第十五話 味方
ラルフは焦っていた。ここに襲来した魔鳥人。ミーシャが来るべき状況がまさかの魔鳥人。
負けたのか?なんで?どうして?
この場で考えるべきは自分の安全一つだと思っていたのに、ミーシャの事が心配でならない。ラルフは他人を利用して生きてきた。自分が生き残る為なら、他人の犠牲も仕方ないと常々思って日々を過ごしてきたのに、いざその時になれば、死んでほしくない。
(あいつは俺にとって何なんだ?)
ふと思う。
あいつがいなくなれば自分は自由になれる。ベルフィアだって同じだ。召使いから解放される。
でも、やっぱり可哀想だ。
(あいつは魔族で敵なのに?)
そうだ。人類の敵なのだ。倒さなければいけない最悪の存在。
でも、あいつの味方は誰だ?
仲間に裏切られ、死にかけていたではないか。衰弱死一歩手前で助けたのはどこの誰だったか?
そう思えば体が勝手に動いていた。敵の目を避けて静かに動き出す。皆の目はこちらに飛んでくる魔鳥人に釘付けだ。敏感に反応しそうな団長は自ら前に出て、ジュリアを翻弄したので気付く事などない。
そっと建物の陰に隠れた時、ガキャッという凄い音が鳴り響く。ビクッとして目を向けると、ベルフィアの顔が真反対に向きそうなほど回っていた。人狼の拳を受けてひん曲がったのだ。しかしそんな攻撃など何のその、すぐさま元に戻る。
ホッとして荷物を整理し始める。この二日間でため込んだ回復材。もう使う時が来たのかと肩を竦める。そっと物陰から様子を見ると、ベルフィアの様子が明らかにおかしい。呆然としているというか、戦意を喪失しているように見える。人狼相手に虚勢を張って見せるが、その実、体は鈍い。現に先程まで拮抗していたのに完全に上回られていた。そのまま間合いを開けられると、ベルフィアからは全く攻撃をしなくなっていた。
(あいつ……本当でいつの間にそんな忠誠心を持ったんだよ……)
ラルフはそっと陰から陰へ移動し、注目を浴びないようゆっくり進む。人狼が魔鳥人と会って、会話しているのを尻目にベルフィアの真横の物陰に移動する。魔鳥人は戦意喪失したベルフィアを無視して、団長達の元へと飛んでいく。敵の部下達も続けて飛んでいくのが見える。
魔鳥人を見送ると、ベルフィアに石を投げた。丁度、右のこめかみの部分に当たり、ベルフィアがこちらに視線を向けた。手招きをしてベルフィアを物陰に誘導する。不思議と逆らわず、こちらに向かって歩いてくる。
「ベルフィア、お前大丈夫か?」
「妾ノ再生能力があれば傷などつかん。そんな事ヨり魔王様が……」
ラルフはベルフィアの手を掴んで引き寄せる。物陰に隠れると、そのまま壁に押し付けた。顔が物理的に目と鼻の先まで近寄り、息が顔に当たる。その状態で頭を両手で挟み込み、固定してしまった。
「……なんじゃ?何を……」
いきなりの行動に少々驚くが、意気消沈したベルフィアは抵抗もしない。特に恥ずかしがる様子もなく身を委ねる。
「お前はミーシャがやられたと思ってんのか?」
小さな声で言い聞かせるように呟く。周りに聞こえないよう配慮しての行動だった。
「お前の忠誠心はその程度か?」
「おどれ、知っタ風な口を……」
顔は怒った表情を浮かべるものの力は入っていない。まだ足りない。だがこのままでいい。
「……ミーシャの所に行くぞ」
「……む……」
ベルフィアの目に生気が戻ってくる。さっきまできっと半信半疑だったのだろう。死んだのか、生きているのか、それすら不明だがミーシャは敗れた。魔鳥人襲来がすべてを物語っている。
ラルフは違う。ベルフィアと違って諦めていない。
「ミーシャが負けるわけがねぇ。どうせ魔鳥人は脇からすり抜けた卑怯者共だ。ミーシャは多分まだ戦っているのさ」
「……何故、そう思う?」
その言葉を待っていたというような顔で微笑みながらラルフは自信を持って言う。
「ミーシャを信じる。それで十分だ」
仲間を信じ、仲間の為に駆け付ける。ベルフィアはハンッと鼻で笑う。しかしそれに負の感情は含まれていなかった。
「……人間ノくせに……生意気じゃぞ」
ラルフとベルフィアの気持ちが一緒になった瞬間だ。そうと決まればミーシャのもとへ行かなければ。町の中で迂回しようとした時、バシュッという音と共に一人の守衛が倒れた。魔力弾で何も出来ずに殺された。さっきまでの拮抗状態がどこへやら、魔族がちょいと力を出せば崩れ去る程度の均衡。アルパザの守衛など戦力どころか壁にすらならない。団長とリーダーは多少持ちこたえられてもあの数を倒しきれるはずがない。
