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第十八話 殺戮

 パアァンッ


 その音は小さく聞き逃しそうだが、ミーシャの耳にハッキリと届いた。「おやっ?」と思ってキョロキョロすると魔鳥人の何人かは下を眺めていた。その視線を追って目を移すと、真下に火がまき散らされ、地面が照らされている。


 そこにいるのは包囲網から離れた連中だろう魔鳥人が、火に苦しんでいた。その中心から外れた場所に地面に伏す魔鳥人とは違う人型がそこにいた。それを観察していると、魔鳥人が近くに寄り人型を踏みつけた。それを見ていたミーシャは、何故だか胸が張り裂けそうなざわつきを覚える。


 今、ラルフやベルフィアはあの町にいる。こんな平野まで出てくるはずがなく、ここで魔鳥人を抑えている限り、町が襲われる事はないはずだ。となればあの町とは関係のない人物が下で魔鳥人を相手にしている事になる。「自分と関係の無い人間(ヒューマン)が殺されようとかまわない」そのはずなのに胸が苦しい。自分がアルパザで受けた好待遇は自分をダークエルフと勘違いした町民による接待だがそれが温かかった。


 殺す事でしか尊厳を得られなかった今までと違って殺さなくても……むしろ、殺さない事を求められるこの場所が好きになりつつあった。ラルフが助けてくれなければ、死んでも生まれる事の無かった感情が、忠臣の裏切りによる心の穴を塞ぎ、ミーシャの心を満たしていた。


 その魔鳥人が人間(ヒューマン)を軽々と持ち上げ、炎で焼いている。ここまで悲鳴が聞こえてきそうなほど身じろぎしている様は、見ていて怒りが湧いてくる。今にも助太刀に体が動きそうになった刹那。その人間(ヒューマン)が小さな刃物を抜いた。光が反射し、きらりと光る小さな刃物はあの町で一緒に購入した格安のダガーを連想させた。


「ラルフ!!!」


 声に出た時、確信した。あれはラルフだ。ラルフが魔鳥人に攻撃され身動きもろくに取れぬ中、踏みつけられ顔を焼かれた。ただ居合わせた人間(ヒューマン)の可能性もあっただろうが、そんな可能性などチラリとも()ぎらない。

 ミーシャには一刻を争う事態だ。この場の魔鳥人の牽制など頭からすっぽり抜け落ち、真下に急降下する。それを止めようと魔鳥人が間に入るが、無意味だ。簡単に吹き飛ばされる。とにかく早くその場に行きたかった。ラルフの元に、自分を救ってくれたあの人の元に。


誰もが知覚する事の出来ない速度の中でラルフを見た。傷だらけで、また左腕が折れて、左の顔半分を焼かれ腹から血を流すラルフが地面に落ちる。ミーシャの中で知らない感情が燃え上がった。


 攻撃を受けた時とも、裏切られた時とも、好物を食べられなくなった時とも、嫌悪する相手を見た時とも違う。


 怒り、悲しみ、焦燥、恐怖、そして殺意。全てが綯交(ないま)ぜになって彼女は訳が分からなくなる。


 ラルフの近くにいた魔鳥人は左目から血を流し、退く。あまりの痛さに悶絶している。他にも火によるダメージや、目を擦る魔鳥人がそこらでラルフを取り囲もうと動く。


「お前らぁっ!!!」


 ミーシャはラルフ以外の場所に指向性の魔力砲を放つ。その光に包まれた魔鳥人は一切の例外なくこの世から消えてなくなった。倒れたラルフに近寄り、ミーシャはラルフを抱える。


「ラルフ!ラルフ、ラルフ!起きて!ラルフ!!」


 口から洩れるのはヒューヒューという息ばかり。顔が焼けただれ、右側の焦点の合わぬ目がミーシャを見ているように瞬いた。その口がほんのり口角を上げて、かすれる声で囁く。


(どうだ?見たか?俺だってこれだけ出来たんだ)


「うん!ラルフ凄いよ!人間なのに魔鳥人をやっつけたんだね!偉いよ!だから死なないで!!もっと褒めてあげるから!!死んじゃやだよ!!死んだら褒められないよ!!ラルフ!ねぇラルフ!!」


 必死に呼びかけるが反応がない。ただ息をしている事は分かる。このままでは死んでしまう。ミーシャには治す方法などない。治癒魔法なんて使えないし、どうすればいいか分からなかった。


 魔鳥人は何が何だかわからず見入ってしまう。下で人間を殺す為に抜けた部下たちが消し炭になり、魔王が動かなくなっている。これ幸いと追い打ちをかけられるほど余裕ある行動はできないが、放っておけるほど危険が去ったわけではない。魔鳥人もミーシャを追って下に降りる。ミーシャを魔鳥人の群れがドーム状に囲いを作り、逃がさないようにする。


 そんな事はお構いなしにラルフを呼び続ける。それを聞いた魔鳥人の数羽はその名前に覚えがあった。


「ラルフだって?」


「第二目標だ。どうしてここに?」


「”牙狼”は何をしている」


 それを耳の端で聞いたミーシャは聞き捨てならないと言葉が聞こえた方を見る。


「……ラルフを……殺しに?」


 ミーシャはラルフの鞄を取り、枕にしてラルフをそっと寝かせる。球状の結界を張り、ラルフが守られるよう防御した後、魔鳥人たちの視界から消える。突然の事に虚を突かれ、その姿を追う。ミーシャは言葉を発した魔鳥人を捕まえていた。首を鷲掴みにして息ができるギリギリまで締めあげていた。


