


「あぁん?!」


 せっかくの戦いに水を差した声に全力で反応する。しかし、その声の主がパルスであったことがジニオンの興奮を大きく削ぐ結果となった。それはジニオンだけではない。


「パ、パルス……お主……!?」


 トドットも握っていた杖を取り落すほどに取り乱す。パルスが戦闘において、メンバーの誰かを制止したのはこれが初めてである。


 八大地獄に勝ち目などハナから存在しない。ミーシャという存在はこの世界の絶対的”力”の象徴。上から数えた方が強さの順位が速いだけの連中に、ヒエラルキーそのものを飲み込む怪物に勝つことなど出来はしない。


 ラルフはそんな様子をロングマンと観測する。背後で起こっている事態に、ラルフの存在などすっかり忘れ、二人仲良く呆けて見てしまっていた。これから格好良く戦いが始まろうしている時の出来事だっただけに、肩透かしどころか不意打ちを食らったかのように不甲斐ない。


「……って、おいおい……作戦の「さ」の字も出来てねぇじゃん。ブレイドたち困惑してんだろこれ……」


 土壇場でアドリブを入れられたせいで、ラルフも困惑を隠せない。


「そんなことはないですよ」


 ラルフの右斜め後ろからブレイドがガンブレイドを構えて現れる。照準はもちろんロングマンだ。他にもアルル、ベルフィア、エレノアが顔を見せ、油断なく警戒している。


「おお!ブレイド!首尾はどうだ?」


「問題ありません、回収完了です。彼らに敵対の意思は見られず、こちらを全面的に信用しているようなので、そう難しくなかったようですよ?」


「まぁサトリもいるしな。当然と言えば当然か」


 ラルフが報告に耳を傾けている時、武装を解いたトドット、ジニオン、パルスの三人を見てロングマンはため息をついた。


「……お仲間は武器を投げたぜ?あんたはどうする?戦うってんなら相手になってやっても良いが……これじゃ不毛かな?」


 戦意喪失といって過言ではないロングマンの落ち込みっぷりに追い討ちをかける。ロングマンは目を瞑って今の状況の整理に入った。


(ケルベロスの討伐は出来ていない。次元渡りの正確な情報も無く、あの化け物に我らの半数を戦闘不能にされた……足掻いても無駄、か)


 ロングマンも納刀する。戦いは始まる前に終わっていたのだ。

 ミーシャが自由に動き回れる環境は彼女の独壇場。遊撃を任された彼女の前に戦争はない。あるのは一方的な蹂躙劇。

 ただ、それだけだ。

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