第十九話 牽制し会う人と鬼
「ラルフ?」
「……ラルフ」
「……ラルフ……!!」
八大地獄の面々の反応は各々違っている。
「確か、神共が殺したい魔族と一緒にいた奴だろ?」
「阿鼻を突破した……あのラルフか?!」
「阿鼻を?突破?!ちょっとどういうこと!?」
口々に騒ぎ立てる。口を利かないジョーカーは即座に戦闘態勢に入り、トドットやテノス、ティファルは狼狽している。ジニオンとノーンとパルスはどこ吹く風だが、ロングマンは血管が浮き出るほど怒りを湛えている。
ラルフはそんな八大地獄の気持ちなど汲むこともなく、草臥れたハットの鍔をちょんっと摘んで挨拶を軽く済ませる。
「久しぶりだな!パルス!こんな再会になるとは思わなかったけど、元気そうで何よりだな!」
ラルフの言葉にパルスは片手を上げた。それを見た他の連中は目を丸くする。周りとは馴染めない性格のパルスがラルフに対して愛想をしている。これだけでも驚きだが、もっと驚くべきところがある。
「お前……やはり生きていたか。藤堂の話は嘘では無かったようだな」
「となると、ロングマン。あの話も本当だということかのぅ?」
ラルフが用いるという”次元渡り”。阿鼻を突破したのもその力の影響だというなら、ロングマンの想像以上に使える能力の可能性もある。藤堂を逃し、自由を奪った男だったが、それ以上に価値があるとするなら、感情を押し殺して手を取り合うのも必要だろう。
何の動きもなく、呆然と見つめ合うラルフと八大地獄。
(……何だ?いきなり攻撃されることも考えてたってのに、何で動かねぇ?)
ミーシャの考えた”デコイ作戦”。ラルフを前面に立たせ、周りで待機。待ち伏せという形を持って八大地獄を迎撃するというもの。ラルフは色んなところでヘイトを買っている。矢面に立たせるには適任と考え、いの一番に顔を見せた。命の危険はあるが、もちろん対策されていないわけではない。
「……面食らって動けないでいるとか考えられます。もう少し相手方を煽ってみてはいかがでしょう?」
ボソッとラルフに助言する。ラルフの周りには人影は見当たらない。それもそのはず、秘密は影にあった。ラルフの影の中には黒影が潜んでいた。シャドーアイと呼ばれる人影を切り取って立体的に立たせたような外見を持つこの種族は、文字通り影に関する能力を使用可能。現在、ラルフの影に溶け込み、魔障壁を密かに展開させていた。
「……つっても何か驚いてばっかで動きがないんだが……」
ラルフは口の端を歪めてボソボソと話す。目を離すこと無く相手の動向を探る。特に飛び込んできそうな感じでも、遠距離攻撃が飛びそうな感じでもない。パルスに声をかけたのが隙を生んだのなら、少し間違いだったかもしれない。やることは単純な射的の的、狙われなければ意味がない。
「罠だな」
ロングマンはいきなり出てきたラルフの行動を精査する。森を燃やし、武器を晒している敵の眼前に突如現れての自己紹介。味方である魔族たちの姿が見えず、ただただ立ち竦んでいるラルフの行動は側から見ても可笑しい。いや、側から見た方がよく分かるとも言える。
ロングマンは周りを目だけを動かして見回す。多分こうしている内に包囲されていることは明白。単純な作戦だが、相手が相手だけに厄介極まる。最強の魔族、魔王クラスの実力者が何名かと、目の前の次元渡り。攻勢に出ればこちらが不利。
とはいえ、今回は特に無理やり押し通る必要がない。
「ラルフ!良くぞ来た!我々はお前を待っていたぞ!」
ロングマンはラルフにも届く声で答えた。
「……は?待ってた?」
今度はラルフの方が面食らう。いや、八大地獄の面々も面食らっている。これはロングマンの独断での答えだ。
「そこでは話しにくい!もう少しこっちに来ないか?!」
「おいおい!何を言い出すかと思えば、正気かよ!わざわざ殺されに近寄る奴なんていると思うか?!その手には乗らねぇよ!」
ロングマンはラルフの指摘に自身の握る刀を見る。
「なるほど!これを警戒しているのだな?!」
すぐさま納刀し、鞘ごと刀を近くのトドットに渡す。
「どうだ!丸腰だ!」
「……本気かよ……こりゃ罠に気づいてるな……」
ラルフはどう行動すべきか逡巡する。割とすぐに答えが出たのか、腰に下げたダガーナイフをスルリと取り外し、地面に置いた。
「……黒影、もう包囲は出来てるよな?」
「……ええ……多分、恐らくは……大丈夫だろうと思われます……」
(いや、自身なさ過ぎんだろ!!)
心で大袈裟に突っ込みつつも表情を変えないように毅然として振る舞う。
「俺とあんたの丁度真ん中で落ち合おう!おぉいっ!!周りは動かねぇように頼むぜっ!!」
八大地獄にも、仲間にも牽制する一言。ロングマンの無言の了解と共に、一歩ずつ徐々に近く二人。距離が狭まるに連れて走る緊張感は一入。
いつまでも続くように思われた接近劇は、割とすぐに終わる。大体2mの距離で立ち止まってジッと睨み合った。
「また会うとは驚きだ。パルスからは死んだように聞かされていたからな」
「……まぁ言っても?そこまで間違っちゃいないぜ。本来なら影すら残さずに消し飛んでた。ただ運が良かったのさ」
「ふっ、聞いているぞ?次元渡りが使用出来るそうだな。中々の能力だ。我の知る中にもそのような能力はいなかった。希少価値が高いと言って過言ではなかろう」
ロングマンが褒めた途端、ラルフがサッと差し出した人差し指が左右に揺れる。
「チッチッチッ、ちょっと間違ってるな。”小さな異次元”だ。目的は収納と取り出し。忘れないでくれよ?」
意地でも正しい呼び名を言わせたいあまり、空気が読めない印象を与える。
「ふむ、良いだろう。今後間違えないように改善しよう」
「よろしくな。それで?俺に何の用だ?」
白々しいとも取れる態度だが、予想などではなく、はっきり本人の口から聞きたいと言う真っ当な理由だ。
「敵の敵は味方。勧誘とまではいかんが、我らと共に神々を滅ぼしてくれまいか?」
何ともセンセーショナルな謳い文句だ。男の子が一度は憧れる単語”神殺し”。
「……神に敵対しようってか?凄ぇじゃん。そんな大それたこと是非にも参加したいのは山々だが、これだけは聞かせてくれ。何で?」




