第十三話 燻る炎
小高い丘の上、前方には霞む山、その下に広がる大森林が自然の美しさを際立たせる。
丘の先端に上着をはためかせる男が立っている。刀を腰に差した偉丈夫。八大地獄の頭目であり、第六地獄”炎熱”を預かるロングマンその人だ。
背後にチラチラと他のメンバーが揃い始める。ロングマンの足が特別早いわけではなく、皆の足取りが重いのだ。その理由はロングマンの見つめる先にある。
「ねぇ、本当に行くの?」
ティファルは不安そうな顔でロングマンに語りかける。その声に肩を竦めて振り返る。
「……不安か?」
「当然でしょ?私の体を見てよ。こうなったのはあの化け物のせいなんだからね。トラウマになるのも頷けるでしょう?」
煌々と光る支隊を撫でながら鼻を鳴らした。ティファルは一度死んだ。その肉体は魔族となっていて元の体では無い。ボルケーノウィッチという種族であり、神の力で転生させられた新たな姿である。
「守護獣ケルベロス。彼奴等が製作した最強の怪物たちは今や後一匹となった。それもこれもミーシャと呼ばれる魔族のせいだが、その魔族のお陰で新たな道が開けることが分かった。こうなっては我らもじっとしていられないだろう?」
「それを伝えに来たのがアタシたちの最終目標だってことも忘れてないよね?」
「ふむ、その通りだ。藤堂が持ってきた情報だな。あれが嘘をついているという心配か?」
ティファルは唇を尖らせて控えめに頷いた。その様子に同じく復活を遂げたテノスが割り込む。
「姉さんが言いたいことは体良く使われて無いかってことだろ?相手はあのケルベロスだぞ?同士討ちか、俺たちの全滅か。どっちに転んでもあの野郎の思うツボじゃ無いか」
「その通りじゃロングマン」
カツンッと小気味良く杖をついてトドットも口を挟む。
「やはり奴の話は無視して、次なる方策を考えるべきじゃ。第一、”次元渡り”が機能するとて、何に使うというのじゃ?今更元の世界に未練などあるまい?」
「確かに今更帰っても時代が進み過ぎて訳が分からんだろうな。ここに来た一秒後に戻れるならまだしも……っと、話が逸れた。次元渡りの効力については気になる点があってな。藤堂に踊らされるのは癪だが、その必要があると感じた。ただそれだけだ」
ロングマンはまた正面を向く。何度言っても変わることのない方針には流石に業を煮やすトドットたち面々。
「んだよオメーら、何をそう怖がることがあんだよ?ティファルとテノスは見た目通り火への耐性を持ってんだろ?蹴られただけで致命傷を負うっつーことはないと思うぜ?」
ジニオンはあまり物を考えずに呆れた様子で話しかけた。テノスは苛立ち気味に呟く。
「……脳筋戦闘狂は黙ってろよ……乳がでけんだよ……」
「ああっ!?んだとこのクソガキ!!おぅ!この際”脳筋”にも”戦闘狂”にも目を瞑るが、身体的特徴を挙げるのはおかしいだろ?!俺が一番気にしてんだよ!!」
ジニオンも一度死んだ口だ。神の嫌がらせで女性の体に転生させられ、苦労もあったが、今日まではなんとか我慢出来た。しかし男性だった生前に比べ、今の女性の体はかなり不安定である。まず沸点が低く、感情のコントロールが上手くいかないことがある。この程度のことでむかっ腹が立つほどにカッとなりやすい。
「辞めよ。仲間同士で争う時ではない。……このままではケルベロスに会う前に同士討ちをしてしまいそうだ。勿体振っても仕方がない。ここらで我の考えを述べよう」
ロングマンの言葉に皆の視線が集まる。
「結論から言えば、神殺しが目的となる。そしてその神殺しに最も近い能力が”次元渡り”なのだ。彼奴等の言動から、神と戦って勝ったところで意味はない。何故なら彼奴等は常に安全圏から口を出しているのだからな。……つまりその安全圏を脅かし、そして本体を攻撃する」
「その次元に繋がるって保証はねぇと思うぞ?」
「ふっ……試してみるさ」
ロングマンはニヤリと笑った。
この森の最奥にはハーフリングの村があり、旅人を歓迎している。その先にある洞窟”還らずの洞窟”と呼ばれる場所こそ、ケルベロスが鎮座する玉座である。中はダンジョンとなっているので、攻略は難しい。だが、未知なる場所への開拓をしているようで内心面白がっていた点もある。
ともかく八大地獄はまた歩いだした。一向はハーフリングの村を目指してひたすら真っ直ぐ進む。




