第十五話 新規加入者
「この度は、本当にご迷惑をおかけ致しました」
黒影は深々と頭を下げる。エレノアの裏切り発覚後、責任を追求されて光の牢獄へと閉じ込められていた。粛々と罪を償っていた黒影だったが、つい数日前にラルフたちに救い出される。
「そう謝らないでください。もう何度も聞きましたよ?」
ブレイドとアルルは困り果てたように恐縮する。かなりの時間が経過した中での救出に、助ける側としても彼が死んでいなかったことがもはや奇跡という状況、すぐに助け出せられなかったことに罪悪感を覚える。
ラルフとミーシャ、そしてベルフィアが、イミーナの勧誘に勤しむ中での出来事。主人であるエレノアまで恐縮して、黒影の重ね重ねの感謝と謝罪が一向に止まらない。こう言っては何だが、こんな時にこそ図々しいラルフの性格を見習いたい。
「……あと何回謝るか賭けてみる?」
「えぇ?そ、そんなの失礼じゃない?」
アンノウンの悪戯っ子のようなしたり顔に、歩は焦ったように目を丸くする。
「イイジャナイ。今日ノ オ昼ゴ飯ヲ賭ケテ勝負ヨ」
ジュリアはアンノウンの言葉に乗っかる。歩も入れて三人の今日のお昼ご飯のメイン料理を賭けることになった。
しかし三人の思惑はご破算となる。
「失礼します。ミーシャ様、ならびにベルフィア様がお戻りになられました」
デュラハン姉妹のイーファは、和気藹々とする大広間に声がけをした。姉妹の大半を失ってからというもの、自分がしっかりしようという気持ちが出ているのか、前以上に背を伸ばして行儀良くメイド業に専念している。
そんなイーファの言葉を聞いたみんなの視線が大広間の入り口に集まる。入って来る面々の中にイミーナが居た時の驚きは少なくなかった。
「おいおいイーファ。俺とイミーナを忘れてねーか?」
「……いえ、特にお伝えすることでも無いと感じましたので」
「冷たっ」
ツンケンする態度の中に哀愁を見たラルフはそれ以上言及せずに大広間に入る。
「イミーナを早速連れて来るなんてぇ、大胆というか何というかぁ……」
エレノアは体に稲妻を走らせ、警戒心を剥き出しにする。当然だろう。イミーナを仲間に加え入れようという考えは既に周知のものであったが、イミーナが首を縦に振るはずもなければ、振ったとてすぐさまお披露目ということにはならないであろうと踏んでいた。
裏切りの代名詞とも呼ぶべきイミーナ。そんな彼女を簡単に外に出すなど正気の沙汰では無い。エレノアの警戒心に当てられてか、ブレイドやアルル、アンノウンたち三人も構え始める。
「慌てルな、此奴には妾達を傷付けルことは出来ん。安心せい」
みんなの警戒を余所に、ベルフィアは興味無さげに口を開く。ミーシャの座ろうとする椅子の背もたれにサッと手を掛け、座りやすいように机から離す。ミーシャの「ありがとう」の言葉に今まで見たことないような目尻の下がった笑顔を作る。
困惑しているブレイドたちにミーシャが身振り手振りで説明してみせる。
「イミーナは私と”血の契約”を結んだ。ベルフィアとメラたちの関係と同じく、私の従者になったから何も心配いらないって意味ね」
その発言には心底驚く。イミーナには最も似つかわしくない血の契約。死んでも拒否するだろう事柄に天地がひっくり返る思いが巡る。
「……で?血の契約って?」
アンノウンと歩は血の契約について知る由もない。二人してキョトンとしている。そんな二人に黒影がここぞとばかりに説明に入った。
「”血の契約”。それは主従関係を結ぶ魔法的儀式のことを指します。この契約を履行すれば、従者は主人に絶対服従を誓うことになります。この要塞にいらっしゃる方々、所謂味方に対して暴力を禁じているのであれば、イミーナ様が寝首を搔くことはあり得ません」
「え……嘘。人権無視の魔法ってこと?そんな奇怪な魔法があったら今頃みんな誰かの従者でしょ?」
「そ、それは極端な発想でしょ?アンノウンさん。そんなだったら何で最初にエルフにかけられてないんですか?きっとかなり面倒な制約があるんですよ」
歩の指摘に黒影は首を縦に振るべきか、横に振るべきかを悩む。
「いや、実はそう難しい訳ではなくてですね?……まぁある意味では難しいのですが……簡単に説明しますと、従者には意思決定が必要になります。つまり「私はあなたの下僕です」という心構えが必要だということ。そして自身の血を首に巻きつけるように描き、その血を主人となる方に捧げることで契約が成るのです」
「……てことは自分自身で首輪をつけるということ?なるほど。何より重要なのは従者側の意思決定に依存するということね?」
「その通りです。血を首の周りに付ける行為も従者自身で行う必要があり、強制することは出来ません。あくまで相手との繋がりを重視する契約魔法なので、儀式を行えるだけの関係を持つ必要があるのです」
「お、思ったより簡単だ……そんなの、洗脳系の魔法を使えば下僕を増やし放題ってことになるけど、それはどうなんでしょうか?」
「現段階において、魔族側では洗脳に関する魔法は確立されていません。長い時間をかけて教育による思考や思想の洗脳は可能でしょうが、それに時間的コストをかけるくらいなら力でねじ伏せるのが魔族の流儀。恐怖やそれに付随する痛みで支配することを魔族が望むのは、もはや自然の摂理と言えるでしょう」
黒影の流暢な喋りと聞き取りやすい声のお陰もあってか、異世界人である二人の頭でも簡単に理解することが出来た。
「ふーん……確か人族も洗脳や精神操作系はダメだったよね?」
アンノウンの目はラルフに向かう。
「俺よりアスロンさんの方がよく知ってるだろ?」
『うむ。ちょっと前じゃが、イルレアンでの騒動の時に魔法の技術を学んで来た。やはりそこまでの進展は無かった。今の技術を持ってして知的生命体を操るのは至難の技じゃ。ベルフィア殿の特殊能力”吸血身体強化”に含まれる”魅了”は唯一の精神操作系魔法であると断言出来ような……』
「だってさ」
ラルフは肩を竦める。
「それじゃそのブラッドブーストで……」
「いや、妾ノ能力はあくまで格下相手ノ能力。こノ要塞だとラルフかウィーに使えル程度ヨ。妾にも警戒ノ必要は無いぞ?」
ベルフィアは椅子に座って淡々と説明する。
「……そろそろ皆さんの誤解が解けてきたと思いますので私から一言宜しいでしょうか?」
イミーナは満を持して口を開く。一体何を言うつもりなのか?怖さ半分でみんな耳を傾ける。
「ふつつか者ですが、今後とも宜しくお願いします」
深々と頭を下げるイミーナ。この瞬間に警戒心は霧散する。その様子にみんな顔を見合わせ、各々が「宜しく」を自分なりに伝え始めた。
大体みんなが言い終わった頃、ミーシャのお腹が鳴った。
「お腹空いた」
その言葉がお昼ご飯の号令となる。




