エピローグ
『ふははっ!どうだ?新しい体は!』
高笑いするユピテルの前には魔族の姿があった。フレイムデーモンと呼ばれる灼赤大陸の魔族。炎の化身とも呼ばれる彼の体は至るところから火を吹いている。シュッとした細身で筋肉質。まるでモデルのようにスタイルが良い。
「なんつーか不思議な気分だぜ。身体が違うってのに既に馴染んでる。俺は元々こんな身体だったんじゃないかって今はそんなふうに思う……」
その中身はブレイドの攻撃に倒れたテノス。八大地獄の内、第四の地獄を託された15歳くらいの少年が、今やその身を炎で包む魔人となっていた。少々短足気味だった元の体とは比べるべくもない。
「アタシにはこの体は似合わないと思うんだけど?」
うっとり自分に酔っていたテノスに声をかけたのはボルケーノウィッチと呼ばれる魔女である。ひび割れた岩石のような質感のとんがり帽子を被り、決して柔らかくなさそうな帽子と同じ素材のドレスに身を包んでいる。肌は溶岩のように流動しながら煌々と燃え光、ドレスと帽子のヒビから光が漏れてイルミネーションを着ているようだ。スタイルは豊満を絵に描いたような女性だ。触れる事が出来るなら男性から引く手数多だったに違いない。
「姉ちゃんは特異能力があれだったから丁度良い肉体じゃないか?」
「冗談ぷーでしょ。こんな体じゃ肉体関係なんて持てないわよ。てか性的興奮なんて出来るの?この体は……」
この体の持ち主はテノスの姉のティファル。光る糸のような髪を掻き上げてため息をついた。
「出来たらノーンと交換して欲しいんだけど?あの子の能力は恐怖でしょ?この体で恐怖を振り撒けば誰も寄れなくて強くない?最強じゃん」
キョロキョロとノーンを探しながら呟く。
「嫌よ、そんな体。動きにくそうだし」
意外と近くに居たのかすぐさま否定する。どうやらボルケーノウィッチの体は不人気のようだ。
かく言うノーンの体は龍魔人の体だ。鱗がスーツのように生えていて局部も鱗で隠している。裸でも問題のない種族で、身体能力は灼赤大陸では一位。ノーンだけはあまり見た目が変わらなかった。どうやら丁度良い死体があったらしい。そう言う意味でもティファルの嫉妬心を焚きつけていた。そしてもう一人、八大地獄でヨダレを垂らすほど肉体を交換して欲しい人物がいる。
「いいなぁ……俺も魔族になりてぇ……出来ればガタイの良い男で……」
ジニオンである。
「まだ言っているのか?いい加減慣れろ。……仕事を終えれば融通が利くかもしれんな」
ロングマンはチラリとユピテルを見る。踏ん反り返っているだけで反応がない。期待するに値しないが、ジニオンを丸め込むためにも、元の体に戻してもらえる艇にして落ち着かせる。
「……あのぅ、それでユピテル様。一つお聞きしてもよろしいですかな?」
トドットは媚びへつらうようにユピテルに尋ねる。気を良くしたユピテルはすぐさま『発言を許可する』と鷹揚に頷いた。
「それでは僭越ながら……儂等の敵が少々厄介過ぎまする。強すぎる者は一旦置いておいても、不死身は勝ちようがありません。出来ますればユピテル様のお力を貸していただけないかと……」
『……このユピテルに自ら戦えと?そう言いたいのか?』
「いえいえ、そうではありません。藤堂に課した不死身の呪縛を解いていただけないかと愚考しておりまして……そのぉ……」
『良い良い、皆まで言わんでも分かっている。あの鎖の呪いを解けと言うのであろう?それは出来ん。何故なら解き方を知らんからな』
「使えぬ」
ロングマンは吐き捨てるように苛立ちを口に出す。脊髄反射ばりの即応にトドットも頭を抱える。ここで挑発して神と仲違いしては目標の遂行もままならない。
その時、八大地獄を何かが襲う。
「これぁ一体……八大地獄も魔族を取り入れることにしたのかい?」
八大地獄の怨敵、藤堂源之助。八大地獄に殺されまいと逃げ続けた男は、ひょうきんな顔で八人の前に現れた。
「貴様……死なないからと図に乗って……パルス!もう一度”阿鼻”に放り込んで……!」
「あーっと!待て待て!戦いに来たわけじゃない。実は提案があってここに来た」
『提案とは馬鹿げている。テロリストとは口をきかない、これは鉄則だぞ?』
ロングマンはユピテルの茶々を無視して質問する。
「要件を言え。事と次第によってはタダでは済まさんぞ?」
「わーってるって心配すんなぃ。……俺からの提案は至極単純なものだ。お前らは元の世界に帰りたくはないか?」
藤堂の説得が始まった。
*
作戦会議をある程度終えたラルフは一眠りしようと部屋に戻る。部屋には夜でもないのにミーシャの姿があった。
「ようミーシャ。お前も昼寝か?」
ミーシャは右手薬指に嵌めた指輪をイジイジしながら黙っている。聞こえなかったのかと思い、もう一度聞こうと口を開けた時にようやく返事が来た。
「これね、ここに嵌めてるとラブリングって言って恋人が居るっていう意味があるんだって。アンノウンから聞いた」
「あ、そうなの?じゃあ俺たちは恋人同士だな。俺は嵌めてないけど」
ラルフは茶化すように返答する。満更でもないミーシャは耳まで真っ赤になっていた。
(ああ、純粋だなぁ……)
光り物を見るように目を細めてミーシャを見る。そろそろベッドに行こうかというタイミングでミーシャが突然ギュッと抱きしめてきた。ラルフも頭を撫でながら優しく抱きしめる。
「……私たち、恋人?」
「何言ってんだよ。もう家族だろ?」
ラルフはミーシャの過去を知っている。白絶のお陰でミーシャの記憶を盗み見て、たった一人で寂しい思いをずっとしてきた。家族を欲するミーシャの健気さにラルフの口から豪語する。少しの間離れていたのが不安を掻き立てたのかもしれない。普段通り抱き枕になっていたから、そんな気はとっくにすっ飛んだと思い込んでいたが、ミーシャは思っていた以上に繊細な子だったようだ。
しばらくは抱きしめあっていたが、おもむろにミーシャから離れた。とととっと出入り口に行くと、右手でドアノブを持って左手をこちらに振ってきた。珍しい。昼寝も一緒に寝る仲なのにここで離脱するとは……。
「……ん?」
ラルフはミーシャが出て行った後の部屋でふと気づいた。左手薬指に嵌めた指輪を見せびらかすかのように手を振っていた。いつの間に右手から左手に付け替えたのか……普通に手を振り返したが、そんな場合ではなかった。
「マジで家族になるんだが……夫婦だぜ?それ……」
戸惑うラルフだったが、考えている今も睡魔が襲う。眠気に抗えなくなた時、ラルフは思考を放棄した。
「いやまぁ、元から家族みたいなもんだしな。今更今更……」
ふかふかのベッドにダイブする。ラルフは全てを棚に上げて昼寝を強行する。
起きた自分が何が思いつくだろうことを祈って……。




