第十七話 限界
「人間だ」
魔鳥人はラルフを見て、分析する。
「あの町の者か?」
魔鳥人に取り囲まれ危機に陥る。ミーシャには煌々と焚かれている火の光に気付いてほしいが、高度が高すぎて、下が明るくなったのを気付かないだろう。真下で焚いた事も致命的だった。火が見える位置まで、移動する時間が惜しくて狼煙により気づいてもらおうと思ったが、ラルフが死ぬのと気づくのが同時では意味がない。
「いや、実はさっきこの辺を通ってたんだけど、上で激しい戦いをしていたもんで……で、あんた達は?魔鳥人っぽいけど……何でこんな所に?」
知らぬ風を装って話しかける。魔鳥人は一瞬ラルフから視線を外してミーシャを確認する。動きがない事を確認すると視線を戻し一言。
「消せ」
ラルフが答えるよりも早く、魔鳥人の内二人くらいが魔力により、火を自身の槍に纏わせていく。それぞれの槍の先端に火を纏い切った頃、ラルフが起こした炎が消えて、完全に消火される。そのままガスの元栓を閉めていくように槍に纏った火を消していった。
ラルフが火を熾すのにあれだけ苦労したのに……そして、出来れば物理的に消して欲しかったのに。消火に水や風の属性を使用してくれれば、煙が上手い事ミーシャまで立ち上ったかもしれないのだが、それを危惧してか魔鳥人は自身の精密な魔法操作により消火したので碌に煙も上がらない。
魔法とはかくも偉大である。
その上、この敵とは会話になってない。これはラルフにとって非常に不味い。過去こういうのに出会った場合、必ず痛い目を見る。そもそも戦争から背を向けて来たのに、まさか魔族とこれほど相対する事になるとは夢にも思わなかった。
ツケが回ってきたというか、皺寄せが来たというか、とにかくピンチだ。
ラルフは何とか潜り抜ける方法を模索する。そこで良い案を思い付いた。しかしこれは死ぬ可能性が高い上、ピンチを脱しても、大怪我は免れない。万が一成功しても、ミーシャに気付かれなければそこで身動きがとれず魔鳥人に殺される。
一か八か。それは生死を別ける戦い。
「殺せ」
魔鳥人はそれが当たり前のように選択する。人類は敵だ。ミーシャが特別だっただけで普通はこうなる。
「待った待った待った!」
ラルフは手を出し、魔鳥人を一瞬停止させる。
「出したい物がある。死ぬ前にやっときたいんだ。それだけやれれば、悔いはなくなる。後は煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
戦士の好きな言葉だ。「死ぬ前にせめて一服」と言う喫煙家の一言みたいな奴。そしてこの言葉は世界共通の言語でもある。何せ今は人魔大戦真っ只中。命の取り合いの中で一度は聞くであろう台詞の一つに数えられる。それを勘違いさせるよう様に、手を口許に持っていき喫煙家のふりをする。
魔鳥人は槍を構えた状態で顎をしゃくる。未練を無くさせてやるという戦士の配慮。ラルフは急いで鞄をゴソゴソする。「あれ?どこだ?」とか何とか言いながら中々出てこない。
「おい、妙な事は考えるなよ?」
「分かってるって、俺だって男だ。死に際は弁えるって……」
ラルフはひたすら鞄をゴソゴソする。待つという選択肢を選んだ為、魔鳥人は律儀に待つ。とはいっても後一分が限界だろう。上の戦いが気になったり、この不運で無様な、アホ人間から魔鳥人たちの目が一瞬外れる。それぞれが思い思いの方向に目が逸れた時、シュボッという音が聞こえる。(ようやく一服するのか……)と魔鳥人が考えた直後。
「悪いな、待ってもらっちゃって」
ラルフの手には葉巻ではなく、歪な玉が握られていた。チョロンと、尻尾のように紐が出てまるで古典的な爆弾といった風だった。その導火線には既に火が点き、中々の速度で火が紐を食っていく。
もうすぐ爆発というところでラルフは真上に投げる。魔鳥人の目がそちらに向いたときにラルフは身を縮め、丸くなり、耳を塞いだ。
パアァンッ
でかい破裂音がその場を支配する。その音と共に眩い閃光が照らし出す。そして同時に破裂した何かの殻が弾け飛ぶ。それは火を伴って周辺に降り注いだ。
「ぐああぁ!!」
「ぎゃあっ!」
取り囲んでいた魔鳥人の目を潰し、火をかける。破片も相当な速度を伴って辺り一面に飛び散り、敵味方関係なく襲いかかる。破片や火はラルフにもかかり、背中が熱い。だが、それ以上に困惑しダメージを受ける魔鳥人を尻目に、その囲いから離れられるだけの余裕がある。体が重い。目と耳は大丈夫だが、即席爆弾のダメージは、少なく見積もっても、体力の半分以上を持っていかれた。
