第一話 勝手に議論
死の花。それはアンデッドの王、第六魔王”灰燼”が乗り込む要塞の蔑称である。現在、灰燼はその名の通りこの世から消滅し、唯一王ミーシャの駆る浮遊要塞としてその存在感をより一層際立たせる。
この建造物の居住空間にて、退っ引きならない事態が巻き起こっていた。
「何ぃ?ミーシャ様とラルフが婚姻?……ふっ、バカなことを……」
ベルフィアは片手を振ってそれを否定する。話を持ってきたアンノウンは自身の左手薬指を指差しながら訴える。
「だって左手に指輪を嵌め直してたよ?ミーシャが故意にやったんなら、それはもうそう言うことでしょ?」
「あり得ん。右手に付けていタノが煩ワしくなっタだけじゃて。もしミーシャ様が万が一……良いか?万が一にもそノ気があルとて、ラルフでは到底釣り合ワん。せめて王位ほど箔が付いてなければ妾が許せぬ」
腕を組んだしかめ面で虚空を睨みつける。そんなベルフィアにジュリアは疑問を呈す。
「……箔ガ付イテイレバ良イノデスカ?ソレジャ種族ノ違イニツイテハ ドウ オ考エデ?」
「ん?子を為せルなら誰であれ関係あルまい?タだラルフにそノ資格が無いと言っとルだけじゃ」
ベルフィアには異種交配に対する忌避感はない。パーティーに先達者と半人半魔がいるからと言うのもあるだろうが、それ以前に関心自体ないのだろう。
アルルはベルフィアのあんまりな言い様に口を挟んだ。
「でもミーシャさんがラルフさんを選んだなら、それは応援すべきですよね?」
「うぐぐ……確かにミーシャ様がこうだと決められタことを否定は出来んが……とは言え、主人ノ気ノ迷いをさり気なく気付かせルノも部下ノ役目なれば、妾ノ判断にも少しは正当性が生まれルというもノ。やはり意見は変えぬ」
「箔なんて必要ないです。愛さえあれば、そんな垣根なんて無いも同じでしょう?ねぇお義母さん」
アルルはエレノアに助けを求める。静観していたエレノアは頬杖をつきながら口を開く。
「う〜ん……かたや王様、かたや盗っ人じゃ確かに釣り合っては無いかも?」
「見ヨ、やはり王族は話が分かル。愛だけでは如何ともし難い現実があルノもまタ事実。此奴ノ夫も騎士団を率いタ立派な男じゃ。ラルフと比較すればそノ違いは歴然じゃろ?」
「そんなっ……!そんなこと……」
アルルは声を小さくする。そんなアルルに加勢したのはジュリアだ。
「御二方ノ御意見ハ理解出来マスガ、今更何ニ遠慮スル事ガアリマショウ?外聞ナド気ニセズ、後ハ ラルフ ト ミーシャ様トデ仲睦マジク……」
「気になルからこノ話になっとルんじゃ!おどれは大人しく座っとれ!!」
「……キュ〜ン……」
ジュリアは耳を畳んでちょこんと椅子に座る。
「まぁまぁ、誰だって議論をする権利はあるでしょ?そうやって威圧したら一つの意見だけに凝り固まっちゃうからさ。ここは穏便にいきましょう、穏便にね」
アンノウンの言葉でピリッとした空気が和らぐ。そこに「一つ宜しいでしょうか?」とイーファが話しかけた。
「つまりはラルフに箔が付けばこの話は決着が付くと思うのですが、違いますか?」
「いや、それはそうなんだけど……ラルフに箔って……」
「少し思い返していただきたいのですが、ラルフは円卓の一柱である橙将様を仕留めております。人族の王や魔王様方との話し合いの場にも臆せず、更には神様にも存在を認められています。箔という面では十分過ぎるかとも思うのですが……第一今更誰がラルフに恩賞を与えることが出来ましょうか?人族にも魔族にも傾倒出来ないというのに……」
