第二話 書状
「来たか……」
黄泉は玉座から立ち上がって跪く部下を見下ろす。ラルフ一行の要塞を視認した部下の体は小刻みに震え、戦争が起こることへの死の恐怖を湧き上がらせているのが手に取るように分かった。
「安心しろ、このヲルトで戦争をするつもりはない。逃げ延びた国民の保護も碌に出来ていない現状、戦火に晒せば内部分裂を引き起こしかねないからな」
その言葉を聞いた家臣は慌てたように一歩前に出る。
「もしや海の上の空中戦で……!」
「いや、戦い自体を避ける。魔族の半数以上をミーシャの奴に殺されたんだぞ?戦ったところで勝ち目なんて皆無だろうからな」
「し、しかし……それではどうなさるおつもりで?このままでは蹂躙されることが明白でございますぞ。かくなる上は迎え討つか降伏か。二つに一つ……」
「ふっ、俺には俺のやり方がある。魔鳥をここへ、書状を出す」
*
ラルフは大広間に皆を集めて書状を広げた。
「……おっ?黄泉は交渉を望んでるらしい。「争いは避け、双方のより良い方策を見定めよう」とあるぜ」
読み終わったラルフは書状をミーシャに手渡して肩を竦めて見せた。じっくり読んだミーシャも口をへの字に曲げて退屈そうにため息をつく。
「ふぅん……ま、好都合ね。交渉は望むとこだけど、いやにあっさりというか……黄泉にしてはつまらない幕切れね」
「はんっ!尖兵でも派遣して此方ノ内情くらいは探ルもノと警戒しておっタが、とんだ腰抜けだっタノぅ」
ベルフィアは腕を組んで鼻で笑う。
「せ、尖兵……?ゆ、油断は禁物ですよ!これは罠かも知れませんし!」
交渉に託つけて密かに寝首をかかれたのでは堪ったものではない。歩は魔族が寝室に入ってくる様子を想像して身震いした。
「確カニ……黄泉様ト言エバ”シャドーアイ”ノ 一族。ソノ部隊トアラバ、影ニ潜ンデノ隠密行動ハ ドンナ魔族部隊ト並ベテモ数段格上……面倒デ厄介ナ相手ヨ」
「そっか……なら、もし交渉のテーブルに着くとして、その間も警戒を続ける必要は大いにあるってことね」
ジュリアとアンノウンの見解から心理戦を仕掛けてきたことが濃厚となる。
「そうかなぁ?円卓の半数以上が倒れたのに、黄泉だけで何とかしようなんてさぁ……そんな度胸があるとは思えないけどなぁ……?」
エレノアは楽観的なものだ。ブレイドはチラッとエレノアを見ながら小さく首を振った。
「いや、ここはアンノウンさんの言う通り、相手の能力が能力なだけに厳重な警戒を保ってことに当たるべきです。ところで交渉場所は?」
「黒雲の城だってよ。城って言ったら、まぁあそこしかないよな?」
「円卓会議の行われていたあの場所ですか……前回は面食らっていたようだったのでどうってことはありませんでしたが、今回は色々用意しているでしょうね……」
ブレイドの深刻そうな空気はこの場の皆に伝播し、暗い様相を呈す。そこでメラが提案を口にした。
「それでは交渉場所くらいはこちらで用意してはいかがかしら?先に交渉を打診してきたのはあちらですし、全てを一方的に受け入れてしまうことはありませんわ」
「あ、それ良い考えですね!わざわざ罠に飛び込むこと無いですからね!」
アルルはメラの提案にすぐさま乗っかる。しかしそれをラルフが否定した。
「……いや、交渉場所も奴らの好きなようにさせる」
「え?!な、なんでですか!?」
「確かにメラの言う通り、交渉を持ってきたのは奴らだし、場所の指定までして俺たちに不利な状況を作り上げてる。けど敢えてこの条件を飲むのは、俺たちがこれだけ譲歩してやってんだから、これから行われる交渉は俺たちに有利に進めさせてもらうぜって魂胆さ」
”書状の内容を逆手に取る”を交渉以前に行うのではなく、交渉が始まってから使用する。罠か罠でないかを探るのはこの際置いておいて、切り札の一つとして使おうと言うのだ。
「ですが相手は乗るでしょうか?城に行ったが最後、罠に掛かって終わり。何てことにならなければ良いのですが」
「ちょっと心配しすぎかなぁ。黄泉の攻略法は既に私の手中ぅ。どうにでもなるってぇ」
「……まぁ、エレノアの言うその攻略法を共有すれば一先ず安心出来るだろ。よろしく頼むぜ」
ラルフの期待にグッドサインを送る。とにかく楽観的なエレノアの言動に不安を感じるが、そんなことを言っていても始まらない。
この話し合いで決まったことは、誰が城まで行くのかということ、そして居残り組による警戒網の構築だ。特に居残り組には捕虜として捕まえているイミーナやウェイブの見張りにも注力しなければならない。ウェイブは今更どうこうしようなどと言う気力はないだろうから放置するとして、イミーナは最悪だ。半端な手合いでは万が一の際に面倒なことになりかねないので、確実に魔王クラスを置いていかなければならない。
候補はブレイドとアルル、それかアンノウンと歩のペア、若しくはベルフィア、またはその候補者全員。ジュリアやデュラハン姉妹だけでは確実に突破されるだろうし、ミーシャは残していけない。というか正直ミーシャさえ連れていけばラルフと二人だけでも交渉のテーブルに着ける。
しかしそれはベルフィアが許さない。「やはり王としては周りに部下を侍らせるべきだ」との凝り固まった譲れない固定観念からだ。柔軟さを学んで欲しいところだが、ミーシャに対する思いは並々ならない。忠臣と言って過言ではない彼女の考えをミーシャが無碍にしない。
そんなこんなでようやく粗方決まり、固まった肩をボキボキ鳴らしながらペンを置く。ラルフは認めた書類をよく乾かしてから折り畳んだ。
「よしっと。イーファ!魔鳥はどこだっけ?」
書状が届いたその日にすぐさま返事を送り、交渉の日程は明日へと決まった。