これこそがラルフの作戦。もし、相手が教養を持ち、戦士としての矜持を持たなければ、台詞を発した時点で死ぬ。これが通れば、即席で爆弾を作り、それを破裂させる。火薬と布と閃光弾、そして縄と油瓶(中身あり)というまさに鞄の中の、ありもので作った特製だ。
「この糞人間がぁぁ!!」
魔鳥人は槍を突いてくる。その攻撃は、急所から外れていたが、ラルフの背中から腹にかけて意図も容易く貫いた。
「ぐおっ!」
まさかこのタイミングで攻撃を仕掛けられるとは思わなかった。想像以上にタフな奴等だ。だが、ラルフに相手を称賛するだけの余裕などもはやない。何度となく死にかけたが、奇策を弄して嵌めた相手に攻撃されるなんて初めての事だった。槍の先端がちょこっと貫通する程度ですぐ刃先が抜けるが、逆に抜けたせいで出血が激しくなる。
その攻撃はラルフを地に伏すだけのダメージを与えた。体力もそこそこに背中が火傷しているので、スリップダメージが更に死へと誘う。
(簡単だなぁ……)
ラルフは自分の死に様についてを憂う。人の耐久力なんて、たかが知れている。魔鳥人があれだけのダメージを受けたのに攻撃を仕掛ける強さがあるのに対し、自分はこれだ……。
死にたくない。まだ回復材は鞄にある。大丈夫だ。ここで死にはしない。生きる術はまだあるのだから。
「……あの……状況を……ぐっ……生きて回避……出来たんなら、上出来だよ……な……」
左手で鞄の位置を探りながら、回復材を使用しようとする。カサカサしながら鞄を探すが、ゴキッという音と共に、左手があらぬ方向に曲がる。耐える準備の出来てない時に突然の痛みは、ラルフの心を掻き乱した。
「あがぁぁぁっ……!!」
思ったより肺に空気が残っていた。絞り出すように声が出る。一羽の魔鳥人は閃光弾の光を直接見なかったようで、目は無事のようだった。
「ただの人間如きが……俺たちを謀りやがって……」
魔鳥人はラルフの首根っこを掴んで持ち上げる。凄まじい力だ。軽々と持ち上がり、ラルフは首に全体重が乗る形になる。
「おい、コラ……何しやがる……この前……治ったばかりだぞ……?」
左手をチラリと見て、魔鳥人に抗議する。
「この顔を見ろ。貴様のせいでこのザマだ!」
魔鳥人がラルフに見えるように息がかかる距離まで寄る。その顔は左半分が焼け爛れている。そして頭に瓶の破片が刺さっている。爆発の速度にその頑強な皮膚も耐えられ無かったようだ。
「……おおぅ……男前だな……」
「そうか?同じ顔にしてやるよ」
右の掌に火を纏い、その手を顔に向ける。
「い……いやいや、遠慮して……」
ジュッという肉を焼く音が響く。
「ぎゃああああああ!!」
ラルフの顔の左半分が焼ける。(死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!)一秒が一分に感じる。いつまで燃やすのか分からないほど焼かれて、魔鳥人の手が離れた頃ラルフは虫の息になっていた。
「お?どうだ?……不細工だな」
「……ぉ……ぁ……」
ラルフは顔を半分焼かれ意識も朦朧としていた時、それでもまだ喋りたがっていた。
「ん?何だ?」
魔鳥人はラルフの口許に耳を近づける。
「……馬鹿が……不用意に……近づくな」
「はぁ?」と意味不明という顔をしているとその左目に滑り込むようにダガーの刃先が入り込んだ。顔を焼かれている時にダガーを抜いたのだ。ここぞというタイミングでダガーを刺し、柄を顎で押して突き入れ、完全に左目が潰れた。
「うわあぁぁぁっ!!」
魔鳥人はあまりの痛さに手を離し、ラルフはそのまま、また地面に落ちる。骨が固く、幅のあるダガーの刃先では脳にまで達することはなかったが、魔鳥人に生涯消えることのない傷を残す。ダガーが業物だったなら、先に死んでいたのは魔鳥人だったろう。
悔いは残るが、魔鳥人は優秀な種族。ラルフがここまで出来たのは快挙だ。だが、これが限界だ。それでもラルフは少し誇らしかった。
(どうだ?見たか?俺だってこれだけ出来たんだ)
望む結末ではないが、もう手は動かない。回復材を使いたいが、鞄に手が届かない。体が捻られない。血が出過ぎて、体が冷たくなってきた。火傷して背中が熱いはずなのにもう感じない。目を閉じれば暗いはずなのに周りに光が見える。
(これが死ぬって事なんだな……)
ラルフは感じる。さっきまで冷たかったのに、突然の温もりを。体の芯から沸き上がる温もりを。
もう痛みはない。
ラルフはそのまま意識が途切れた。