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第六話 役目

 交渉当日。ヲルト大陸の内部は忙しなく動きだす。

 あれが来る。同族殺し。”(みなごろし)”と呼ばれ、人族にも魔族にも等しく嫌われた魔王、ミーシャがやって来る。

 現在の支配者である第三魔王”黄泉”は、ミーシャとの戦いを避けると約束していたが、肝心のミーシャが暴力を伴えば話は変わってくる。むざむざ殺される訳にはいかない黄泉の家臣たちは秘密裏に罠を張り、暴君の到着を待つ。


「余計なことを……」


 その行動は黄泉の知るところではあったが、家臣たちの行動を止めようとはしなかった。感情のままにやってしまった行動を妨げば、反発が起こり内乱に繋がるのは目に見えている。

 恐怖は大の大人とて簡単には制御出来ない。それは種族などの垣根を超え、生きとし生けるものに植え付けられた生きるためのプログラム。


「転移阻害、魔障壁、対空迎撃魔法に捕縛術式……これでは戦争をしたいと言っているようなものだ。罠を仕掛けるまでは許すが、作動はさせるな。生き残りたいと願うならな……」


 黄泉は常に側に居た同種族であるシャドーアイの家臣に伝える。家臣は頭を下げて闇に消えた。家臣を見送った後、もうすぐやって来るだろうミーシャたちを待つため、円卓の中心である第一魔王の席に座る。ここに座ったのは魔族の命を背負うと決めたからだ。第一魔王”黒雲”が長年背負ってきた意思を、使命を受け継ぐ。

 覚悟の眼差しは正面に向けられた。扉を開けて入って来る災厄に、最小限の被害で食い止める。それが出来るのは自分だけ。


「……俺の役目だ」


 ビキッ……


 空間に亀裂が入る。まるで窓ガラスのヒビのように目の前で大きく広がっていく。扉の前に現れた亀裂は、扉が破壊されているのかと錯覚させたが、物が壊れていくのとは何かが違う空気に黄泉は戦々恐々とする。


「な……何だこれは?!」


 黄泉は椅子から立ち上がり、一瞬肩越しに背後を確認する。逃げ道の確保だ。そして先に出た家臣以外の供回りの存在を確認する。今はこの場に黄泉だけ。ならば何も気にせず逃げることが出来る。安心して不可思議な事象を注視出来るというものだ。


 ガバァッ


 亀裂は左右に開かれた。ポッカリと空いた大きな穴。決して扉が破壊されたのではない。空間をまるで粘土のように押し広げ、本来ありえない形で歪み、大きな穴となっているようだ。

 穴の中心に居た人物に目を丸くする。草臥れたハットのシルエット。


「第三魔王”黄泉”。で良かったよな?」


 何がどうしてこうなったのかは分からないが、ラルフがしたり顔で立っているのは少々腹が立った。その背後にはミーシャや、その他大勢のラルフの仲間たちがズラリと肩を並べている。今この場には黄泉の部下はいない。いつ攻撃が飛んできてもおかしくない現状、逃げ道を確保しておいたのは正解だったと心から思う。そんなことを考えていると、ミーシャがおもむろに前に出た。


「おはようバラン」


「……おい、何度言わせるつもりだ?俺のことは本名で呼ぶなとあれ程言ったはずだ。訂正しろ唯一王」


 今更名前が何だというのか。円卓があった時の呼び名を忘れられない感傷か、はたまた自分の名前が気に入らないのか。黄泉本人は反射的に否定した部分が大きい。ミーシャは自身に付けられた魔王の名前” (みなごろし)”の名を酷く嫌っていた。だからこそ本名を知っている魔王を呼び捨てにしていたのだ。コードネームであり、魔王としての威厳を示す呼称であったために、会う度否定していたのが癖になっているのだろう。

 そんな黄泉にミーシャは驚嘆した。


「ほう?そうか……これは失礼した、魔王”黄泉”」


 理由は単純。”唯一王”を使用したことである。昔から変わらないブレない姿勢、信念。何より黄泉の前では一度言ったきり口にしてなかった”唯一王”を記憶し、言及したことに対して感心していた。誰も呼んでくれないからムッとしていたところもあるだろう。嬉しかったのだ。


「ところで何だこの魔法は?移動魔法?転移でないことは確かだが……」


 見たことも聞いたこともない移動方法を目の当たりにして、恥も外聞もなく尋ねる。教えないと言われたらそれっきりだったが、ラルフは親切に教える。


「これは俺の特異能力で作った異空間トンネルだよ」


 ラルフはミーシャの後に続いて円卓場内に降り立つ。振り向いて穴の出来をまじまじと見る。


「試行回数が少ないからなぁ……今後もう少し綺麗にゲートを開けられるようにしなきゃだぜ……」


 課題が残っていて反省しているのか、力なく項垂れているように見える。だがすぐに回復し、バッと翻って黄泉に視線を向けた。


「ま、くよくよしてたって始まらねぇよな。んなことより交渉だ交渉!」


 ラルフは元気良く円卓の席を目指す。魔王候補でも魔族ですらないくせに、我が物顔で迷いなく席に着いた。これに腹を立てたのは黄泉である。


「大概にしておけよ?本来お前如きが座れる席ではない。研鑽と経験を積み重ね、戦歴という努力の賜物の末に認められた魔王が座る場所なんだぞ?(つつし)むことだ」


「別に良いだろう?どうせ空いてるんだし。さぁ!始めようか?」


 書状の予定通りに交渉の席に付けた。

 ラルフが目指すは黒影の奪還。対する黄泉が願うのは国民の安全である。

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