アルパザ陣営の最重要課題は戦力にある。現段階で人狼にすらイニシアチブを取られ、魔鳥人が合流し有無を言わさない攻撃で恐怖に支配される。数の暴力は当然の事、魔族の能力の平均が高すぎるのも問題だ。
しかし現状どうにも出来ない。ミーシャがいなければ結局は負けてしまう。急ごうとラルフが速足で進むが、
「ラルフヨ、妾はここに残ル」
「急にどうした?」
ラルフの方をチラリと確認し、また向き直る。
「妾が間違っていタ。彼奴ノ言葉に翻弄され一瞬、自己を失っていタ。許さん……彼奴に思い知らせてやルワ」
願ってもない。ベルフィアがここに残るなら、勝つことは出来なくても持ちこたえる事はできる。
「分かった。ここを頼む」
「……ラルフ」
ラルフは振り返り、ベルフィアを見る。
「そちに感謝すル……ミーシャ様を頼んだぞ」
ラルフは頷きでベルフィアに返答し、もう振り返る事なく走り去る。ベルフィアは今まで眷属にすら感じなかった一体感を覚えた。自己を主張する事で精一杯だった昔に比べ、頼りにされる今は、昔よりずっと自分の意志がある事を実感できる。
”病は気から”。
まさにそうだったようだ。自分の力を、意思を、フルに発揮出来る今こそ”吸血身体強化”を使用した時のさっきより強い。ただの気分だが、さっきの自分を思えばそう思えた。だからと言って先立つものがなければ戦いは楽しめない。ベルフィアは舌なめずりをして闇に紛れた。
人狼は二人を見失った状況に少々困惑した。それというのも一度取り逃がしてしまった事がある為、逃げられたら追うのは難しいのでは?と考えた為だ。しかし、その心配は臭いを探知した事で杞憂となった。今回、奴らは臭いを消していない。あの女の姿を模った化け物はほぼ無臭だが、ジャックスの臭いが付着している。
かなり変な動きをしている。人間の陣形の中に入ったかと思うと、ソロッと出て行ったり、うろうろしたりしている。さっきの動きから考えられない機動力だ。ラルフの臭いも探知した。既に戦線を離脱し、入り口に向かっている。
「ヤハリ奴ハ、逃ゲタカ。臆病ナ……取ルニ足ラナイ虫ノヨウネ。アタシガ殺シニ行ク。兄サン、ココヲ任セテモイイ?」
「アア、コノ腕デハ追ウノハ難シイダロウ。アノ男ハ オ前ニ任セヨウ。行クンダ」
ジュリアはジャックスと示し合わせて、その場を後にしようと後ろを向く。と、ジュリアは足を止めた。ジャックスもその動きを察知し、後ろを振り向く。そこにはベルフィアの姿があった。その手には先程シザーが撃ち抜いた人の死体が握られていた。
「……何ダ?何ノ真似ダ?」
困惑気味にジャックスは訝しい顔を向ける。人と魔鳥人が壮絶な戦いを続けているのに、死体を手にして後ろに回り込んだ。ベルフィアは死体の頭を掴むと無造作に千切って放り投げた。まだ固まっていない血が噴き出す。それを経口摂取で血をゴクゴク取り込み、体が隆起する。飲み下すたびに赤いエネルギーが巡る。まるで水筒のようだ。首から滴る血が止まった頃、死体を投げ捨て仁王立ちで人狼を睨む。
「ヨぅも調子に乗ってくれタノぅ犬っころ。妾はおどれらをここで殺す。もしここで地に這いつくばり、許しを請うなら……妾ノ血と肉となり永遠に生かしてやろう」
「どうじゃ?」といった態度でふんぞり返る。
「……ソレジャ、ドチラニシテモ死ンジャウジャナイ?選択ニナッテナイワ」
ジュリアはベルフィアに突っ込む。ジャックスは馬鹿正直なジュリアに冷静に言う。
「生カス気ハ無イッテ事ダ。相手ニナロウ化物。オ前ニハ、モウチャンスヲ与エナイ……」
ジャックスとジュリアは構える。ベルフィアは舌舐めずりをして力を入れる。”吸血身体強化”が発動し、また仕切り直しになる。正直ジャックスにとって、この化け物はうんざりである。
まさに災害だ。もし、勝つ方法があるなら手足を千切り、それぞれを保管するくらいが倒す方法であるだろう。妹と二人ならそれも可能か。
「可哀想な犬っころ。実力ノ差も分からず妾と戦う事になルなんて……あぁ、せめて苦しまず死んでくれ」
ジャックスはイラッとした。ジュリアをチラリと見てそのイライラを見せる。こういう兄も初めてで驚きを見せた。自分を落ち着ける為、息を目一杯吸って、そして吐き出す。ギロリという擬音が聴こえてきそうな程睨み付け、ベルフィアに思いの丈をぶつける。
「オ前コソ、トットト死ネ!!」