第十八話 降り掛かった災害
空からの眺めは悲惨なものだった。緑に彩られた美しい森はもうもうと黒煙が立ち、赤い火の光が辺り一面に広がっている。
八大地獄といえば、ロングマンの”炎熱”やジニオンの”大焦熱”などの炎の攻撃が目に浮かぶ。
「無茶苦茶だな……自然なんて糞食らえって感じだ」
「でもあのワンちゃんと戦えばこうもなるでしょ?」
ラルフの引き気味な態度にミーシャは肩を竦めて答える。
『いえ、彼らは外では戦いません。洞窟内で完結させるのを徹底させています。まぁ、追い詰められればその限りではありませんが……』
もしここまでの破壊が八大地獄だけに寄るものなら、攻撃性は魔族以上である。ケルベロスと地上で戦ったというならサトリの言う通り「その限りでは無い」。
「それで……どうします?」
ブレイドの質問はふわっとしていたが、何が言いたいかは理解出来た。もちろん大広間に居るみんなも。
「八大地獄に対抗出来るのは少ねぇ。ミーシャ、ベルフィア、エレノア、ブレイド、そしてイミーナ。まずはこの五人。アンノウンと歩も身体能力的には戦えそうだけど、どちらかといえば特異能力が凄いからそこで戦ってほしい。具体的にはアンノウンは遠距離攻撃、歩は俺と一緒にケルベロスの捜索だな。アルルたちは要塞に待機。ウィーは応援よろしく」
「ウィー!!」
グッと力一杯拳を振り上げるウィー。
「待ちなさいラルフ。あなたが戦いに参戦しない理由は何なの?ケルベロス捜索?それはデュラハンに任せてこっちに来なさい」
即座にイミーナのツッコミが入る。身体能力と特異能力を例に挙げるなら、ラルフも例外では無いだろう。
「えぇ……俺ぇ?でも俺弱いぜ?」
ラルフは困惑気味に両手を挙げる。お手上げとでも言いたいようなポーズだが、ここでは通用しない。
『何を仰ります?あなたが弱いだなんてあり得ませんよ。私が力を授けたのですよ?大丈夫、自信をお持ちください』
サトリは暖かく包み込むような笑顔でラルフの背中を押す。ラルフは心底嫌そうに顔を歪めた。
「あぁー……た、確かに俺はサトリに力を貰ったけど、あいつらに対抗出来るレベルじゃ無いし……そ、それに何だ、ワープホールの能力でケルベロスをすぐさま要塞に遅れるぜ?これは俺に任せるべき案件だろ?」
「そうかノぅ?それなら妾でも良いじゃろ?転移魔法ならそれこそ一瞬じゃぞぃ。とはいえ、妾は戦いノ方が好みじゃからこノままでも良いがノぅ」
ベルフィアも賛同する。
「それなら私も戦いに参加したいです!ブレイドと一緒に戦いたいです!」
「アタシモ戦イタイ。身体能力ガ上ガッタノハ ラルフ ダケジャ無イカラ」
アルルもジュリアも不満を言い始める。何とも頼もしい限りだが、最初に決めたことが御破算。イミーナの一言でラルフの安全ルートも潰され、面倒極まりないところに立たされる。これにはイミーナもにっこり。
「うん!私に良い作戦がある!」
そこにミーシャが入る。
「何?ミーシャが作戦を?」
作戦という単語には複雑な印象を感じるが、ミーシャが作戦という単語を用いれば途端に短絡的になる。どうせ「真っ向から叩き潰す」程度のことだろう。
「私が提示するのは”デコイ作戦”!」
ミーシャから出たとは思えない言葉に皆が面食らう。
「流石ミーシャ様!すぐにお聞かせください!」
ベルフィアの食いつきだけが凄まじい。しかしそんなベルフィアの反応に気を良くしたミーシャは大広間の隅々に聞こえるように話し始めた。
*
「……全く面倒な畜生共だ……」
ロングマンの苛立ちはピークに達していた。ケルベロスは戦いが不利と見るやすぐさま逃げに徹し、その尻尾すら見せない。範囲攻撃でも仕掛ければ出てくるかと思ったが、全くその兆候もない。考えてみれば、火に耐性のある魔獣に対して火を用いたのは失敗でしかない。
「地道に探すしか無いとかあり得ないんですけど」
ノーンはキョロキョロと辺りを見渡す。生き物という生き物が退避したと思われるほどに気配の無い、火に炙られる森に対してため息をつく。火がパチパチと草木を焼く音を立てる中、啜り泣く声が混じる。この森で暇な日々を過ごしていたハーフリング。八大地獄に洞窟を案内した少年、フィンレーが目の前の惨状に心を痛める。
自分が犠牲になればこの森も村も村人も守れると思っていた彼の前で全てが焼かれる。村人は急いで逃げたかもしれないが、もう二度と過ぎ去った平和は帰ってこない。森も炭化し、見慣れた美しい景色は失われた。
これを巻き起こした八大地獄に深い憎悪を感じる。だが、フィンレーの力でどうにか出来る術はない。力の無い者は何も出来ない。何をする権限もない。今この森で行われていることは、弱肉強食という力こそが全てのこの世界の縮図。
戦争とは無縁で育ったハーフリングたちが初めて経験する絶望。平和がどれほど尊く、素晴らしいものだったかを実感出来た。彼ら的には実感したくもなかったが……。
「泣くんじゃねーよ。男だろ?」
テノスは相手の気持ちを考えることなくフィンレーに追い打ちをかける。自身の大切な住居、場所、平和を奪われたものの気持ちなど分かる訳がない。何故ならこの世界に来られて良かったとすら感じている、生まれ故郷に愛着のない男だから。
「おいっ!お前らっ!!」
その時、怒号が響いた。突然のことに全員の視線が正面に集中する。
そこに立っていたのは草臥れたハットを被ったヒューマン。フィンレーはそのシルエットを知っている。
「コンラッド!!」
少しだけ……特にお腹の部分がすっきりしているが、このシルエットは間違いない。みんなに食べ物を届けてくれる気の良いおじいさん。しかしフィンレーの期待は裏切られる。
「違う!俺はラルフだ!!」