「何故ラルフを狙う?お前らの狙いは私だろう?」


「がっ……し……知らない!!我らは任務を遂行するために……」


 その言葉を聞いた時、ゴキッという音が鳴り響く。首が元々骨などなかったように垂れ下がる。凄まじい腕力で骨を肉ごと握りつぶし、皮のみでくっ付いているような異様な姿となる。血管が圧迫され、目や口から血が噴き出し、思った以上に腫れ上がっている顔は、何が起こったのか分からないといった疑問の表情だった。それがまた周りの魔鳥人たちの恐怖を煽り戦闘を委縮させる。


「お前らのせいでラルフが……ラルフが……」


 自分が傷つくのは耐えられる。死んでしまってもそれは自分のせいだと諦めもつく。だから分からなかった。弱い奴は死ぬのが当たり前だったから。大切で壊れてほしくない存在などいなかった。死んでほしくない存在などいなかった。


 もう無理だ。抑えられない。こいつらは初めての存在を壊した。初めての気持ちを引き裂いた。ラルフを踏みにじった。


(殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!)


 心が殺意で満たされた時、その場にいた全魔鳥人はこの世の者でなくなっていた。周りにいた数十羽の魔鳥人は、ミーシャに目にもとまらぬ速度で残酷に蹴散らされた。

 手を横凪に振るえば、顔が消し飛び、腕で突けば腹を貫く。肉を掴めば、衝撃で千切れて、掌ではたけばあらぬ方向へ、へし曲がる。蹴ったら真っ二つ、押さえつければ潰れてなくなる。槍を取り上げて串刺しにした後内臓を引きずり出してまき散らす。その凄惨さは見るに堪えず、また、これを単体でこなしているとは夢にも思わない。


 ミーシャのいつもの殺し方とは一線を画し、野蛮極まりない。


「うぅ……う……うわああぁぁぁぁぁ……」


 もう壊す者もなく、絶望に打ちひしがれたミーシャはその場で大声で泣いた。ラルフを思い、泣いた涙は魔鳥人の血を洗い流すほどだった。


 ザシッ


 その音は、悲しみに暮れたミーシャの耳に雑音として流れ、悲哀の空気を切り裂いた。そこに立っていたのは、人型の狼。雌の人狼(ワーウルフ)、ジュリアだった。


「コレハ……マサカ……」


 ベルフィアを潜り抜けてラルフを追ってやって来てみれば、魔鳥人の惨殺死体が散乱し、ラルフが倒れ、魔王が泣いていた。姿を見たミーシャは、ジュリアを見つめる。その目は死んだような、この世の終わりを見ているような、虚ろな目だった。


 直感する。


 このまま黙ってみていたら魔王に殺される。見た所ラルフは死んでいる。これで、”牙狼”の仕事は終わりだ。生きて帰られれば、それに越した事はない。しかし、こうなったら仕方がない。首を差し出し死んでしまうのが、イミーナ公の為、ひいては国の為。

 その時、異様な臭いを感じる。


(コノ臭イハ……マサカ……)


 その目はラルフに向いている。ミーシャはその目を追ってラルフをチラ見した後、ジュリアに近寄る。魔鳥人を殺した時の勢いはない。だがその目に慈悲はなく、ジュリアの死は目前に迫っていた。


「……死ンデナイ……?」


 ピクッと反応するミーシャ。瞬間、その目に光が戻る。


「……何ですって?」


 ミーシャはジュリアに瞬時に近寄り、右肩に左手を置き、睨みつける。モンクである事に自信を持っていた彼女だが、この移動に動体視力が追い付かず、ミーシャの接近を許してしまった。圧に押され、片膝をついてしまう。動けないほど恐怖を感じ、視線が外せない。


「お前、ラルフを治せないか?治せたら命は助けてやる。断るなら……」


「殺スガイイ。アタシハ屈シナイヨ」


 肩を握る。メキッという音と共に、骨が軋む。「ァグッ」という押し殺した声が出てしまった。


(コノママ握リ潰サレルノカ!?)


 と思った矢先、ミーシャは力を緩める。肩から手を放してジュリアを見つめる。


「一刻を争うの。お願いよ」


 ミーシャの目は澄んだ綺麗な目だった。助けを求める純粋な目。その目に既視感を覚える。副長の目だ。「逃ゲロ」とあの騒ぎの中でかすかに聞こえた。消滅前の副長の目に。


 そして


『……約束だぜ?殺さないでくれよ……』


 痛みに耐えるラルフの顔が……。


 それを思い出した時、自然と言葉が出ていた。


「……ラルフ ノ鞄。アノ中ニ回復材ガ入ッテイルダロウ。ソレガアレバ、今ノ状態デモ多分治ル」


 ジュリアは治癒に関して覚えがあった。一生モノの傷を回復させられたあの時と、アルパザの町で戦った守衛のリーダーが回復に何らかの液体を使っていた。ミーシャは結界を解き、ラルフの鞄を漁る。そこには試験管のような容器に緑色の少し発光している液体を見止めた。未だ息をする、しぶといラルフの傷口に、直接振りかけると、その傷は見る見るうちに回復し、まっさらな肌へと治っていった。

 今にも死にそうだった顔は元の色を取り戻し、虫の息だった呼吸も正常に戻っていた。それを見たミーシャの顔も見る見る内に笑顔に変わり、先ほどの顔は鳴りを潜める。ジュリアはそれを見てホッとした後、ラルフを眺めて呟く。


「借リハ、返シタゾ……ラルフ」

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