イーファの言葉は的確だった。ラルフ付きのメイドとなっているイーファはここぞとばかりに確信を突く。ぐぅの音も出ないほどの口出しにベルフィアはニヤリと笑う。
「聞いタか?もう答えは出たヨうじゃノぅ。其奴ノ言う通り、ラルフに恩賞を与えられルノは人族ノ長ノみ。なればどう足掻こうがミーシャ様に釣り合う道は閉ざされておル。大体、抱き枕という栄誉を賜りながらそれ以上を求めヨうなど欲張りも良いところじゃ」
「おや?話が空転してるよ?せっかくイーファが投じた一石を詭弁で覆そうだなんて良くないなぁ。人族とか魔族とか、そこはもう関係がないって話になったじゃん。ということで、先ずはラルフの成果を”箔”と呼んで良いのかというところから始めないとだよね?」
「詭弁じゃと?ったく、これじゃから頭ノ回転が早い奴は……面白い。では語らおうではないか」
食堂でワイワイと女性たちが騒ぎ、ミーシャとラルフの関係に熱い議論を交わす。それを盗み聞きしていたブレイドはため息をついた。
(当事者を差し置いて妙な話をしてるなぁ……)
結局は二人の気持ち次第だろう。自身の母であるエレノアだって父ブレイブとの恋路を何より優先し、ブレイドの祖父にあたるイシュクルを亡き者にしたというのに……。そう思えばエレノアの顔に悪戯っ子な笑顔が透けて見える。この井戸端会議を大いに楽しんでいるようだ。逆にアルルは必死に二人の婚姻を祝福しようとしている。純粋な分アルルが可哀想に思える。
すぐ側で一緒に聞き耳を立てていた歩がブレイドにこそっと耳打ちした。
「……な、なんかさ、面倒なことになってるね……」
「……ええ、そうですね。これは放っておくことは出来ないな……」
*
「はは、あいつら好き勝手言ってくれちゃって……」
ラルフはブレイドと歩の密告に苦笑する。昼寝から目覚めたばかりの寝癖頭を掻きながら欠伸をした。
「ど、どうします?勝手に色々進めちゃってる感じですけど……」
「ああ……実は俺も色々考えてたけど、結局何にも思いつかなかったんだよなぁ……」
ベッドの端に引っ掛けておいた草臥れたハットを取って被る。下着姿でハットだけ被っているのは滑稽を極めるが、その姿はある意味ラルフらしいとも言えた。
「つまりラルフさんもミーシャさんのお気持ちに気づいていたと?」
「昨日改まって告白されたからな。ミーシャが良いなら別に断る理由もなかったが、箔なぁ……」
ラルフは顎を撫でながら長考に入った。ブレイドと歩は互いに見やる。意を決したような顔でブレイドが話しかける。
「それはこの際どうでも良いのでは?ミーシャさんの気持ち一つならもう答えは出ていますし……」
「そ、そうですよ!誰が何と言おうと押し通せば良いんです!もうこの際、成果を捏造しちゃっても納得させるとか!……いや、ダメですよね……すいません」
歩の興奮から出た言葉に、ラルフは活路を見た。
「なるほど、無理矢理に押し通すってのは……」
思考を巡らせている最中にアナウンスが要塞内に響き渡った。
『ヲルト大陸を視認!警戒態勢に入る!皆の者!大広間に集まるのじゃ!』
アスロンが大声で呼びかけを行っている。まるで目的地周辺を知らせるカーナビのように親切だと思えるが、油断は禁物。敵の島である以上、二、三日離れた距離からでも攻撃があると考えてしかるべきだ。
「さてと、まずは黒影奪還か……行くぜ!」
バサァッと格好良く上着を羽織るラルフだったが、肝心なものを忘れていた。
「ラルフさん!下下!ズボン履いてないって!!」
下着一丁に上着という致命的な格好悪さに、確かに”箔”はないと思うブレイドと歩だった。




